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第6章
第276話 クライスSIDE 婚約者のいない朝
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日が昇りはじめた。
湖の中で立ち尽くしていると大きな2つの人影が自分の影を覆う。
のろのろと顔を上げると見知った大人たちの顔があった。
「父様……。公爵……」
「クライス、一度上がりなさい。他の者も、湖から上がれ。捜索は中止する」
「なぜ……」
その絶望的な宣言に声が引き攣る。
諦めるのか? キルナはまだ見つかっていないのに。
「まだ探させて下さい!!」
「駄目だ」
「ですがまだ」
「クライス!」
「…………」
有無を言わせない父の強い声に、口を噤んだ。でも内心は荒れ狂っている。こうして話している時間も惜しい。こうしている間にもキルナは苦しんでいるかもしれない。早く探さなくては。
「ここで何が起きたかは、もうわかっている」
(もうわかっている? 一体何が起きたって言うんだ? 一緒にいた俺ですら何もわからないのに!)
初めて自分の父に苛立ちを感じた。同時に、不安が押し寄せる。この世で一番頼りになると思っていた二人が、「諦めろ」と言ってきたらどうする?
いや、自分一人になっても探し続けよう。
彼の足ではそう遠くまでは行けないはず。探し続ければ見つかる。絶対見つかる。見つけてみせる。
大丈夫、大丈夫だ、と心の中で自分に言い聞かせる。でもそんな自分自身の声はあまりにも弱々しくて、現実を見ろと言われたら砕け散りそうな気がした。
今すぐ目の前の二人から逃げ出したかった。耳を塞ぎたい。何も聞きたくない。
「殿下、あの子は、『妖精が呼んでいる』そう言ったのですね」
凪いだように静かなフェルライト公爵の言葉に頷く。すると彼は驚くべき発言をした。
「もしかしたら、こうなるかもしれない、と覚悟はしておりました。ここは、以前お話しした私の双子の姉、カーナがいなくなった湖と同じ場所なのです」
「そんなっ……」
ここはフェルライト領から遥か遠く南端の領地にある湖だ。話に出てきた湖と同じ場所だなんて、そんな偶然があるはずが……。いや、そうだとして、だったらなぜフェルライト公爵はキルナがここへ行くことを許可した? あんなにキルナを可愛がっていたのに。
「なら……なぜ止めて下さらなかったのですか!? 止めてくだされば、キルナは……いなくならなかった」
俺は公爵に掴みかかりたい気持ちを抑え、自分の水着をギリギリと握りしめた。こんなの八つ当たりだとわかっている。全部こんな場所に彼を誘った自分が悪い。
でも、
今は何もかもが許せなかった。キルナを奪った世界の全てが腹立たしくて、憎らしい。何より自分自身が一番許せない。守れもしないくせに、こんなところに連れて来るべきではなかった。
朝露に濡れたヒカリビソウが朝日に照らされ煌めいている。彼に見せたいと思っていたこの光景すら今は腹立たしい。
「俺のせいで……キルナは」
体中の魔力が意志に関係なく勝手に膨れ上がっていく。水に浸かった体は冷え切っているのに、頭が、燃えそうに熱い。その沸騰しそうな頭を父が小突いた。
「クライス、落ち着きなさい。こんなところで魔力暴走している暇はないぞ。あの子の行き先には心当たりがある」
(心当たり……?)
