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第7章
第341話 クライスSIDE 悪役令息のきもだめし⑨
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「くそっ、まだいるのか」
「きりがありませんね」
風魔法で魔獣を切り裂きながら、膨大な魔獣の数に呻いた。途中で出会ったロイルやギアたちも一緒に奮闘してくれているが、途切れることなく魔獣は襲いかかってくる。
「クーマ大丈夫か? 相当な距離を走ったからな。疲れたら言ってくれ」
「まだまだいけまず」
(クーマがいてくれて助かった)
獣人クーマが熊になったときの脚力は人間の二倍以上。しかも獣化すると性格も野生的になるようで、向かってくる魔獣たちを強力な前足でガツガツと薙ぎ倒していく。かなり頼りになる助っ人だ。彼のおかげでもう目的地は近い。
「グウウウウウ」
「ウワアオオオオオン」
「なんだ?」
交戦中の魔獣たちの様子がおかしい。
急に雄叫びを上げて、目の前の敵である俺たちのことを無視し、どこかへ駆け出していく。
それはずっと捜していた獲物を求めるかのよう。
(一体どこへ向かっているんだ? まさか)
気づくと息が止まりそうになった。彼らの向かう方向には、キルナがいる。
「クーマ、頼む急いでくれ」
奴らが向かった先に辿り着くと、真っ黒に焼け焦げた魔獣たちの死骸が散乱していた。そこには見覚えのある黒い靄が立ち込めている。これは、漏れ出したキルナの闇の魔力だ。靄の先には、禍々しい力を放つ黒い炎が見える。
(チョーカーの魔宝石もここを示している。この炎の中にキルナがいるはず)
「ありがとう、クーマ、ここでいい」
「いぐのですか? こん中に?」
「ああ、あそこに俺の大切な人がいるから」
クーマの背から降りて黒い炎の方へと向かおうとすると、リオンやノエルが前に立ち塞がった。
「クライス様、近づいては危険です。中は私たちが見てきます」
「いや、いい。ここからは俺一人で行く。お前たちは怪我人や残った魔獣の始末を頼む」
「しかし」
「頼む」
「かしこまりました。クライス様、どうか…お気をつけて」
信用できる彼らに後のことを任せ、黒い炎の中に足を踏み入れた。
「どこだ!! キルナ!!」
光の魔法を最大限に使っても、荒れ狂う炎のせいで前が見えない。ただ、いつもより低い彼の声が聞こえた。
『 アハハハ、ボクニコンナニチカラガアルナンテ』
明るく笑おうとして失敗する彼の悲しみの声。
「キルナどこだ!」
『モットハヤクニキヅイテイレバ、コンナコトニナラナカッタノニ』
後悔の声。
「キルナ!」
『ゴメンナサイ』
懺悔の声。
「キルナ!!!」
『モウナニモカモ、オソイノニ』
諦めの声……。
いた。
黒い炎の中にうっすらと、小さく蹲っている彼の姿が見えた。
泣くこともできない目が、光を失った金の瞳が、じっと何かをみつめている。
その視線の先をよく見ると、彼の細い腕の中に、青い炎に包まれた満身創痍のユジンの姿がある。
キルナ……。
そうか。
かれは弟を失った悲しみに泣いていたのか。
彼は自分の周りのものを全て排除しようと、すごい魔力を発している。近寄れない。
それでも
一歩、また一歩と近づき
ようやく彼の肩に触れた。
「キルナ、大丈夫だ」
ゆっくりと彼が顔を上げた。
「クラ…イス?」
「ああ、遅くなって悪かった」
「きちゃだめだよ、ぼく、このくろいひを…とめられないの……」
「無理に止めなくてもいい。俺は…大丈夫だか…ら」
「いやだ、クライスまで……」
「大丈夫だ。大丈夫だから」
何度もそう伝え続けると、彼は腕の中のユジンをぎゅうっと抱きしめて言った。
「だいじょうぶじゃない……。僕のせいでユジンが…ユジンが……死んじゃった。ぼくのせいで。ぼく…が」
悲痛な叫びが洞窟内に反響する。
俺は震えるキルナの体を抱きしめた。
彼の腕の中に守られたユジンの体を確認する。同じ光魔法の使い手として、すぐにその症状がわかった。
「ユジンは死んでない。大丈夫だ」
「うそ…だって、いきしてない」
「息を小さくしているだけだ。煙を吸わないように、体を熱で損傷しないように、うまく光の結界で膜を張っている」
「そ…なの? いきてる? ユジンが、いきてる?」
「ああ」
「ほんとにいきてる?」
「ああ」
「しんでない?」
「ユジンは生きている。死んでいない」
「そう…いきて…。ユジンはいきてる……」
何度も同じことを確認し、ようやくキルナはユジンが生きていることを理解したらしい。激しく燃え盛っていた黒い炎が、少しずつ勢いを無くし、しゅるしゅるとキルナの体の内に収まっていく。
さてと。
キルナが落ち着き周囲の黒い炎と靄が消えたことを確認すると、俺は彼の腕からユジンを引き取った。生きてはいるが、魔力も尽きかけ、死にかけているのは間違いない。早く処置しなければ。
目を閉じたままのユジンを地面にそっと寝かせ、話しかけた。
「この大量の魔獣からキルナを守ってくれたことを感謝する。お前はキルナ命の恩人だ。ありがたく俺の魔力を受け取れ」
よほど心配なのだろう。瞬きもせずこちらを見ているキルナに、目を瞑るよう指示する。俺も今からやることを彼には見せたくなかった。
