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第5章
第224話 王子様と悪役令息のダンス
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どっくん どっくん
次はいよいよダンス。うぅ、緊張する。行きたくなかったけど、やっぱり行っておこぅ。
「は、はじまる前にトイレ行っとくね」
「あぁ」
便座に座れば普通は心休まるものだと思うのだけど、違った。このトイレの個室、なんと七海の部屋と同じくらいのサイズ(6畳くらい)だ。広い上に所々が金とか知らない宝石でできている。落ち着かないよぉ…。便座に座りながらソワソワしてしまう。
「王宮のトイレとはいえ、さすがに広過ぎだよね……」
「そうか?」
「これの6分の1で十分なのに……って、クライス!? なんで一緒に入ってきてるの?」
駄目だ僕。クライスが一緒に入ってくることに違和感を感じなくなってる。この一週間で変なことに慣れちゃって……。
「こんなんじゃ、お嫁に行けない!」
「お前は俺のところに嫁ぐと決まっている。心配無い」
僕の叫びに、冷静な彼の返事が返ってくる。このやりとり、昔したことがあるような……。
いやいや落ち着こう。クライスがトイレの中にいようがいまいが今はどっちでもいい。それよりダンスだ。
個室から出て手を洗い。正面の鏡で髪を整えた。ああ、ひどい顔色をしている。
パクッ。
手のひらに『人』の字を書いてもぐもぐと食べていると
「何をしてるんだ?」
彼が不思議そうに僕の手を覗き込んできた。何か食べ物を持っていると思ったみたい。
「んと、緊張しないように、おまじないしてるの」
「ふーん、おまじないか。いいな、それ。俺もやりたい。どうやってやるんだ?」
「えっとね、手の平に人って書いて食べるんだよ」
僕はクライスの手のひらに指で『人』と書いてあげた。漢字を知らない彼はこれがヒト?と首を捻っている。
「はい、これ食べて」
おそるおそるそれをぱくっと食べるクライスはなんだか可愛い。そしてゴクンと飲み込む仕草はやけにセクシーだった。
トイレから出て広間に戻ると音楽を奏でる人たちが楽器の準備をしていて、はじまるぞ、という張り詰めた空気がこちらにも伝わってくる。握ってくれる彼の手を頼りに広間の中央までいき、そこで手に力を入れ過ぎてしまっていたことに気づいてとっさに離した。
「ごめん。爪の跡ついちゃった……」
痛かったよね。ごめんごめんと手を摩ると彼はフッと笑う。全然痛くないから、と手を繋ぎ直してくれた。
「大丈夫だ。ルゥやセントラと練習したんだろ? それに、相手は俺だ。ダンスは得意なんだ。どんなことがあってもフォローするから。とにかく楽しめ」
「ん、ありがと。あのさ、いつものおまじない…してほしい」
「あぁ」
ちゅっ
おでこにキスしてもらうと、それが合図のように曲が始まった。
おまじないの効果かクライスの天才的なリードのおかげか、嘘みたいにうまく踊れた。一曲終わり、もう一曲もう一曲と続けて踊って、足はくたくた、体力的にはもう限界だ。
(でもすごく楽しい! なんて素敵な時間なんだろ。この時間が永遠に続けばいいのに。)
こんなに踊ったのに汗一つかいていないハイパーイケメンを見上げながら、そんな風に思った。
だけど
三曲目が終わり、そろそろ休もうかとなった時、僕は見てしまった。
ーーテアが泣いてる。
こちらを見ながら静かに涙を流す彼の姿に気付き、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
(そうか、クライスと踊りたいのは僕だけじゃないんだ。)
挨拶中も彼のことをキラキラした目で見つめていた子はいっぱいいた。みんな今日のダンスを楽しみにしていたに違いない。それなのに僕ったら、調子に乗って三曲も……。
(危なかった。また同じ失敗をするところだった。)
クライスをキルナのところに縛り付けてはいけない。
ーーお父さんとお母さんを七海のところに縛り付けてはいけなかったように。
「あのさ、クライス。まだまだ元気なら」
「もっと踊るか? だがもう息が弾んでいるぞ。大丈夫なのか?」
「違うの。僕はもういいから他の子とも踊ってきて」
「他の子? キルナ、今日はお前以外とは踊らないと予め伝えてある」
「そう…なの? でも……」
