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第6章

第264話 クライスSIDE ヒカリビソウの湖(ちょっとだけ※)

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ブクブクブク

「キルナ、また溺れてるのか!?」
「ぷはぁ!」

彼の体を水上に引き上げ縦抱きにする。こうして密着すると、柔らかい体にドキドキするが表情には出さないようにした。あまり下心を見せて警戒されても困る。今は健全な水泳を楽しんでいるのだから、冷静に…冷静に……。

とは思うものの、彼の刺激的すぎる水着姿がそうさせてくれない。

リボン結びの細い紐は今にも解けそうな気がするし、黒く小さい布はほとんど何も隠すことができず、彼の尻の白さを強調するばかりだ。おまけに縦抱きにするとラッシュガードから透けて見えるピンクの乳首がちょうど目の前に……。

(これは……触ってもいいのか?)

危うく触れてしまうところだったが、咳き込む彼を見て正気に戻った。咳が落ち着くようにと背中を優しく撫でる。

「げほっ……ごほっ……やっぱり、水に浮かぶなんて無理だよぅ」

うるうると涙目になりながらそう訴える彼。コツを教えても軽いはずの体は沈むばかりで、何度も救出することになった。

泳げない彼のために一番浅い場所(足がつくところ)で練習しているのだが、それでも溺れてしまうのはなぜなのか。これは一瞬でも目を離すわけにはいかない。危うい彼の泳ぎっぷりに、護衛たちも神経を尖らせているのがわかった。

(おかしい、これはデートのはず。もっと甘い雰囲気になるはずだったのに……)

だが泳げるようにならないと、いざという時にキルナが困る。近くにいる時ならまだしも、自分が見ていないところで溺れるという可能性もある。せめて浮けるようにはしておきたい。

「ほら、手を持っててやる。足をバタバタさせてみろ」

とりあえず水に慣れ親しむところから始めることにし、バタ足をさせながら湖を進んでいると、彼が急に「ふぎゃぁあああ!!」大声で叫び、何かから逃れようと暴れはじめた。なんだ?

「今足に何か当たったの!!! ツンツンって。あ、また!! んな、何っ!?」

彼の足付近を観察すると、そこにいたのは小さな魚で、ちょうど群れが通り過ぎていくところだった。怯えてぎゅうっとしがみついてくる彼が可愛くて仕方がない。


しばらく練習した後陸に上がると、キルナは想像以上にぐったりしていた。よほど疲れたのだろう。しっかり水分補給もさせなければ。

体を乾かして膝枕してやると、彼はうとうとと気持ちよさそうに目を閉じた。

「クライス殿下、どうぞ」

フェルライト家の護衛がちょうど良いタイミングでタオルケットを持ってくる。公爵に指示されているのか、冷たい水やら、分厚くフワフワとして触り心地の良い敷物やら、彼の髪の毛を梳かすための櫛やら、何でも準備しているようだ。

そのまま少し昼寝をしたあと目覚めた彼は、護衛の一人を呼んで、弁当を持ってくるように頼んだ。大きな四角い弁当箱を騎士が恭しく運んできて俺たちの前に置く。その彼に向かって、キルナが「ありがと!」と微笑んだ。

「い、いえ、とんでもございません」

カァッと顔を赤く染めた男が素早く会釈して、見えない位置まで大急ぎで下がっていくのを見て俺はため息をつく。(彼の反応は仕方がない。出来るだけキルナを見ないようにしながら下がったのだから合格点と言える。キルナの足にもう一度タオルケットをかけておくんだった)

「ほら、見て~!」

キルナは大きな弁当箱をパカリと開けてみせた。

驚くことにレットルやムベルといった可愛らしい生き物が米やパンやおかずで形作られている、これまで見たことのない種類の弁当だった。キルナによると、これは『キャラベン』というものらしい。これを彼が自分で作ったと言うから驚きだ。味も最高に美味しくて、もったいないと思いながらもあっという間に完食した。

キルナの作った弁当を食べ、彼の淹れたお茶を飲み、ゆったりとした時間を過ごす。

(なんだこれ。幸せすぎる……)

きっと今俺の頬は緩み切っているに違いない。ロイルが側にいたら、またげっそりした顔をされるのだろう。
















かごいっぱいに集まったね」
「ジャムが楽しみだな」

午後は二人でヒカリビソウを摘み、いろいろな種類の木の実や薬草も採取した。キルナはこれでデザートがたくさん作れる、とホクホクした顔で籠の中身を眺めている。


そうこうしているうちにすっかり辺りは暗くなり、ヒカリビソウが強い光を放ちはじめた。水色の花は青く煌めき、まるで夜空の星々のようにキラキラと輝いている。湖はその光を反射し、夜空が二つに見える。

上にも下にも空がある、神秘的な世界。

「なんて、素敵なんだろ」

隣でキルナがそう呟く。月明かりに染まる彼の横顔は、それにも負けず美しく綺麗で、俺は風景なんてそっちのけでじっと彼だけを見つめていた。その金の瞳から宝石のような涙がこぼれ落ちる。

泣いているのは感動しているから、だろうか? 


「ごめんね、クライス」

「なんだ?」


まっすぐ湖を見つめたまま唐突に謝る彼に、不安が募る。


「……聞こえる」


彼は大事に持っていた籠を地面に置いた。そして目を瞑り、耳を澄ませる。

俺も神経を研ぎ澄ませて音を探るが、何も聞こえない。すぐ隣にいるキルナには、何が聞こえているのだろうか。森の中だから何かしら動物はいるかもしれないが、その気配も今はない。



しばらくして、彼はうっすらと目を開いた。

「キルナ?」

「ごめん、クライス」


嫌な予感がする。これは、だ。


前に海で……同じことが……。



「ねぇ、クライス。
……呼んでる。僕いかなきゃ」



「……どこへ?」



緊張して声が震える。
どこへ行くと言うんだ? ここは湖、周りには森しかない。


「待て!」


走り出そうとした彼の手を掴んだ。

なのに、掴んだはずの手がすり抜ける。

周囲は知らぬ間に白い霧がかかって見えにくくなっている。



「妖精が、呼んでる……」




ーー手を離せばもう二度と戻ってこないかもしれない


もう一度伸ばした手は、空を切る。



「キルナ!!」

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