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第6章
第282話 クライスSIDE 婚約者探し②
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妖精殿。
そこは意匠を凝らした美しい神殿だ。海、月、ルーナの花。それと戯れる多数の妖精が彫刻されている。そして特徴的なのはその色。中央神殿は柱や門など、ほとんどが純白の大理石で出来ているが、妖精殿だけは、漆黒の石造りだった。
妖精殿の手前にある広い舞台を見ると、昔妖精の花祭りの時にここで剣舞を舞ったな、と当時のことを思い出す。ブランとギアと一緒に妖精の格好をして舞ったのだが、フリルや宝石たっぷりのワンピースに羽までつけた衣装を着るのは、少し恥ずかしかったのを覚えている。
(ああいう服はキルナが着たら似合うんだろうな)
そう思いながら建物の壁面を飾るステンドグラスを見た。
人間よりも大きなルーナの花の上に座り、漆黒の髪に月の光を集めたような金の瞳をした少女。美しいその横顔は、
ーーキルナに似ている。
少女の周りにはたくさんの妖精が集い、楽しげだ。
「そこに描かれているのは妖精姫です」
見送りにきたラエルがそう言った。言われてみれば彼女の背には四枚の羽が生えている。
「妖精姫とは?」
「妖精殿の主です。新たな妖精を生み出し、魔法の恵みをもたらす尊い存在です」
「あなたは見たことがあるのですか?」
「いえ、絵画や彫刻で目にしたことしかございません。その容姿は漆黒の髪に金の瞳をしている。と、そのように伝わっております」
漆黒の髪に金の瞳……。色々聞きたいことはあるが、今は時間がない。入り口の大きな扉の方へと急いだ。
「扉の中はこことは異なる世界です。人間界の理は全く通用しません。ルーファス様から離れることがないようお気をつけください」
黒く巨大な扉の中に一歩足を踏み入れると、そこは真の闇だった。
全く光のない世界。目の前に手のひらを近づけても、何も見えない。入ってきた扉も見当たらない。一歩入っただけなのだから、後ろに手を伸ばせば必ず扉はあるはずなのに。
そんな距離的な感覚も、ここでは人間界と違うらしい。どこに手を伸ばしてももう扉はない。壁らしきものもない。何もない。
こんなところに本当にキルナがいるのだろうか? 居たとしても見つけることなんて不可能なのでは? 本当に、彼は生きているのか?
不安が頭を支配する。やっぱり無理なんじゃないか? キルナは妖精の姫で、妖精たちに連れて行かれた。人間の元に連れて帰るなんて、許されないのでは?
わずか数秒で恐ろしい考えばかりが次々と浮かび、胸がムカムカして手には汗が滲んだ。
ポケットに忍ばせたハンカチを握ると、刺繍部分が盛り上がっているのがわかった。そこにはキルナが刺繍したルーナの花が描かれている。
『ずぅっと一緒にいてね! 離れないでね! 絶対ね! 絶対絶対だよ』
彼の顔を、声を思い出しながら、ゆっくり息を吸い、吐いた。
(大丈夫だ。絶対に連れて帰る。妖精にはやらない)
ーーキルナは俺の婚約者だ。
ルーファスが長い長い呪文を唱え終えると、次第に足元がキラキラと輝き始めた。ヒカリビソウが青白く煌めき、暗闇の中に一本の道ができた。道はずっと先まで続いているようだ。
「この光の道の先にキルナ様がいらっしゃるはずです。行きましょう」
「ああ」
彼の言葉を頼りに前を向いて歩き始める。
前後左右を見回しても闇しかないが、この光の道の先にキルナがいると思うと、もう恐ろしいとは思わなかった。
「これは神聖魔法か?」
道を早足で歩きながら尋ねる。
「はい。私の聖力を辿る魔法です。使っている力は違いますが、王子がお使いになる追跡魔法と同じようなものです」
追跡魔法では探している魔力と自分を、魔力の糸で繋ぐ。これは魔力でなく聖力と自分を、光の道で繋いでいる、ということか。
キルナは『ルゥは全然役に立たない執事なの。いっつも変な服ばかり選ぶし、僕を見たら鼻血を出すし』とよく文句を言っていたが、こうして一緒にいると優秀な男にしか見えない。(さすがは母様の弟だ)
