いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

日色

文字の大きさ
上 下
128 / 287
第6章

第264話 クライスSIDE ヒカリビソウの湖(ちょっとだけ※)

しおりを挟む
ブクブクブク

「キルナ、また溺れてるのか!?」
「ぷはぁ!」

彼の体を水上に引き上げ縦抱きにする。こうして密着すると、柔らかい体にドキドキするが表情には出さないようにした。あまり下心を見せて警戒されても困る。今は健全な水泳を楽しんでいるのだから、冷静に…冷静に……。

とは思うものの、彼の刺激的すぎる水着姿がそうさせてくれない。

リボン結びの細い紐は今にも解けそうな気がするし、黒く小さい布はほとんど何も隠すことができず、彼の尻の白さを強調するばかりだ。おまけに縦抱きにするとラッシュガードから透けて見えるピンクの乳首がちょうど目の前に……。

(これは……触ってもいいのか?)

危うく触れてしまうところだったが、咳き込む彼を見て正気に戻った。咳が落ち着くようにと背中を優しく撫でる。

「げほっ……ごほっ……やっぱり、水に浮かぶなんて無理だよぅ」

うるうると涙目になりながらそう訴える彼。コツを教えても軽いはずの体は沈むばかりで、何度も救出することになった。

泳げない彼のために一番浅い場所(足がつくところ)で練習しているのだが、それでも溺れてしまうのはなぜなのか。これは一瞬でも目を離すわけにはいかない。危うい彼の泳ぎっぷりに、護衛たちも神経を尖らせているのがわかった。

(おかしい、これはデートのはず。もっと甘い雰囲気になるはずだったのに……)

だが泳げるようにならないと、いざという時にキルナが困る。近くにいる時ならまだしも、自分が見ていないところで溺れるという可能性もある。せめて浮けるようにはしておきたい。

「ほら、手を持っててやる。足をバタバタさせてみろ」

とりあえず水に慣れ親しむところから始めることにし、バタ足をさせながら湖を進んでいると、彼が急に「ふぎゃぁあああ!!」大声で叫び、何かから逃れようと暴れはじめた。なんだ?

「今足に何か当たったの!!! ツンツンって。あ、また!! んな、何っ!?」

彼の足付近を観察すると、そこにいたのは小さな魚で、ちょうど群れが通り過ぎていくところだった。怯えてぎゅうっとしがみついてくる彼が可愛くて仕方がない。


しばらく練習した後陸に上がると、キルナは想像以上にぐったりしていた。よほど疲れたのだろう。しっかり水分補給もさせなければ。

体を乾かして膝枕してやると、彼はうとうとと気持ちよさそうに目を閉じた。

「クライス殿下、どうぞ」

フェルライト家の護衛がちょうど良いタイミングでタオルケットを持ってくる。公爵に指示されているのか、冷たい水やら、分厚くフワフワとして触り心地の良い敷物やら、彼の髪の毛を梳かすための櫛やら、何でも準備しているようだ。

そのまま少し昼寝をしたあと目覚めた彼は、護衛の一人を呼んで、弁当を持ってくるように頼んだ。大きな四角い弁当箱を騎士が恭しく運んできて俺たちの前に置く。その彼に向かって、キルナが「ありがと!」と微笑んだ。

「い、いえ、とんでもございません」

カァッと顔を赤く染めた男が素早く会釈して、見えない位置まで大急ぎで下がっていくのを見て俺はため息をつく。(彼の反応は仕方がない。出来るだけキルナを見ないようにしながら下がったのだから合格点と言える。キルナの足にもう一度タオルケットをかけておくんだった)

「ほら、見て~!」

キルナは大きな弁当箱をパカリと開けてみせた。

驚くことにレットルやムベルといった可愛らしい生き物が米やパンやおかずで形作られている、これまで見たことのない種類の弁当だった。キルナによると、これは『キャラベン』というものらしい。これを彼が自分で作ったと言うから驚きだ。味も最高に美味しくて、もったいないと思いながらもあっという間に完食した。

キルナの作った弁当を食べ、彼の淹れたお茶を飲み、ゆったりとした時間を過ごす。

(なんだこれ。幸せすぎる……)

きっと今俺の頬は緩み切っているに違いない。ロイルが側にいたら、またげっそりした顔をされるのだろう。
















かごいっぱいに集まったね」
「ジャムが楽しみだな」

午後は二人でヒカリビソウを摘み、いろいろな種類の木の実や薬草も採取した。キルナはこれでデザートがたくさん作れる、とホクホクした顔で籠の中身を眺めている。


そうこうしているうちにすっかり辺りは暗くなり、ヒカリビソウが強い光を放ちはじめた。水色の花は青く煌めき、まるで夜空の星々のようにキラキラと輝いている。湖はその光を反射し、夜空が二つに見える。

上にも下にも空がある、神秘的な世界。

「なんて、素敵なんだろ」

隣でキルナがそう呟く。月明かりに染まる彼の横顔は、それにも負けず美しく綺麗で、俺は風景なんてそっちのけでじっと彼だけを見つめていた。その金の瞳から宝石のような涙がこぼれ落ちる。

泣いているのは感動しているから、だろうか? 


「ごめんね、クライス」

「なんだ?」


まっすぐ湖を見つめたまま唐突に謝る彼に、不安が募る。


「……聞こえる」


彼は大事に持っていた籠を地面に置いた。そして目を瞑り、耳を澄ませる。

俺も神経を研ぎ澄ませて音を探るが、何も聞こえない。すぐ隣にいるキルナには、何が聞こえているのだろうか。森の中だから何かしら動物はいるかもしれないが、その気配も今はない。



しばらくして、彼はうっすらと目を開いた。

「キルナ?」

「ごめん、クライス」


嫌な予感がする。これは、だ。


前に海で……同じことが……。



「ねぇ、クライス。
……呼んでる。僕いかなきゃ」



「……どこへ?」



緊張して声が震える。
どこへ行くと言うんだ? ここは湖、周りには森しかない。


「待て!」


走り出そうとした彼の手を掴んだ。

なのに、掴んだはずの手がすり抜ける。

周囲は知らぬ間に白い霧がかかって見えにくくなっている。



「妖精が、呼んでる……」




ーー手を離せばもう二度と戻ってこないかもしれない


もう一度伸ばした手は、空を切る。



「キルナ!!」

しおりを挟む
感想 686

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。