上 下
239 / 286
第8章

第375話 テスト前日②

しおりを挟む
とりあえず、クライスと一緒にいるときは安全だということがわかってきた。彼と一緒にいるときは挨拶だって普通に返ってくるし、何かにつまずくことはない。

彼と一緒に過ごす教室や、生徒会室や、寮の部屋で何かされると言うことはまずない。

ということは、一番危険なのはトイレだということ。肩にぶつかられるのも、転かされるのも、嘲笑されるのも、大体トイレの行き帰りだ。雨が降ってくるのだってトイレの中だけ。


(うう。そろそろ我慢の限界……)

水分を控えめにし、なんとか行かずに我慢していたけれど、もう無理だ。背に腹はかえられない。僕は隣で読書しているクライスに声をかけた。

「ねぇクライス…あのさ、一緒にトイレ行かない?」
「ん? ああ、いいぞ」

安全を確保するためには、連れションするしかない。今の僕にとってこれは必要なことなのだけど、男二人で手を繋いでトイレに行く恥ずかしさときたら。

ごめんねクライス。と思って隣を見たら、なんだかとても嬉しそうにしている。実は彼も行きたかったのかな?

でも彼は用を足しにはいかず、個室のドアの前で待ってくれていた。

手を洗いながら鏡越しにお礼を言う。自分で誘っておいて恥ずかしがる方が変だと思い、できるだけ平静を装いながら。

「ついてきてくれてありがと。今日このあと生徒会室行くんだよね?」
「いや、テスト前とテスト中は生徒会の仕事は休みだ。部屋に戻ろう」
「そうなの!?」

失敗した。じゃあ部屋に戻ってからトイレに行けばよかった! そうしたらこんな恥ずかしいことをせずに済んだのに。


部屋に戻るとすぐに机に向かい、色々なことを忘れてとにかく勉強に集中することにした。これだけ頑張ってきたのだし、明日はいい点を取りたい。

「むぅううううう……」
「キルナ」
「何? いま数術の問題と戦ってるとこ」
「そろそろ風呂にいこう」
「もうそんな時間だっけ?」

時計を見たらもう18時、ああ、時間がない。もっともっと勉強しないと。数術に自信がない。でも、魔法史もたくさん覚えなきゃいけない。あと一週間、いや、あと一日あれば……。

前世のテスト前にも同じことを思っていた気がする。

(ふぅ、だめだ。一旦落ち着こう)

僕はクライスが淹れてくれたハーブティーを一口飲んだ。勉強している間に机に置いてくれたらしい。

「あ、これスッキリした後味でおいしっ」

ルークというハーブで淹れたハーブティーだ。お湯の温度や蒸らし時間を間違えると渋みが出ておいしくない。それをこんなに上手に淹れるとは。疲れが取れるハーブを選んでくれたことにほっと心が和む。


「今からやるなら何の勉強するのがいいかな?」

「そうだな、もう遅いから暗記科目がいいだろう。寝ている間に記憶が定着する。あとは、今まで間違えたところの見直しだな。だが一番大切なのは早く寝ることだ。風呂に入って夕食を食べたら、一時間以上勉強せずに寝ろ」

「はぁい」

今日は常に成績トップの王子様の言葉に従おう。寝不足でテストを受けるべきじゃないことは僕にもわかる。正直今も目の下にはクマができていて、頭もぼおっとしていて体調が万全じゃない。

そういうときは、ものごとがうまく考えられないものなのだ。
例えば、大事なことを忘れていたり。


お風呂セットを持って大浴場のお風呂場へ行き、服を脱いで、思い出した。

「あ……」

タオルで隠してももう遅い。寝不足のせいか、痛みも鈍っていて忘れていた。

「なんだその怪我」
「あ……これは……その、言おうと思ってたの。明日」
「明日?」

鋭い視線に言葉が詰まる。

うまいこと言い訳を……。寝不足の頭では一つも良い案が思い浮かばない。
それを僕は今身をもって体験しているのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。