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第5章

第195話 悪役令息の脱獄※

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暗闇での作業を長く続けていると、ずっと無理な姿勢で動かしている手が疲れ、腕はしびれてきた。手首の痛みはどんどん酷くなってきているけど、僕は気にせず刃を動かし続ける。

(敵が来る前に逃げなきゃ。縄は徐々に切れて細くなってきている。後もう少し……。)

「あ、切れた……」

ブツンと最後の部分が切れ、縄が解けようやく手首が自由になった。

はぁ、はぁ、と息が切れ体から汗が噴き出ている。手首の縄を全て取り除くと赤紫の縄の痕が残り、その周りには思った以上に傷がたくさんついていた。鉄の匂いと痛みからその傷の深さを想像しそうになるけれど、ハンカチで血をささっと拭き取ると、もう見ないことに決める。どうせ死ぬほどの怪我じゃない。大丈夫。刃で足の縄も切ると久々に自由になった体に少しほっとした。

軽く体をほぐした後、牢屋の扉を押したり引いたりして開けようと試みたけれど、ガチャガチャと軋む音が鳴り響くだけで動く気配はない。

(やっぱり鍵がかかってる……。まぁそうだよね。鍵の開いてる牢屋なんて意味ないもんね)

でも見張りはいないみたいだ。それだけはありがたい。一本一本鉄格子を全部揺らしてみたけれど、どれも頑丈で僕を逃してくれそうになかった。

困ったな。どうやって出よう。いつかテレビで見た脱獄犯の手法を思い出そうと頭を働かせ、名案を思い付いた。

「よし。穴を掘ろう……」

それしかない。ただ、20の魔力は使い切ってしまったからもう魔法は使えない。吐き気もするし寒気もする。魔力枯渇かもしれないなと考え、今朝のを思い出した。

『キルナ、もし万が一魔力が枯渇したときに俺が近くにいなかったら、宝石に触れて20数えろ』

そうだ。魔力がなくなったら、この指輪のついた左手でチョーカーの宝石に触れろと言っていた。そんなことをしてどうなるのかわからないけれど、寒くて苦しいことに耐えきれず、すぐさま喉元の宝石に手を当てた。すると、慣れ親しんだ温かい光の魔力がとろとろと流れ込んできて……。

「何これ……。クライスの魔力?」

冷えた体がぽかぽかと温まる。力がみなぎってきてもっと頑張れそうな気がした。


「うう、駄目だ。硬すぎる…」

魔力の水を硬くしたスプーンサイズの小さなスコップを作り、地面を掘っていこうとし、すぐにその硬さに絶望した。地面…というか岩は硬過ぎてスコップはカツンカツンと弾かれ全然掘れない。

そういえばテレビで見た脱獄犯はスプーンを使って何年もかけて穴を掘り進めたのだった。牢の外に穴を繋げるまでどれくらい時間がかかるんだろう。僕の寿命はあと6年。何年もここで穴を掘る時間なんてないのに……。

獄中で死を遂げる悪役令息じぶんの姿を想像し、ぶるっと体が震えたその時。

「ん? 起きてんのか?」

暗い暗い闇の向こうから若い男の声がした。僕はスコップを背中に隠し、こっそりと呪文を呟いて後ろに隠したスコップの形をナイフの刃に変えて身構える。

「なんだ、自分で拘束を解いたのか? 逃げようなんて、意外とじゃじゃ馬じゃねえか」

青いフードを深く被った、がたいの良い見知らぬ男性が現れた。こいつ、僕をさらったやつ? 相変わらず口元しか見えないからよくわからない。でも手首には何も付いていないし背丈せたけも違うような……。(転移の時に相手の手首がブルーに光って見えたのは気のせいだった?) 

「僕をこんなところに閉じ込めて、どうするつもり!? 早くここから出してよ!」

できるだけ悪役らしい怖い顔でにらみながら言った。相手はひるむどころか笑みを深くしながら牢に向かってコツコツと歩いてくる。

「へぇ、もっと地味でおとなしいやつだと聞いていたんだが、まあこっちのほうが俺は好みだからいいな。ちょっと強気な奴の方が、いじめ甲斐があって好きだぜ」

やばい、人を虐めるのが好きな変なやつが、ポケットから鍵を取り出して扉を開け始めた。入ってくる……。どうしよぅ……。こんなに狭い牢屋じゃ逃げられない。

「僕はあなたのことなんて嫌い! 近寄らない…で……」

威圧感を出したつもりが最後の方は震えてしまってうまく声が出なかった。こいつは僕をどうする気なのだろう。わざわざココットタウンから連れてきてこんなところに閉じ込めているくらいだから、そのまま帰してくれるはずがない……。後ずさるけどもうそこは岩の壁で後ろにいくところがない。

「へへへ、怯えてる姿も可愛いな。薄暗くてよく見えなかったけど、すごい美人じゃないか。ははっ、ツイてるぜ。最近ちょっと忙しくて溜まっててよ。しようぜ。時間はいっぱいあるんだ。少なくともはここでお前を飼うことになっている。この俺が世話係兼監視役だからな。一緒に楽しもうぜ」

「気持ち…いい…こと?(それってもしかして性行為のこと?)い、いや…だ…」

声が震える。次はどうしたらいいのか考えるけど頭が真っ白になって何も思いつかない。

彼はおもむろにズボンを脱ぎ始めた。ニタニタしながら下着姿で迫ってくる男に恐怖を覚える。クライス以外の誰かと…こんなやつと性的なことをするなんて、絶対嫌だ。だけど逃げ道を失った手首がぐいっと強い力で掴まれ、傷ついて流れた血をべろんと舐められた。熱くてぬめぬめした舌の感触が気持ち悪い。

「美少年の血はうまい…興奮するな。もっと舐めさせろよ」
「ひやぁ、やめて!! 触ら…ないでぇ……」
「いいぜ、もっと泣き叫べ。どうせこんなとこ誰も来ねーからよ」

ベロベロと手首を這い回る舌。

気持ち悪い、気持ち悪い! 嫌だ!!
また顔を近づけてきたのをどうにか避けようと腕をむちゃくちゃに動かすと、持っていたナイフが青いフードの男の顔のどこかを傷つけたらしく、男の動きが止まった。

「ぐあああ…痛えッ何しやがる!!」


今だ。べっとりと男の血がついたナイフを投げ捨て、扉を出て無我夢中で走った。岩だらけの長い長い通路をひたすら走る。分かれ道があれば、とにかく明るい方を目指した。ぜえはぁぜえはぁという呼吸の音とじゃりじゃりという足音だけが聞こえる。あいつが追いかけてきているかもしれない。立ち止まることなく走り続けるしかない。この暗い世界から出なくちゃ。


外へ……。
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