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第6章

第271話 神スチルの背景

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「なんて、素敵なんだろ」

湖が星空を映し、まるで上下に二つの空がひろがっているみたいな不思議な世界。明るい時にはわからなかったけど、この場所を僕は知ってる。

ーーここは、誓いの湖だ。


ゲームのストーリーでは、悪役令息キルナはここでクライスにキスを迫り、きっぱりと断られる。それでも諦めず、彼の唇を求めて何度も迫っていた。

最終的に近くにいたギアに突き飛ばされ尻餅をついたところを、さらに動けないようリオンによって重力系の魔法で地面に縫い付けられる。(プレイヤーはここで、ざまぁ! と思うものらしい)

彼は重力にあらがい、ガリガリと地面に美しく磨かれた爪を立て、その指先を血に染めながら悔し涙を流していた。それでも誰一人彼を助け起こそうとしない。


七海ぼくはソファに座って優斗がプレイするのを、隣で見ていた。あまりにも可哀想な場面すぎてそこからは目を逸らしてしまったのだけど……(悪役相手とはいえそこまでする? とちょっとゲームの攻略キャラたちの人間性を疑った)

どうしてゲームのキルナがそんなにしつこくキスを強請ねだったのかというと、答えは簡単。この湖には“ここでキスした恋人たちは永遠に結ばれる”というジンクスがあるからだ。国の南端の森の中、という不便な場所ではあるものの、いつか行ってみたい憧れスポットとして生徒たちにも人気があった。

クライスの方はよりにもよってそんな場所で、嫌いな婚約者との口付けを受け入れるはずがなく、キルナの想いはここで無残に散る。



そして後日、クライスはユジンと二人でここにやってきた。もちろん永遠に結ばれるために。

『ユジン、お前に、永遠の愛を誓う』
『僕もクライス様のことを永遠に愛しています』

だったかな? とにかくかなりラブラブなセリフの後、彼らは誓いのキスをする。

優斗によると、神秘的な湖を背景にしたキスシーンは、神スチルとしてニジウミファンたちに持てはやされているらしい。(ちなみにニジウミとは『虹の海』の通称なのだって。)僕も見せてもらったけれど、たしかに素敵な描写だった。当時は「んん!? 男同士でキス!?」って驚いてそれどころではなかったけど。


キラキラキラ

実際こうして目の前にすると、幻想的な世界はなんだかこの世のものではないんじゃないか……ってくらい美しい。足元で輝く青い光はヒカリビソウ、満天の星、手のひらサイズの七色の光は妖精。交錯こうさくする光を際立たせるのは森が作り出す深い闇。

「こっちだよ~」

湖の方から妖精の声が聞こえた。僕を呼んでるみたい。彼らの声はクライスには聞こえない。「妖精が呼んでるから、一緒に行かない?」とクライスを誘おうとした時、また彼らの声が聞こえてきた。

「こっちにルーナのはながあるよ~」

ルーナの……花? 

何か、大事なことを忘れているような……。黒い花……、ハーブティー……。
昼間見た夢の情景が頭の中にパッと再現される。

ああ、そうだった!
大切なことを思い出した。


ストーリーの続きだ。
クライスにキスを断られ腹を立てたキルナは、ここで見つけたルーナの花をハーブティーの中に仕込んでユジンを殺そうとする。

(どうしよう……。夢の中では毒入りハーブティーをユジンは飲まなかったけど、もし間違って飲んでしまったら?)

ルーナの花びらは猛毒だ。一口でも口をつけたが最後、絶対に助からない。
僕がこの手でユジンを殺してしまうかもしれない。

公爵家に帰ると、いつも恥ずかしそうに顔を見せる弟の姿が脳裏をよぎる。毒を飲んだ時の苦しみは自分が一番よく知っている。あんな天使に猛毒を飲ませるなんて。

不安でお腹がちくちくする。頭もズキズキと痛い。溢れる涙で目の前がよく見えない。

(このままじゃ駄目だ。何とかしなくちゃ!)



頭をいっぱい働かせて、ある考えに思い至った。ルーナの花はまだ咲いてない(咲くのは僕達が6年生になってからのはず)。それなら今のうちに芽を摘んでおけばいい。

「ごめん、クライス」

行かなきゃ、妖精の呼んでる方へ。
耳をすませば聞こえる。
コロコロという笑い声と「こっちこっち~」と誘う声が。


「妖精が呼んでる……」


気付けば走り出していた。
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