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第5章
第226話 クライスSIDE キルナからのプレゼント※
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※汚い表現がありますので、お食事中の方はご注意ください。
一面に広がるジーンの花を見て、失敗したと思った。
「他の子と踊ってきて」
俺をどこかの誰かとダンスさせようとするキルナの気分を変えさせるためバルコニーに出たのだが、この景色は良くなかった。
以前キルナはこの庭園でモースに殺されかけたことがある。その記憶は毎晩のように悪夢を見せ、大好きなはずのジーンの花の香りで過呼吸を起こさせるほど彼を苦しめている。
別の場所に移動しようと考えていると、もう平気、と言って彼は微笑んだ。キルナの“平気”や"大丈夫”という言葉は当てにならないが、ジーンの花を眺めながら、ここ好きだよ、という彼の言葉に嘘はなさそうだったため、留まることにした。
ダンスは苦手らしく緊張もしていたが、動きは悪くなかった。俺はキルナとダンスができる、ただそれだけで幸せで出来なんて正直どうでもよかったが、ミスすると彼が気にするだろうと思い、いつも以上に気合を入れて臨んだ。
キルナのステップはところどころ怪しいところはあったものの、大きなミスはなく、全部うまくフォローすることができた。「気持ちよかった、楽しかった」という言葉にホッとする。
けれど、その言葉とは反対に、頬には涙が伝っている。
なぜ泣いているのかと尋ねてみたが、「泣いてないよ」と否定された。よく泣くくせにそれを認めようとしないのは相変わらずで、俺はそれ以上は追求せずにおいしそうな涙を舐めとった。甘い……。
涙の理由は、想像できる。大方周囲の反応に影響されたのだろう。公の場に不慣れで、優しすぎるキルナは、王族である俺とダンスがしたいと望むものたちの気持ちを無視できないのだ。
(お前が傷つく必要なんてないのに。)
そう思って「もっと非情になれ、気にしすぎるな」とアドバイスしたが、彼の表情は曇ったまま。何か思い詰めたように大広間に続く窓を見ている。
そしてしばらくすると、何かを決意したような強い眼差しで、らしくないことを言い始めた。
「僕はクライスの婚約者だからクライスは僕のもの。僕だけのもの。そうだよね?」
「……ああ。どうした急に?」
「もちろん俺はお前だけのものだ。ようやく分かったのか」と言いたいところだが、浮かない顔をしている彼が本気でそう思っているようには見えない。
(何を考えているんだ?)
確認しようと思ったが、思考が停止した。
俺の首に手を回し、上目遣い…猫撫で声で密着してくるキルナ……。しかもなんだか色っぽいような……。
(なんだ? なんのご褒美だ?)
「あのさ。こっちを向いて目を瞑って。誕生日プレゼントをあげるから……」
言われた通り目を瞑る。
「お誕生日おめでと。クライス」
ああ、一番聞きたかった言葉だ、最高のプレゼントだ。
でも、最後に小さな声で「ごめんね」という言葉が付け加わったのを、俺は聞き漏らさなかった。苦しい彼の本音が、聞こえた気がした。
唇に柔らかい感触。と、頬に触れる冷たい涙。
「プレゼントは嬉しいが、お前…なんで……」
泣いている?
問おうとした時、異変に気づいた。
「……う、うぇ……ゴホッ」
「キルナ!?」
嘔吐した彼の姿が見えないように素早く上着で隠しクリーンの呪文を唱える。体調が悪いのか。早く侍医に診せなければ、と彼を横抱きにした。
「ご…めん…なさ…」
「掴まれ。侍医のところに行くぞ」
「ごめん…なさい、ごめんな…さ、ごほっ」
こんな時に何を謝っているんだ? お前は何をそんなに苦しんでいるんだ?
「ごめ「謝るな!」」
痛々しい彼を見ていられなくて、思わず強く言ってしまった。びくりと怯えるように彼の肩が揺れる。怒られた、と思ったのか、彼は俺の腕の中で悲しそうに俯いた。
(ああ、そうじゃないんだ。怒っている訳じゃない。俺はただ、お前に笑っていてほしいだけなんだ。)
俯き続ける彼の様子がおかしい。痛そうに腹を抱え、冷や汗をかいている。
(腹痛?)
服を捲ってみたが外傷はない。これは、魔力による痛みか?
キルナの腹痛については、理事長から聞いたことがある。キルナの腹には妖精と契約を結ぶまで使うことのできない闇の魔力が溜まっている。その魔力は負の感情に左右されやすいという性質を持ち、キルナが辛い時、悲しい時に痛みを引き起こすことがあるらしい。
以前彼の身体から黒い靄が出ていた時、薄く伸ばした光の魔力で闇の魔力を包むことで暴発を防いだことがある。それも契約を結ぶまでの応急処置でしかない、ということだが、今も変わらずキルナの腹の中の魔力をコーティングしているはずだ。
そこに癒しの光を送り込み補強するイメージで彼に魔力を与えた。彼を痛みから守れるようにと、祈りながら唇を合わせる。
「ん…っ…ん…。ふぁ……んぅ……」
甘い甘いキス……。
ーークライスは僕だけのもの。そうだよね?
