いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

日色

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第5章

第250話 リリーSIDE 雨の日の椅子

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今日は一週間ぶりにメガネが教室に来た。
どうして休んでいたのか聞きたくて彼に近付こうとしたら、ザバーっと音を立てて上から大量の水が降ってきた。ここは教室の中なのに一体どこから!?

(あ、駄目だ。メガネにかかる!!)

そう思った瞬間、彼の頭上に光の結界が張られ、全ての水はシュワっと蒸発して空気中に消えた。

そうかと思えば休み時間、メガネの横を通り過ぎた男がさっと彼に向かって手を伸ばした。その手の先は……。

(危ない! 取られる)

ここからじゃ間に合わない!!と思っていたら、スッとメガネの前に立ちはだかったギア様がそいつの手をひねり上げる。

「おい、お前、今何かしようとしなかったか?」
「イダダダダッ!! うっわああああ、折れるぅうう。ずびばぜ…ずぶばぜんでじだあ」

鼻水と涙でぐしゃぐしゃになって逃げていったそいつは、クラスメイトではない。違う学年の生徒だ。朝から授業が終わるまでずっと、そんなことが延々に繰り返されていた。


すごい数の人間がメガネを狙っている……。彼が誘拐された時のことを思い出して、僕は背筋がスゥッと寒くなった。でも、怖がっている場合じゃない。当の本人はというと……何も気づいてない。それどころか、今日はいつにも増してぼ~っとしている。

ーー僕が守らないと!!!

とにかく忠告だけでもしておこうと思い声をかけたけど、彼には聞こえてないようだった。

男爵家の次男、というこの学園では殊更低い身分の自分が、公爵家嫡男でしかも王子の婚約者であるメガネにしつこく声をかけるのははばかられる。もちろん彼がそんなことを気にしないのはわかっているけど、周りの目がある。学園は社会の縮図なのだ。空気を読まなければ生きていけない。


(どこなら会えるだろう……。)

僕は周りの目を気にせず確実に声がかけられそうな場所はどこかと考えた。メガネは最近何かを作るために理事長室に通っていたからそこで待つことにする。予想通り、補習を終えた彼が走ってやってきた。

「リリー、どうしたの?」

やっと、彼が自分の方を向いてくれた。一週間学校に来ず、来たと思ったら話もできず、僕はどうやら少し寂しかったらしい。

「ずっと話したかったのに……」

と口にすると、押さえていた気持ちが溢れて……いつの間にか目が湿り気を帯びてきて泣き出してしまう。それを見たメガネはポケットの中から淡い水色のハンカチを取り出し、僕に差し出した。(自分で刺したのか、相変わらず美しい花の刺繍が縫い付けてある。)

「ほんとにごめん。今日は寝不足気味でぼぅっとしてたから気づかなくて」
「ぼうっとしてる場合じゃないんだよ!!」

僕の悪い癖だ。焦りのあまり優しく忠告しにきたはずが、怒ったみたいな口調になってしまった。でも彼はそんな僕のこともよく理解してくれている。

「ゆっくり話せるところにいこ!」

天使のように微笑みながらそう言ってくれた。僕はこの近くによく行くカフェがあるから、そこに行こうと提案した。


“雨の日の椅子”

このカフェでいつも頼む『今日の飲みもの』は何が出るかは出てくるまでのお楽しみ。たまにハズレの日があるものの、それ以外の日は抜群に美味しい(しかも安い)から、今日もそれを注文した。

メガネは初めて来たらしい。くるくると視線を移しては「ふわぁ、キレイ、素敵なところっ!!」と感動している。
出てきたドリンクは甘酸っぱい香りで見た目も華やかな、フルーツアイスティーだった。

「あんなに安いのにこんなに山盛りのフルーツが味わえるなんて!」と言いながら、メガネが美味しそうに果物を頬張るのを見て、僕は幸せな気持ちになる。やばい、すごく楽しい……。


でも僕は飲み物のためにここにきた訳じゃない。大切なことを伝えなければ!!


「メガネはね、狙われてるんだよ!」
「狙われてる?」
「そう」

僕は声をひそめて、でも、はっきりと伝わるようゆっくりと言葉を紡いだ。


「メガネの、が狙われてるんだよ」


「ふぇ? めがね……ってこの黒縁眼鏡? え、それってどういうこと!?」

落ち着きなくアイスティーをかき混ぜ、彼はその重そうな眼鏡をクイッと上げた。
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