「ルーファスの聖力をキルナに付けているのか?」
俺がキルナの額につけている魔力印のようなものをどこかに付けているのだろうか。
「キルナ様にというよりは、キルナ様のお召し物に細工をさせていただきました。私の髪の毛を縫い込んでおいたのです」
「は?」
「髪には聖力を込めやすいので」
キルナが最後に来ていた服を思い出す。黒い紐付きのビキニに、ベビーピンクのラッシュガード。
「……そうなのか。ということは、あの水着に?」
「はい。あの水着、いかがでしたか? お似合いだったでしょう? 私も拝見したかったのですが旅の準備がありましたので、今回は我慢いたしました。あのラッシュガードのうさ耳の中にも実は私の髪の毛を忍ばせています。うさ耳フードは被っていただけたのでしょうか。あの透けるレースにうさ耳と紐ビキニ。キルナ様の可愛らしさを引き立てる最高の組み合わせだったと思うのですが!!!」
(なるほど。これでは文句も言いたくなるだろう)
キルナの気持ちが少しわかった気がしたが、手作りの水着については実際こうして役に立っているのだから文句は言えない。
「ああ、とてもよく似合っていた。フードは被っていなかったが」
そう返事をしておいた。
その後も「デザインは何度も何度も考え直し、肌に優しい布を選び、愛情を込めて手作りしたのです!」 ……と誇らしげに水着作りの工程やキルナの魅力、とくにその可愛らしさについて延々と語り続けるルーファス。
これだけ歩いても息は全く上がっていないのに、鼻息だけがどんどん荒くなっていく姿に、やっぱり彼は母様の弟なのだと確信した。
歩いた。ただひたすら。
どれほどの距離を、どれほどの時間歩いているのか、何もわからない。腹が減ると少し食べ、水を飲み、また歩く。眠くなったらその場に座って少し眠る。起きたらまた歩く。同じことの繰り返し。
ーー早くキルナに会いたい。
そこは意匠を凝らした美しい神殿だ。海、月、ルーナの花。それと戯れる多数の妖精が彫刻されている。そして特徴的なのはその色。中央神殿は柱や門など、ほとんどが純白の大理石で出来ているが、妖精殿だけは、漆黒の石造りだった。
妖精殿の手前にある広い舞台を見ると、昔妖精の花祭りの時にここで剣舞を舞ったな、と当時のことを思い出す。ブランとギアと一緒に妖精の格好をして舞ったのだが、フリルや宝石たっぷりのワンピースに羽までつけた衣装を着るのは、少し恥ずかしかったのを覚えている。
(ああいう服はキルナが着たら似合うんだろうな)
そう思いながら建物の壁面を飾るステンドグラスを見た。
人間よりも大きなルーナの花の上に座り、漆黒の髪に月の光を集めたような金の瞳をした少女。美しいその横顔は、
ーーキルナに似ている。
少女の周りにはたくさんの妖精が集い、楽しげだ。
「そこに描かれているのは妖精姫です」
見送りにきたラエルがそう言った。言われてみれば彼女の背には四枚の羽が生えている。
「妖精姫とは?」
「妖精殿の主です。新たな妖精を生み出し、魔法の恵みをもたらす尊い存在です」
「あなたは見たことがあるのですか?」
「いえ、絵画や彫刻で目にしたことしかございません。その容姿は漆黒の髪に金の瞳をしている。と、そのように伝わっております」
漆黒の髪に金の瞳……。色々聞きたいことはあるが、今は時間がない。入り口の大きな扉の方へと急いだ。
「扉の中はこことは異なる世界です。人間界の理は全く通用しません。ルーファス様から離れることがないようお気をつけください」
黒く巨大な扉の中に一歩足を踏み入れると、そこは真の闇だった。
全く光のない世界。目の前に手のひらを近づけても、何も見えない。入ってきた扉も見当たらない。一歩入っただけなのだから、後ろに手を伸ばせば必ず扉はあるはずなのに。
そんな距離的な感覚も、ここでは人間界と違うらしい。どこに手を伸ばしてももう扉はない。壁らしきものもない。何もない。
こんなところに本当にキルナがいるのだろうか? 居たとしても見つけることなんて不可能なのでは? 本当に、彼は生きているのか?