そうだ。
七色に光る噴水の中、初めて会ったあの日から、俺はお前のものだ。
俺はお前のことをずっとずっと……
「キルナ、愛してる」
「あ…い…?」
愛しているんだ。
一面に広がるジーンの花を見て、失敗したと思った。
「他の子と踊ってきて」
俺をどこかの誰かとダンスさせようとするキルナの気分を変えさせるためバルコニーに出たのだが、この景色は良くなかった。
以前キルナはこの庭園でモースに殺されかけたことがある。その記憶は毎晩のように悪夢を見せ、大好きなはずのジーンの花の香りで過呼吸を起こさせるほど彼を苦しめている。
別の場所に移動しようと考えていると、もう平気、と言って彼は微笑んだ。キルナの“平気”や"大丈夫”という言葉は当てにならないが、ジーンの花を眺めながら、ここ好きだよ、という彼の言葉に嘘はなさそうだったため、留まることにした。
ダンスは苦手らしく緊張もしていたが、動きは悪くなかった。俺はキルナとダンスができる、ただそれだけで幸せで出来なんて正直どうでもよかったが、ミスすると彼が気にするだろうと思い、いつも以上に気合を入れて臨んだ。
キルナのステップはところどころ怪しいところはあったものの、大きなミスはなく、全部うまくフォローすることができた。「気持ちよかった、楽しかった」という言葉にホッとする。
けれど、その言葉とは反対に、頬には涙が伝っている。
なぜ泣いているのかと尋ねてみたが、「泣いてないよ」と否定された。よく泣くくせにそれを認めようとしないのは相変わらずで、俺はそれ以上は追求せずにおいしそうな涙を舐めとった。甘い……。
涙の理由は、想像できる。大方周囲の反応に影響されたのだろう。公の場に不慣れで、優しすぎるキルナは、王族である俺とダンスがしたいと望むものたちの気持ちを無視できないのだ。
(お前が傷つく必要なんてないのに。)
そう思って「もっと非情になれ、気にしすぎるな」とアドバイスしたが、彼の表情は曇ったまま。何か思い詰めたように大広間に続く窓を見ている。
そしてしばらくすると、何かを決意したような強い眼差しで、らしくないことを言い始めた。
「僕はクライスの婚約者だからクライスは僕のもの。僕だけのもの。そうだよね?」
「……ああ。どうした急に?」
「もちろん俺はお前だけのものだ。ようやく分かったのか」と言いたいところだが、浮かない顔をしている彼が本気でそう思っているようには見えない。
(何を考えているんだ?)
確認しようと思ったが、思考が停止した。
俺の首に手を回し、上目遣い…猫撫で声で密着してくるキルナ……。しかもなんだか色っぽいような……。
(なんだ? なんのご褒美だ?)
「あのさ。こっちを向いて目を瞑って。誕生日プレゼントをあげるから……」
言われた通り目を瞑る。
「お誕生日おめでと。クライス」
ああ、一番聞きたかった言葉だ、最高のプレゼントだ。
でも、最後に小さな声で「ごめんね」という言葉が付け加わったのを、俺は聞き漏らさなかった。苦しい彼の本音が、聞こえた気がした。
唇に柔らかい感触。と、頬に触れる冷たい涙。
「プレゼントは嬉しいが、お前…なんで……」
泣いている?
問おうとした時、異変に気づいた。
「……う、うぇ……ゴホッ」
「キルナ!?」
嘔吐した彼の姿が見えないように素早く上着で隠しクリーンの呪文を唱える。体調が悪いのか。早く侍医に診せなければ、と彼を横抱きにした。
「ご…めん…なさ…」
「掴まれ。侍医のところに行くぞ」
「ごめん…なさい、ごめんな…さ、ごほっ」
こんな時に何を謝っているんだ? お前は何をそんなに苦しんでいるんだ?
「ごめ「謝るな!」」
痛々しい彼を見ていられなくて、思わず強く言ってしまった。びくりと怯えるように彼の肩が揺れる。怒られた、と思ったのか、彼は俺の腕の中で悲しそうに俯いた。
(ああ、そうじゃないんだ。怒っている訳じゃない。俺はただ、お前に笑っていてほしいだけなんだ。)
俯き続ける彼の様子がおかしい。痛そうに腹を抱え、冷や汗をかいている。
(腹痛?)
服を捲ってみたが外傷はない。これは、魔力による痛みか?
キルナの腹痛については、理事長から聞いたことがある。キルナの腹には妖精と契約を結ぶまで使うことのできない闇の魔力が溜まっている。その魔力は負の感情に左右されやすいという性質を持ち、キルナが辛い時、悲しい時に痛みを引き起こすことがあるらしい。
以前彼の身体から黒い靄が出ていた時、薄く伸ばした光の魔力で闇の魔力を包むことで暴発を防いだことがある。それも契約を結ぶまでの応急処置でしかない、ということだが、今も変わらずキルナの腹の中の魔力をコーティングしているはずだ。
そこに癒しの光を送り込み補強するイメージで彼に魔力を与えた。彼を痛みから守れるようにと、祈りながら唇を合わせる。
「ん…っ…ん…。ふぁ……んぅ……」
甘い甘いキス……。
ーークライスは僕だけのもの。そうだよね?
そうだ。
七色に光る噴水の中、初めて会ったあの日から、俺はお前のものだ。
俺はお前のことをずっとずっと……
「キルナ、愛してる」
「あ…い…?」
愛しているんだ。
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