いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

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第5章

第236話 テアの過去③※

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※かなり痛い描写が含まれていますので、苦手な方はご注意ください。


数年前から領内の鉱石は掘り尽くされ、採掘量が減り、リメット家の経済は思わしくなかった。
そんなある日のこと。

友人の勧めに従って投資をしたら大当たりしたとかで、お父様の機嫌がいい。テアにも気前良くたくさん宝石や服を買ってくれた。

でも、しばらくしたら今度は「無駄金をぎ込んだ、大枚たいまいはたいたのにドラゴンが住み着いているなんて聞いてない。大損だ」とわめいていた。どうやら投資で儲けたお金で鉱山を一つ購入して、失敗したらしい。

『大赤字だ。一体この損失をどうすれば……』

途方にくれるお父様のもとに、青いフードを被った男がやってきてこう言った。

「お困りなんですか? ほぉ、悪徳商人に騙されてドラゴン付きの鉱山を買ってしまった、と。ドラゴンがいるせいで鉱石を採掘することができず、借金だけが膨れ上がってしまった、ということですか。う~ん、しかも奥様に内緒で取引をしてしまったもんだから、バレる前になんとかしたい、と?」

それは大変だ、あなたは被害者だ。なんとか協力してあげたい、と青フードの男はお父様の手を取った。

「私どもに良い考えがございます。ドラゴンを暴れないようになんとかできるものを手配しましょう。そのかわりに、あなた方にもわれわれの仕事を手伝っていただきたいのです。いえいえ、そう難しいものではございません。そちらの魔法の才能溢れるご子息に少しばかり手伝ってもらうだけで結構です。はい、危険は全くございません。はいはい、それでもうあの山に眠る宝石、上質なブルーサファイアはあなたのものです」

大人二人が話し合いを続けるのを、宝石の選別作業をしながらぼんやりと聞いていた。

後日、テアには青フードを被って第一王子の婚約者、キルナ=フェルライトと共に転移する仕事が割り当てられたと伝えられた。

『これで王子さまとダンスが踊れるんだよねぇ?』

興味はそこだけで、他のことはあまり考えなかった。もう、何もかも深く考えないようにしていたから、いいよぉと適当に返事をして、嫌いな人間を閉じ込める手伝いを引き受けた。


そこで一旦話を止め、一息ついた後、テアは僕に向かって言った。

「ってことで~のはテアなのぉ。だから怒っていいよ~。殴っても刺しても、なんなら、殺したっていい」
「……」
「ゴメンねぇ、びっくりしたぁ?」

おちゃらけながらそう尋ねる彼の手は細かく震えている。明るい表情の中に潜む暗い影に、僕がどんな反応をするのかとビクつく彼の心のうちが透けて見えた。



「知ってたよ」

できるだけ穏やかな声でそう言うと、彼は驚愕の表情で僕を見上げた。

「実はあの時ジュエリーショップにいたのがテアだって、看病している間に気付いてた。転移する時にそのブレスレットが見えたから」

あの時にちらっと見えた青い光と彼の手首に青く光るブレスレットが同じものだとわかり、僕を連れ去った犯人がテアなのだと確信した。でもどうしても怒る気にはなれない。彼の心をむしばむ闇の深さを前にすると、これ以上彼に責任を問う気にはならなかった。

「もうあんなことをしないと約束してくれるなら許すよ。それより僕は、テアを苦しめた大人たちを許せない」

身勝手な大人たちのことを考えると、お腹の中がぐつぐつと煮えるように腹が立った。

(もう二度とそんなことがないように、この子を守らなきゃ。)

僕は彼の傷ついた手首を手繰り寄せ、痛みの印をじっと観察した。血管の上を何本も横切る線。彼の危うい命がまだ繋がっているうちになんとか彼の安全な場所を作らないと。

今リメット侯爵家はどうなっているのかしら。こうして騎士団がテアを保護してるってことは、彼に仕事をさせてきた父親のことも彼の体を金で買った商人のことも、もう調査されているのだろうか。あとでそれはクライスに聞こう。言えないというかもしれないけどなんとか頼み込んで……。

考えにふけっていると、小さな声が聞こえた。


ーーごめん…なさい

さっきまでの偽物の笑みは消え、彼の青い目には涙があふれている。

「テアは……悪い子だから、妖精も…もう…視えなくなった。お姫様にも…酷いことをした。生きてても…どんどん…ダメになっていくばっかり。もう何しても無駄なんだって…本当は…わかってたんだぁ。でも…もう一度だけ……どうしても…もう一度妖精に会いたく…て。だから死ねなかったけど」


あなたに会えたから、これでやっとーー


彼は手の平に魔力の水を集める。それはみるみるうちに短剣へと姿を変え、次の瞬間にはテアの手首に向けて振り下ろされていた。



彼の意図に気付き咄嗟に伸ばした僕の右手がなんとかテアの細い手首に届いた。刃はそのまま彼の手首を掴む僕の手の甲に突き立った。

「ど…してぇ? あ、あああっああぁああ!!!」

ドクドクと流れる血を見てテアが取り乱している。

「ごめ…ん。僕にはテアを止める権利なんて…ないけど。だけど」

死んでほしくなくて……。

手が熱い。水の短剣は鋭く、思った以上に手の甲を深く傷つけている。だけど彼の心はもっと傷ついている。僕は力を振り絞って笑顔を作り、全然痛くないよという顔をした。

「これ以上テアの体に傷が増えるのは嫌だった…の。泣かないで…勝手な真似してごめ…ん」

血の匂い、色、痛み、全ての感覚が頭の中を赤く浸食しようと迫ってくる。でも今意識を失う訳にはいかなかった。不安定な彼を残しては。

「ス、スグお医者様を……」

テアがベッド脇の白い石を握りしめると、ドタドタと複数の足音が聞こえ白衣を着た医者たちがドアを開けて入ってきた。大人数が押し寄せたことで緊張に震えながらも、テアは彼らに一生懸命何が起きたかを説明している。そして「助けて、お姫様を助けて!」と何度もお願いしていた。

ナディルさんが僕の手を調べ、すぐさま清潔な布で傷口を圧迫しながら微笑む。

「なるほど、状況はわかりました。傷はすぐ処置致しますので大丈夫ですよ。幸いここは騎士団の病室ですから、医療器具も揃っております。優秀な医師もいます。絶対治りますよ」

お医者様にそう断言されたことで、もう怖さを感じなくなった。すぐ隣で、苦しそうな顔をしながら僕の手の甲を見つめ続ける彼の頭を、ぽむぽむと撫でる。青色の長い髪は少しももつれることなくサラサラで、とても触り心地が良い。

「平気だから泣かないで」
「ごめん…なさ…。ごめんなさい…テアのせいで……」
「謝らなくていいから」

(あっ! これって……。)

ふいに口を突いて出た言葉に自分で笑ってしまう。ふふっ、そうだ。『謝らなくていい、泣かなくていい。ただ、笑ってほしいんだ』これはいつもクライスに言われている言葉。今僕はそれと同じことを目の前で震える彼に言いたい気持ちになっていた。今すぐは無理かもしれないけれど、いつか……。

ーーテアが心の底から笑える日が来ますように。

願いを込めて彼の傷だらけの手首に、そっとキスをした。
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