「キルナ、これからすることはあくまで人命救助だから堪えてほしい。見たくはないだろうから。目を瞑っておけ」
「きりがありませんね」
風魔法で魔獣を切り裂きながら、膨大な魔獣の数に呻いた。途中で出会ったロイルやギアたちも一緒に奮闘してくれているが、途切れることなく魔獣は襲いかかってくる。
「クーマ大丈夫か? 相当な距離を走ったからな。疲れたら言ってくれ」
「まだまだいけまず」
(クーマがいてくれて助かった)
獣人クーマが熊になったときの脚力は人間の二倍以上。しかも獣化すると性格も野生的になるようで、向かってくる魔獣たちを強力な前足でガツガツと薙ぎ倒していく。かなり頼りになる助っ人だ。彼のおかげでもう目的地は近い。
「グウウウウウ」
「ウワアオオオオオン」
「なんだ?」
交戦中の魔獣たちの様子がおかしい。
急に雄叫びを上げて、目の前の敵である俺たちのことを無視し、どこかへ駆け出していく。
それはずっと捜していた獲物を求めるかのよう。
(一体どこへ向かっているんだ? まさか)
気づくと息が止まりそうになった。彼らの向かう方向には、キルナがいる。
「クーマ、頼む急いでくれ」
奴らが向かった先に辿り着くと、真っ黒に焼け焦げた魔獣たちの死骸が散乱していた。そこには見覚えのある黒い靄が立ち込めている。これは、漏れ出したキルナの闇の魔力だ。靄の先には、禍々しい力を放つ黒い炎が見える。
(チョーカーの魔宝石もここを示している。この炎の中にキルナがいるはず)
「ありがとう、クーマ、ここでいい」
「いぐのですか? こん中に?」
「ああ、あそこに俺の大切な人がいるから」
クーマの背から降りて黒い炎の方へと向かおうとすると、リオンやノエルが前に立ち塞がった。
「クライス様、近づいては危険です。中は私たちが見てきます」
「いや、いい。ここからは俺一人で行く。お前たちは怪我人や残った魔獣の始末を頼む」
「しかし」
「頼む」
「かしこまりました。クライス様、どうか…お気をつけて」
信用できる彼らに後のことを任せ、黒い炎の中に足を踏み入れた。
「どこだ!! キルナ!!」
光の魔法を最大限に使っても、荒れ狂う炎のせいで前が見えない。ただ、いつもより低い彼の声が聞こえた。
『 アハハハ、ボクニコンナニチカラガアルナンテ』
明るく笑おうとして失敗する彼の悲しみの声。
「キルナどこだ!」
『モットハヤクニキヅイテイレバ、コンナコトニナラナカッタノニ』
後悔の声。
「キルナ!」
『ゴメンナサイ』
懺悔の声。
「キルナ!!!」
『モウナニモカモ、オソイノニ』
諦めの声……。
いた。
黒い炎の中にうっすらと、小さく蹲っている彼の姿が見えた。
泣くこともできない目が、光を失った金の瞳が、じっと何かをみつめている。
その視線の先をよく見ると、彼の細い腕の中に、青い炎に包まれた満身創痍のユジンの姿がある。
キルナ……。
そうか。
かれは弟を失った悲しみに泣いていたのか。
彼は自分の周りのものを全て排除しようと、すごい魔力を発している。近寄れない。
それでも
一歩、また一歩と近づき
ようやく彼の肩に触れた。
「キルナ、大丈夫だ」
ゆっくりと彼が顔を上げた。
「クラ…イス?」
「ああ、遅くなって悪かった」
「きちゃだめだよ、ぼく、このくろいひを…とめられないの……」
「無理に止めなくてもいい。俺は…大丈夫だか…ら」
「いやだ、クライスまで……」
「大丈夫だ。大丈夫だから」
何度もそう伝え続けると、彼は腕の中のユジンをぎゅうっと抱きしめて言った。
「だいじょうぶじゃない……。僕のせいでユジンが…ユジンが……死んじゃった。ぼくのせいで。ぼく…が」
悲痛な叫びが洞窟内に反響する。
俺は震えるキルナの体を抱きしめた。
彼の腕の中に守られたユジンの体を確認する。同じ光魔法の使い手として、すぐにその症状がわかった。
「ユジンは死んでない。大丈夫だ」
「うそ…だって、いきしてない」
「息を小さくしているだけだ。煙を吸わないように、体を熱で損傷しないように、うまく光の結界で膜を張っている」
「そ…なの? いきてる? ユジンが、いきてる?」
「ああ」
「ほんとにいきてる?」
「ああ」
「しんでない?」
「ユジンは生きている。死んでいない」
「そう…いきて…。ユジンはいきてる……」
何度も同じことを確認し、ようやくキルナはユジンが生きていることを理解したらしい。激しく燃え盛っていた黒い炎が、少しずつ勢いを無くし、しゅるしゅるとキルナの体の内に収まっていく。
さてと。
キルナが落ち着き周囲の黒い炎と靄が消えたことを確認すると、俺は彼の腕からユジンを引き取った。生きてはいるが、魔力も尽きかけ、死にかけているのは間違いない。早く処置しなければ。
目を閉じたままのユジンを地面にそっと寝かせ、話しかけた。
「この大量の魔獣からキルナを守ってくれたことを感謝する。お前はキルナ命の恩人だ。ありがたく俺の魔力を受け取れ」
よほど心配なのだろう。瞬きもせずこちらを見ているキルナに、目を瞑るよう指示する。俺も今からやることを彼には見せたくなかった。
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