頭が急速に冷える。魔力が静まったことを確認してから、父様が話を続けた。
「お前たちがこの湖に行く予定だと聞いて、あらかじめリーフと作戦を練っていたのだ。もし万が一、彼が妖精に呼ばれることがあれば、今度こそ救おうと。リーフの姉の二の舞にならないように」
「殿下。キルナは生きています。私はもう二度と、大切なものを妖精に奪わせる気はありません」
決意を込めた公爵の低い声が鼓膜を揺さぶる。意志の強いサファイアの眼は、少しだけキルナの眼に似ている気がした。
湖の中で立ち尽くしていると大きな2つの人影が自分の影を覆う。
のろのろと顔を上げると見知った大人たちの顔があった。
「父様……。公爵……」
「クライス、一度上がりなさい。他の者も、湖から上がれ。捜索は中止する」
「なぜ……」
その絶望的な宣言に声が引き攣る。
諦めるのか? キルナはまだ見つかっていないのに。
「まだ探させて下さい!!」
「駄目だ」
「ですがまだ」
「クライス!」
「…………」
有無を言わせない父の強い声に、口を噤んだ。でも内心は荒れ狂っている。こうして話している時間も惜しい。こうしている間にもキルナは苦しんでいるかもしれない。早く探さなくては。
「ここで何が起きたかは、もうわかっている」
(もうわかっている? 一体何が起きたって言うんだ? 一緒にいた俺ですら何もわからないのに!)
初めて自分の父に苛立ちを感じた。同時に、不安が押し寄せる。この世で一番頼りになると思っていた二人が、「諦めろ」と言ってきたらどうする?
いや、自分一人になっても探し続けよう。
彼の足ではそう遠くまでは行けないはず。探し続ければ見つかる。絶対見つかる。見つけてみせる。
大丈夫、大丈夫だ、と心の中で自分に言い聞かせる。でもそんな自分自身の声はあまりにも弱々しくて、現実を見ろと言われたら砕け散りそうな気がした。
今すぐ目の前の二人から逃げ出したかった。耳を塞ぎたい。何も聞きたくない。
「殿下、あの子は、『妖精が呼んでいる』そう言ったのですね」
凪いだように静かなフェルライト公爵の言葉に頷く。すると彼は驚くべき発言をした。
「もしかしたら、こうなるかもしれない、と覚悟はしておりました。ここは、以前お話しした私の双子の姉、カーナがいなくなった湖と同じ場所なのです」
「そんなっ……」
ここはフェルライト領から遥か遠く南端の領地にある湖だ。話に出てきた湖と同じ場所だなんて、そんな偶然があるはずが……。いや、そうだとして、だったらなぜフェルライト公爵はキルナがここへ行くことを許可した? あんなにキルナを可愛がっていたのに。
「なら……なぜ止めて下さらなかったのですか!? 止めてくだされば、キルナは……いなくならなかった」
俺は公爵に掴みかかりたい気持ちを抑え、自分の水着をギリギリと握りしめた。こんなの八つ当たりだとわかっている。全部こんな場所に彼を誘った自分が悪い。
でも、
今は何もかもが許せなかった。キルナを奪った世界の全てが腹立たしくて、憎らしい。何より自分自身が一番許せない。守れもしないくせに、こんなところに連れて来るべきではなかった。
朝露に濡れたヒカリビソウが朝日に照らされ煌めいている。彼に見せたいと思っていたこの光景すら今は腹立たしい。
「俺のせいで……キルナは」
体中の魔力が意志に関係なく勝手に膨れ上がっていく。水に浸かった体は冷え切っているのに、頭が、燃えそうに熱い。その沸騰しそうな頭を父が小突いた。
「クライス、落ち着きなさい。こんなところで魔力暴走している暇はないぞ。あの子の行き先には心当たりがある」
(心当たり……?)
頭が急速に冷える。魔力が静まったことを確認してから、父様が話を続けた。
「お前たちがこの湖に行く予定だと聞いて、あらかじめリーフと作戦を練っていたのだ。もし万が一、彼が妖精に呼ばれることがあれば、今度こそ救おうと。リーフの姉の二の舞にならないように」
「殿下。キルナは生きています。私はもう二度と、大切なものを妖精に奪わせる気はありません」
決意を込めた公爵の低い声が鼓膜を揺さぶる。意志の強いサファイアの眼は、少しだけキルナの眼に似ている気がした。
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