上 下
267 / 286
第8章

第403話 ルーナの花探し①

しおりを挟む
「孤島といってもいくつかあるな。どのあたりかわかるか?」
「たぶん、花の場所は妖精が教えてくれると思う。前もそうだったから」

ちょうど湖の水からぱしゃんと華麗なジャンプをキメた妖精にルーナの花のある場所を尋ねてみると、「しってるよ~」と即答してくれた。話しかけられたのが嬉しかったのか、満面の笑みでヒュルリと先を飛んでいく。

「ルーナのはなはこっちだよ~ついてきて~」
「あ、待って」

動きの速い妖精を見逃すまいとして水中に足を踏み入れそうになって、ふと止まる。

(あ、そうだ。一人で行っちゃダメだった)

痛いくらい強く握られた手の先をみると、クライスが緊張した面持ちで僕を見ていた。

「ねえ、クライス。妖精が呼んでる。ルーナの花はあっちだって。一緒に行こ!」

僕も力を入れて手を握り返すと、今にも泣き出しそうな顔をしていた彼が少しだけホッとした顔をして頷いた。前回彼を置いて一人で行ってしまったことを思い出してたのかも……と思うと申し訳ない気持ちになる。

絶対にクライスの手を離さないことと、あとは絶対に絶対に溺れないこと。それが大事だ。“水に入れば溺れる悪役令息”の汚名を今日こそ返上してみせる!

「今日の僕は一味違うから、溺れたりしないよ。安心して」
「それはいい心構えだな。だが、できるだけ水には入らずに行こう」
「んぇ? どういうこと?」

彼の合図で数名の護衛騎士たちが力を合わせて何かを運んできて湖にそれを浮かべた。ふむふむ、先端が細く木の葉のような形をしているこれは、エメラルドグリーンにゴールドの紋様が施されなんとも豪華ではあるものの、前世でも湖や池でお馴染みの乗り物にそっくり。

「手漕ぎボート?」
「ああ、危険はなるべく減らしたいからな」

もしも水に入ることになった時のために二人で入念にストレッチをしてから、先にクライスが乗り、続いて僕が乗り向かい合って座った。オールがついているけれど、どうやらこれは魔道具だから自力で漕ぐ必要はないらしい。クライスがオールを握って魔力を流すだけであとは勝手に回転してボートは前方に向かって進んでいく。

「妖精は俺には見えないから場所を教えてくれ」
「ん、任せて。えと、あっちだよ」

クライスはまだ緊張しているのか、口数が少ない。絶えず周囲を警戒しているように見える。

僕の方はというと、妖精が花まで道案内してくれているし、近くにクライスがいるし、不安はもうほとんどない。むしろこんなに美しい湖を二人でボートに乗って渡るなんて、ちょっと素敵だと思っていることは内緒だ。

ルーナの花……

前にここでユジンにルーナの花びら入りハーブティーを飲ませるイベントを思い出した僕は、どうしようもなく取り乱してしまい、花の芽を引きちぎって湖に投げ捨てようとまで考えていた(実際には妖精の世界に行ってしまって無理だったけど)。それを思えば、今こんなに穏やかな気持ちでルーナの花探しをしていることが奇跡だと思う。

(クライスが僕のことを聞いてくれて、「大丈夫、絶対に死なせない」って言ってくれた。それがなかったらきっとこうして自分のために花を探そうとはしなかっただろうな……)


思いを巡らせているうちにボートはかなり進んでいた。まだ朝方のはずが、奥に進むにつれて暗くかげっていき、闇が深くなっていく。

「あれ、さっきは咲いてなかったのに……」
「そうだな。まだ咲くには早いはずだが」

キラキラキラ……

周囲の草むらにヒカリビソウの花が開いていた。時期的にはまだ早いはずの水色の花が咲き乱れ、青白い光を放っている。その光を受けて虹色に輝く水面も、この世のものというにはあまりにも幻想的で、いつの間にか妖精の世界に紛れ込んでいるような気がした。

「ここだよ~」

前を行く妖精がほんの小さな孤島の上空で止まった。

「あの島だって」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。