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第8章

第418話 ユジンSIDE 囮作戦④ 強くなろうと決めた日

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 僕が倒れたのは、四年ほど前。
 キル兄様がヒカリビソウの湖に遊びに行くと言って出かけたまま帰ってこなかった時だ。

『もうあれから三日です。いくらなんでも遅すぎます! 探しに行かせてください!』
『必要ないと言っているだろう。危険だから絶対にあの湖には近づくな』

 何度兄様を迎えに行かせてくれと頼んでも、お父様は首を縦に振らない。それどころか監視の護衛までついて、身動きが取れなくなってしまった。

(危険なら、なおさら僕が助けに行かないといけないのに! なぜ邪魔するんだ!?)

 そんな状態で何日も待たされ、挙げ句の果てには、「キルナは他国に留学しているからしばらく帰ってこないだろう」と説明され……僕の心は荒れ狂った。
 留学って何? そんなわけない! キル兄様は、僕の分もキャラベンという世にも可愛らしくおいしいお弁当を作ってくれ、『帰ったら湖がどんなだったかユジンにも教えてあげるからね』と言い残して出かけていったんだ。留学するなんて一言も言っていなかった。

(誰も本当のことを教えてくれない。もういっそのことお母様と同じあの魔法を使って無理やりにでも真実を聞き出そうか……)

 自分の中に眠る白い魔力を右目に集める。精神に干渉するこの魔法は、できれば使いたくない。お母様と同じことをするのは嫌だ。それでも。
 キル兄様のことを知りたい。兄様のためなら……僕は……

(いや、ダメだ。冷静になろう) 

 力を使うのは最後の手段だと考え直しなんとか堪えたものの、このままではどうにかなってしまいそうだった。食べ物が喉を通らず、涙が止まらず、夜も眠れない。体が少しずつ弱り、気づいた時にはベッドから起き上がれなくなっていて……心も体も限界が来ていた。

 そんな僕を見兼ねてか、ようやくお父様が教えてくれた真実。それは、にわかには信じ難い話ばかりだった。
 キル兄様の持つ闇属性の魔力がなしに使うことができないこと。
 このままだと溜まった魔力が暴発してということ。
 その解決策を得るために、今キル兄様は妖精の国にいて、クライス王子とルーファスが迎えにいっているということ。
 さらには青フードを被った謎の集団が兄様を狙っているということ。

 どれもこれも現実離れした話だったが、今度こそ嘘ではないということが、真剣なお父様の面持ちからわかった。

(キル兄様が死ぬかもしれない。もしくは殺されるかもしれない)

 その衝撃的な内容に、僕は感情がバラバラになって魔力暴走を起こし、部屋のものを全て壊すほどの力を放出してしまった。こんな大事なことを一気に知ったのだから仕方がないだろう。
 公爵家が全壊する前に落ち着きを取り戻すことができたのは、むしろ幸運だったと言える。

 回復するまでまたしばらく寝込み、冷静になってからはきちんと伝えてくれたお父様に感謝した。
 もっと早く教えてくれていたら……と思わないでもないが、まぁお父様の気持ちも理解できる。キル兄様が僕に秘密にしていた以上、話すかどうかの判断は難しかったことだろう。

 ──あと数年でキル兄様が死ぬなんて、絶対にさせない。僕がなんとかする。兄様は絶対に僕が守る。

(強くならなければ!!)


 そのためにやれることは全部しようと誓った。それから四年間、今思えばがむしゃらに訓練することで、兄様がいない間の心の平穏を保っていたのだと思う。
 食べられなくなっていたご飯もきっちり3食食べ、細くて頼りない体を鍛えるためにトレーニングを始めた。魔法は前から欠かさず訓練していたけれど、いつもの数倍練習するようになり、兄様の役に立ちそうな魔法は特に重点的に覚えた。

 その結果、体はムッキムキ! にはならなかったが、背が伸び適度な筋肉をつけることに成功した。魔法も上級魔法をいくつか使えるようになっている。
 もう兄様の帰りを待つだけの弱い僕じゃない。これでお役に立てるはず。


 そして来たる入学式。
 やっと妖精の世界から戻ってきたキル兄様にお会いできた時には、自分の方が大きくなっていた。
 兄様の方は相変わらず華奢で小さく可愛らしく、妖精のように美しい。
 今にも消えてしまいそうな儚さに、より一層心配になったことは言うまでもない。


(僕はキル兄様を守るために強くなったんだ。こんなふうに寝ている場合じゃない!)

「頑張らないと……」
「ダメです。ユジン様は頑張りすぎです。熱がありますし、安静にしててください」

 無理やり寝かされたベッドから起きあがろうとすると、リオン様に止められてしまう。そこに、一瞬どこかに行っていたノエル様が戻ってきた。何か食べ物を持ってきたようだ。

「ほら、ご飯食べて。おいしいよ」
「……いりません。お腹は空いてないので」
「ふ~ん。これ、キルナちゃんに頼んで作ってもらったんだけどな。ちょっと胃の調子が悪いから胃に優しいご飯が食べたいなって言ったらすぐに作ってくれたんだよ。卵ゾースイっていうんだって」
「食べます!」
「ふふ、ほ~んとキルナちゃん一筋だよねえ。はい、あ~ん」
「自分で食べます」

 僕はノエル様から温かい器を受け取り木のスプーンを口に運んだ。

(ああ、なんて優しい味なんだろう)

 卵ゾースイは信じられないほど美味しくて、弱った体に染み渡る。ゆっくり噛み締めながら食べたはずなのに、すぐに完食してしまった。
 
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