彼はまだごちゃごちゃ考えている僕をさっさと引っ張っていき、バルコニーへと連れ出した。
次はいよいよダンス。うぅ、緊張する。行きたくなかったけど、やっぱり行っておこぅ。
「は、はじまる前にトイレ行っとくね」
「あぁ」
便座に座れば普通は心休まるものだと思うのだけど、違った。このトイレの個室、なんと七海の部屋と同じくらいのサイズ(6畳くらい)だ。広い上に所々が金とか知らない宝石でできている。落ち着かないよぉ…。便座に座りながらソワソワしてしまう。
「王宮のトイレとはいえ、さすがに広過ぎだよね……」
「そうか?」
「これの6分の1で十分なのに……って、クライス!? なんで一緒に入ってきてるの?」
駄目だ僕。クライスが一緒に入ってくることに違和感を感じなくなってる。この一週間で変なことに慣れちゃって……。
「こんなんじゃ、お嫁に行けない!」
「お前は俺のところに嫁ぐと決まっている。心配無い」
僕の叫びに、冷静な彼の返事が返ってくる。このやりとり、昔したことがあるような……。
いやいや落ち着こう。クライスがトイレの中にいようがいまいが今はどっちでもいい。それよりダンスだ。
個室から出て手を洗い。正面の鏡で髪を整えた。ああ、ひどい顔色をしている。
パクッ。
手のひらに『人』の字を書いてもぐもぐと食べていると
「何をしてるんだ?」
彼が不思議そうに僕の手を覗き込んできた。何か食べ物を持っていると思ったみたい。
「んと、緊張しないように、おまじないしてるの」
「ふーん、おまじないか。いいな、それ。俺もやりたい。どうやってやるんだ?」
「えっとね、手の平に人って書いて食べるんだよ」
僕はクライスの手のひらに指で『人』と書いてあげた。漢字を知らない彼はこれがヒト?と首を捻っている。
「はい、これ食べて」
おそるおそるそれをぱくっと食べるクライスはなんだか可愛い。そしてゴクンと飲み込む仕草はやけにセクシーだった。
トイレから出て広間に戻ると音楽を奏でる人たちが楽器の準備をしていて、はじまるぞ、という張り詰めた空気がこちらにも伝わってくる。握ってくれる彼の手を頼りに広間の中央までいき、そこで手に力を入れ過ぎてしまっていたことに気づいてとっさに離した。
「ごめん。爪の跡ついちゃった……」
痛かったよね。ごめんごめんと手を摩ると彼はフッと笑う。全然痛くないから、と手を繋ぎ直してくれた。
「大丈夫だ。ルゥやセントラと練習したんだろ? それに、相手は俺だ。ダンスは得意なんだ。どんなことがあってもフォローするから。とにかく楽しめ」
「ん、ありがと。あのさ、いつものおまじない…してほしい」
「あぁ」
ちゅっ
おでこにキスしてもらうと、それが合図のように曲が始まった。
おまじないの効果かクライスの天才的なリードのおかげか、嘘みたいにうまく踊れた。一曲終わり、もう一曲もう一曲と続けて踊って、足はくたくた、体力的にはもう限界だ。
(でもすごく楽しい! なんて素敵な時間なんだろ。この時間が永遠に続けばいいのに。)
こんなに踊ったのに汗一つかいていないハイパーイケメンを見上げながら、そんな風に思った。
だけど
三曲目が終わり、そろそろ休もうかとなった時、僕は見てしまった。
ーーテアが泣いてる。
こちらを見ながら静かに涙を流す彼の姿に気付き、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
(そうか、クライスと踊りたいのは僕だけじゃないんだ。)
挨拶中も彼のことをキラキラした目で見つめていた子はいっぱいいた。みんな今日のダンスを楽しみにしていたに違いない。それなのに僕ったら、調子に乗って三曲も……。
(危なかった。また同じ失敗をするところだった。)
クライスをキルナのところに縛り付けてはいけない。
ーーお父さんとお母さんを七海のところに縛り付けてはいけなかったように。
「あのさ、クライス。まだまだ元気なら」
「もっと踊るか? だがもう息が弾んでいるぞ。大丈夫なのか?」
「違うの。僕はもういいから他の子とも踊ってきて」
「他の子? キルナ、今日はお前以外とは踊らないと予め伝えてある」
「そう…なの? でも……」
彼はまだごちゃごちゃ考えている僕をさっさと引っ張っていき、バルコニーへと連れ出した。
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