不安が頭を支配する。やっぱり無理なんじゃないか? キルナは妖精の姫で、妖精たちに連れて行かれた。人間の元に連れて帰るなんて、許されないのでは?
わずか数秒で恐ろしい考えばかりが次々と浮かび、胸がムカムカして手には汗が滲んだ。
ポケットに忍ばせたハンカチを握ると、刺繍部分が盛り上がっているのがわかった。そこにはキルナが刺繍したルーナの花が描かれている。
『ずぅっと一緒にいてね! 離れないでね! 絶対ね! 絶対絶対だよ』
彼の顔を、声を思い出しながら、ゆっくり息を吸い、吐いた。
(大丈夫だ。絶対に連れて帰る。妖精にはやらない)
ーーキルナは俺の婚約者だ。
ルーファスが長い長い呪文を唱え終えると、次第に足元がキラキラと輝き始めた。ヒカリビソウが青白く煌めき、暗闇の中に一本の道ができた。道はずっと先まで続いているようだ。
「この光の道の先にキルナ様がいらっしゃるはずです。行きましょう」
「ああ」
彼の言葉を頼りに前を向いて歩き始める。
前後左右を見回しても闇しかないが、この光の道の先にキルナがいると思うと、もう恐ろしいとは思わなかった。
「これは神聖魔法か?」
道を早足で歩きながら尋ねる。
「はい。私の聖力を辿る魔法です。使っている力は違いますが、王子がお使いになる追跡魔法と同じようなものです」
追跡魔法では探している魔力と自分を、魔力の糸で繋ぐ。これは魔力でなく聖力と自分を、光の道で繋いでいる、ということか。
キルナは『ルゥは全然役に立たない執事なの。いっつも変な服ばかり選ぶし、僕を見たら鼻血を出すし』とよく文句を言っていたが、こうして一緒にいると優秀な男にしか見えない。(さすがは母様の弟だ)
「ルーファスの聖力をキルナに付けているのか?」
俺がキルナの額につけている魔力印のようなものをどこかに付けているのだろうか。
「キルナ様にというよりは、キルナ様のお召し物に細工をさせていただきました。私の髪の毛を縫い込んでおいたのです」
「は?」
「髪には聖力を込めやすいので」
キルナが最後に来ていた服を思い出す。黒い紐付きのビキニに、ベビーピンクのラッシュガード。
「……そうなのか。ということは、あの水着に?」
「はい。あの水着、いかがでしたか? お似合いだったでしょう? 私も拝見したかったのですが旅の準備がありましたので、今回は我慢いたしました。あのラッシュガードのうさ耳の中にも実は私の髪の毛を忍ばせています。うさ耳フードは被っていただけたのでしょうか。あの透けるレースにうさ耳と紐ビキニ。キルナ様の可愛らしさを引き立てる最高の組み合わせだったと思うのですが!!!」
(なるほど。これでは文句も言いたくなるだろう)
キルナの気持ちが少しわかった気がしたが、手作りの水着については実際こうして役に立っているのだから文句は言えない。
「ああ、とてもよく似合っていた。フードは被っていなかったが」
そう返事をしておいた。
その後も「デザインは何度も何度も考え直し、肌に優しい布を選び、愛情を込めて手作りしたのです!」 ……と誇らしげに水着作りの工程やキルナの魅力、とくにその可愛らしさについて延々と語り続けるルーファス。
これだけ歩いても息は全く上がっていないのに、鼻息だけがどんどん荒くなっていく姿に、やっぱり彼は母様の弟なのだと確信した。
歩いた。ただひたすら。
どれほどの距離を、どれほどの時間歩いているのか、何もわからない。腹が減ると少し食べ、水を飲み、また歩く。眠くなったらその場に座って少し眠る。起きたらまた歩く。同じことの繰り返し。
ーー早くキルナに会いたい。
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