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第6章

第281話 クライスSIDE 婚約者探し①

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一年に一度、妖精の花祭りの時にだけ姿を現す荘厳な白い神殿、それは普段はどこにあるのかわからない。海の中にある、という話を聞いたことがあるが本当かどうか、定かではない。

その神殿が今、目の前にあった。ルーファスとともに俺は神殿の入り口まで泳いできていた。



月の塔を出て、暗闇の中俺たちはまず海辺へと向かった。「すぐにストレッチをしましょう」と促す彼に説明を求めると、なんとこれから向かう中央神殿は……、

「海の中!?」

にあるという。ただの伝説だと思っていたが、彼の話によれば神殿は本当に海中にあるらしい。

「息が続くかどうかは心配しなくとも大丈夫です。水中でも普通に呼吸できるよう魔法をかけますので」

彼は神殿で修行した者だけが使えるという神聖魔法が使える。貴重な魔法を使ってくれたことに、俺は感謝の気持ちを告げた。

「ありがとうございます。ルーファス様」
「ど、どうしたのですか!? クライス王子。私に敬語を使う必要はございません」
「でも母様の弟だと聞きました」

母様の弟、ということは俺の叔父ということになる。敬語を使うのは当然だろう。そう思ったのだが、彼は全力で拒否の意を表した。

「そんなことは気にしないでください! 私はただのルーファスです。キルナ様の専属執事という大変名誉な仕事を任されております。それ以上でもそれ以下でもございませんので、どうぞ今まで通りの接し方でお願いします。王子がそんな対応だとキルナ様が驚かれます。キルナ様にもしそんなふうに距離を取られたら、私は死にます!」

妙な迫力を前に、俺はさっさと白旗を掲げる。

「そ、そうか。わかった。ルーファス、引き続き道案内を頼む」
「はい。お任せください」

そこから、永遠とも思える過酷な旅が始まった。


神殿は深い海の奥底にあった。魔法で防水と身体強化をし、ひたすら泳ぎ続けること3日。途中でルーファスが用意してくれた携帯食を食べ休憩を挟むが、基本的にはずっと泳いでいるという状態だ。

呼吸はできるが、腕も足もだるくなり、りそうになることもしばしば。魔法騎士団の練習に混じって水練をしたこともあるものの、ここまで水中で体を酷使したことはない。


これだけ長い間海の中にいると、まるで自分が魚にでもなったような気がする。最初は物珍しくて周りの景色が気になったが、太陽の光が届かないところまで来るともう不気味なだけだった。自分とルーファスの周囲一メートルくらいを光魔法で照らすが、これも使いすぎると魔力だけでなく体力も消耗するので最低限にとどめた。

彼の説明によると、神殿に入るともう普通の魔法は使えない。中で使えるのは神聖魔法だけだという。



「着きました。ここが中央神殿です」

ようやく辿り着いた神殿の大きな門をくぐると、その先には地上と同じ、水のない空間が広がっていた。水を通さない結界が張ってあるのだろう。大地に足をつけて歩ける。それがどれだけ安心感のあることか。

「クライス王子、一度ゆっくり休んでから妖精殿に入りましょう。そこにキルナ様はいらっしゃるはずです」
「キルナが!?」

花祭りの時に確認した妖精殿は、神殿の東側にある。すぐにでも行きたかったが、たしかに足はもうフラフラでまともに歩くことすらできなかった。

(早くキルナの元に行かなければならないのに。)

気ばかり焦り、無理やり足を動かそうとしていると、白いローブを着た老人が出迎えてくれる。そのうしろには同じローブを羽織った人間が、ずらりと並んでいた。

「お待ちしておりました。クライス殿下、ルーファス様。私は月守りの一族の一人、名をラエルと申します。お話はセレネ様より承っております。どうぞ、こちらへ」

老人は母やルーファスによく似た銀髪をしている。月守りの一族のことはよく知らないが、この銀色の髪が特徴なのかもしれない。

大広間から先の長い通路からは、ラエルに代わって小柄な少年が案内してくれた。

「にいさ…いえ、クライス王子、ルーファス様。どうぞ、部屋をご用意しておりますので、そちらでお休みください」

その姿に、なぜか既視感を覚える。見たことがあるような、ないような。彼は丁寧な所作で、俺とルゥを整えられた広い部屋まで連れて行き、テキパキとお茶を用意してくれた。

お茶は、問題なくうまかった。だが、なんだかやたらとキラキラ輝く目で見られ、落ち着かない。

「あの、足を診せていただいてもよろしいでしょうか。おれ、あ、じゃなくて私は治癒の神聖魔法が使えますので疲れを癒させていただきます」

「ああ、頼む」

彼の魔法はよく効いて、使いすぎて熱を持っていた筋肉が正常に戻るのがわかった。

「助かった。痛みが引いて足が軽くなった。これでいくらでも歩ける気がする」
「よかったです!! 練習した甲斐がありました!!」

嬉しそうにはにかむ彼は、どこか見たことのある顔をしている。でも誰だっただろう。記憶を探っていると、その答えはルーファスの言葉で明らかになった。

「大分お変わりになりましたね。モース様」

え?

この子犬のような少年が、モース!?

あまりの変化に言葉を失っていると、彼は照れたように笑い、「そうでしょうか? 確かに少し痩せたのです」という。太った姿しか見たことがなかったが、痩せるとこんな風になるのか。暗めの金髪に少しつり目な大きなアイスブルーの瞳は、どこからどう見ても美少年だった。

「モース…なのか?」

名を呼ぶと、その瞳からは大粒の涙がぽろぽろと流れ、クライス兄様……と小さくつぶやく声が聞こえた。

「私はキルナ様とクライス王子に大変なご迷惑をおかけしました。なんとか、もう一度お会いしてきちんと謝罪したかったのです。本当に申し訳ありませんでした」

ガバリと深く頭を下げた彼に、俺は声をかけた。

「……ああ。もう怒ってはいない。謝罪を受け入れる」

完全に許す、とは言えないが、もう怒りは収まっていた。心からの謝罪だと伝わってきたから。

「ここでの生活はどうだ?」

「はい、修行は厳しいですが、やりがいがありとても充実しています。同世代の友達もたくさんいるから寂しくないですし、母様…いえ、セレネ様もたまに見にきてくださるのです」

「そうか」

「クライス王子はこれから妖精殿に入り、キルナ様を探しに行かれるのですね」

彼の問いに決意を込めて頷く。

「妖精殿の中は神殿の中でも最も魔力に満ちた場所といいます。我々神殿の者も、あの中に入ることはまずありません。妖精の世界に人間が入ると、記憶がぼやける。特に大切な人に関する記憶が薄れると言われています。そうなると捜索が困難になると思いますので、こちらをお持ちください」

「これは?」

青い指輪。親指に嵌めるとピッタリだった。

「神殿で作られた聖具です。記憶の保持に役立つはずです」

あの弟と同一人物とは思えないほど爽やかな彼に少し戸惑うが、そういえばあの頃から自分のことはよく慕ってくれていたな、と思う。きっと環境が悪かっただけなのだ。魑魅ちみ魍魎もうりょう跋扈ばっこする王宮の恐ろしさは自分もよく知っている。

兄としてうまく導いてやれなかったことは悔やまれるが、幸せそうな彼をみるとこれでよかったのだろうと感じた。

「ありがとう。大事に使わせてもらう」
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