上 下
113 / 286
第5章

第249話 雨の日の椅子

しおりを挟む
「リリー、どうしたの?」

理事長室に何か用事があるのだろうか。

「メガネが来るのを待ってたんだよ。今日何回も話しかけたけどずっとぼんやりして僕のことなんて全然目に入ってなかったでしょ」
「え? 話しかけてくれてたなんて全然気づかなかった。ご、ごめん」
「あんまりしつこく話しかける訳にもいかないし…課題が終わってるのに練習場に押しかけるのもどうかと思って、ここで待ってたんだ」

ずっと話したかったのに……と潤んだ目でじと~っと見られ、僕はオロオロとハンカチを探す。

「ほんとにごめん。今日は寝不足気味でぼぅっとしてたから気づかなくて」
「ぼ~っとしてる場合じゃないんだよメガネ!!」

なぜか鬼気迫る様子のリリーに僕はごくりと唾を飲み込む。


話をするため、僕たちは理事長室ここから一番近いカフェ『雨の日の椅子』に行くことにした。

「ふわぁ、なんかキレイなとこ」

美しい木々に囲まれた小さなカフェ、まるで森の中にいるような気分にさせられる。

ここ、実は良心的な値段設定な上、ゆっくり落ち着ける穴場スポットとしてコアなファンが多いらしい。小鳥がさえずり木漏れ日の中キラキラと妖精たちが舞う姿を見ると、まだ何も飲み食いしていないのにもう僕もファンになりそうだ。
ドアを開けるとすぐカウンターがあった。

初めて入ったお店での注文は緊張する。前世ではこういうおしゃれなカフェには数回しか行ったことがなくて、注文の仕方がわからずまごついて、店員さんにクスッと笑われた経験があり、僕はリリーに予め流れを教えてもらうことにした。

師匠によると、カウンターで先に注文してお会計し、座って待っていると、店員さんが持ってきてくれる仕組みらしい。リリーは『今日の飲みもの』というのを頼んだから、僕も間違えないように同じものにした。

だけど、わからない。前世で『今日のコーヒー』は見たことあるけど、『今日の飲みもの』ってなんだろう。

コーヒーなのか紅茶なのかジュースなのか……不確定要素が多すぎて少し心配だ。どこかに説明が書いてあるのかと思って見回してみたけど何もない。リリーに聞いてみると、出てくるまで全く何かわからないという。広いテラス席が空いていたのでそこに二人で座ることにした。

「ちょっと待って、座る前に」
「んぇ!?」

よく見ると椅子がびしょ濡れだ。なんで? 考える間も無くリリーが火魔法でカラリと乾かしてくれた。


(とにかく飲めるものが出てきますように!)

出てきたのは大きなグラス一杯に丸くくりぬかれたカラフルな果物がたくさん入っている、フルーツアイスティーだった。

「え? すごい豪華! おいしそう」
「今日は当たりだね。前来たときはガラッシーオレだった。ベルトは結構イケるって飲んでたけどさすがに美味しくなかったよ」

ガラッシーは唐辛子みたいな味の果物だ。ガラッシーオレはそれにカフェオレを合わせた飲みもの。(それは飲めない……危なかった。)
黄緑色の実をスプーンで掬う。キウイみたいな見た目だ。おそるおそるかじってみると…死ぬほど酸っぱくて飛び上がりそうになった。その横の赤い実を食べると、おお、これはスイカ! おいしっ!

「リリーはいつも“今日の飲みもの”を頼むの?」

と聞くと彼は頷き、これが一番安いからね、と答えた。

「一週間も学校に来なかったからどうしたのかと思って心配してたんだよ。寮の部屋に行っても誰もいないし。ライン先生に聞いても話してくれないし」

僕はテアの看病のため騎士団本部に行っていたし、クライスは王宮で仕事をしていたから放課後部屋には誰もいなかった。その間にリリーは訪ねてきてくれたらしい。

「そうだったんだ。今日もせっかく話しかけてくれたのにぼんやりしてて…ごめんね」

リリーはもぐもぐとフルーツを噛み、スプーンでグルグルとアイスティーをかき混ぜ僕の方を向いた。

「まったくそんな調子じゃ本当に危ないよ! 今日も危ない場面いっぱいあったでしょ」
「え?」

危ない場面ってなんのことだろう。授業中に白目になったこと? それとも鈍臭くて木剣を何度も落としたこと?

「その様子じゃ全然気づいてないんだね。まあ王子が未然に防いだからなんだろうけど、これからも狙われるだろうから自分でも警戒しないと」
「僕…何かに狙われてるの?」

青フードを被ったやつらが僕を狙ってるから気をつけるように、とクライスに何度も念を押されている。でもそいつらが今日攻撃してきてたのだとしたら、すごく危険だし、すぐにクライスが教えてくれるような。

(でも特に何も言ってなかったよね?)

「僕はそれ関連でメガネが休んでるのかと思ってたんだけど、どうやら違うみたいだね。ほら早く飲まないと氷が溶けて美味しくなくなるよ」
「あ、うん。ごくごくごく」

話に夢中で飲むのを忘れてた。
飲んでみると、すっきり爽やで優しい甘さ、これはいいお味だ! 
このカフェにはまた来たいなと思う。
周りの椅子がなぜかどれも濡れているのは気になるとこだけど……。
しおりを挟む
感想 684

あなたにおすすめの小説

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。