いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

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第5章

第175話 クライスSIDE 魔力制御※

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※少し痛い表現がありますので苦手な方はご注意ください。



早朝ランニングの後、学園に行く支度をしながら、ベッドの上で素っ裸になって着替える婚約者に向かって言った。

「キルナ、俺は今日から放課後、理事長の元に通うから、部屋に戻ったらきちんと鍵を閉めておけ。帰りが遅かったら部屋の風呂に入るんだぞ」

「ん、わかった」


*****

自室のベッドに彼を寝かせ、血と泥とジュースにまみれボロボロになった衣服を丁寧に脱がせていく。

いつも白く艶やかに輝いていた彼の身体は、これ以上ないくらい酷く残虐に痛めつけられていた。青黒い痕が腹を覆い、全身に数えられないくらいの擦り傷があり、腕と頬は深く裂け、肉の色が見えている。

青白い彼の頬に手を伸ばし、その温もりを感じ、たしかにそこにいることを確かめた。頬に添えた自分の手が震えていることに気付く。こんなありさまでは正確な魔法陣が描けない。しっかりしろ、彼は生きている、彼の治療を他の者に任せたくはない。しっかりしなければ。

「うぅ……っ、はぁ、はぁ」

意識はないが相当な痛みを感じているようで、呻き声と荒い呼吸が聞こえてきた。んだ。そう心に定めると、震えは止まり、頭は冷え、視界が開けた。


まずはクリーンの魔法をかけ汚れを取り除いた後、出血を止めるため全身を隈なく調べ、重度の傷から癒していく。
二の腕の裂傷はかなり深い。

「これは……」

頭を鈍器どんきで殴られたような強烈な痛みを感じた。この傷の付き方には覚えがあった。鑑定すると、やはり、思った通りの属性魔法の魔力痕がある。あとで母にも見てもらわなければ……。だが、なぜあいつが……? ぐるぐると心を掻き乱されそうになるが、今はその時ではないと心の隅へと追いやった。

苦しむ彼の傷を治すのが先だ。魔法陣を描きながら、舌に回復魔法を載せて治療していく。

「んぅっ!」

傷に触れると彼の口から呻き声が漏れた。苦痛に眉を寄せる彼が暴れないよう体を押さえる。よほど深い傷だったらしく、鎮痛魔法を使っていても痛みを感じたようだ。二の腕を癒し終え、頬から流れる血を舐めとる。



表面の大きな傷を治し、次は内部の治療だ。彼の体に魔力を注ぎ込む。
彼が痛みを感じないよう注意しながら、きちんと細部まで魔力を行き渡らせる。魔力の移動はキルナを消耗させないよう、ゆっくり、じっくりと時間をかけて行った。今回ばかりは彼が意識を失っていて助かったと思う。いつものように暴れてしまっては傷に響いてしまうから。

(よし。隅々まで行き渡った。)

俺はその魔力の揺らぎを通して彼の体の中を調べる。目に見えるものとは違い、内部の異変を知るのは難しい。集中し、少しの乱れも逃さないようにする。

気になっていた腹はやはり一番ひどく、臓器に傷があるようだ。その部分にまた新たな魔法陣と呪文で回復術をかけていく。内臓の損傷は放っておくと命に関わる。もし、今日中にキルナを発見できなければ……死んでいたかもしれない。

――大切な人を失っていたかもしれない

最悪の未来が口を開けて待ち構えていたことにゾッとした。

いくつもの魔法陣を描いては術を施していく。一つも見落とさないように慎重に、何度も何度も確認しながら癒していく。跡を一つも残さず、今すぐに全部治してしまいたい衝動に駆られるが、彼の体の治癒力、体力のことを考え体を離した。

最後に唇を重ねると口内からじわりと血の味がする。彼の痛みの味……。俺はその味を覚えておこうと舌を動かした。


それから一週間……彼の身体は順調に回復し、無事キルナは目を覚ました。

「どうだ? もう、痛むところはないか?」

と尋ねればあちこち服を捲って確かめ、「ん、全然どこも痛くないよ。だいじょぶ。クライスが治してくれたの?」と聞く。ああ、と頷くと、花のほころぶような笑顔で彼は、こんな俺に、

「ありがと」

と言った。そんな綺麗な笑顔、俺には勿体無い。肝心な時に俺は、間に合わなかったのに!

「すまない、見つけるのが遅くなってしまって。俺にできることなら言え」

キルナがいなくなったことにもっと早く気づいていれば……。最初からずっと一緒にいれば……。離れようなんて考えなければ……。もう、殴ってくれたっていい。なんでもするから!! と彼の答えを待った。

「ふぇ? なんでも?」
「ああ、なんでも」

俺は力強く頷いた。すると彼は、少しだけ悩んだ後、「じゃあ」と口を開いた。でもそのお願いは馬鹿な俺には想像もつかないくらい可愛らしいもので……。


「おまじないをちょうだい」


そう言いながら前髪を上げ、俺におでこを向けてくる天使キルナ

彼の笑顔を守りたい。そう強く思った。




あの事件以来、キルナは毎晩のようにうなされている。悪夢に魘される彼の額にそっとキスをしながら、俺は自分にできることは何かと考え、
必ず犯人を見つけ出し、この手で懲らしめること。
そしてセントラ=バースの元を訪れることを決めた。

魔力制御の第一人者である彼に教えを乞い、キルナを傷つけずにどんな時でも一緒にいられる道を探すことにした。
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