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第3章

第105話 一人でお買いもの

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 今日の補習も全て終わり、僕は一人でパレットタウンに来ていた。

「おじさん、この黒の刺繍糸一束ちょうだい」

 ルーナの花を刺繍するにはやっぱり黒は欠かせないから、金の糸を買ったのと同じ手芸屋さんで黒い糸を買うことにした。

「お、昨日の坊やか。いいね、君は本当にいい糸を選ぶ。黒は特に質の良い悪いで色合いに差が出るからな」
「ふふ、そう? 僕お目が高い?」

 買い物上手だと褒められて悪い気はしない。おじさんすっごく商売上手!

「何を刺繍するんだ?」
「お花! ハンカチに刺繍して、大切な人にあげたいの」
「そうか、じゃあ頑張らないとな」
「ふふっ、うまくできたらいいのだけど」

(今度は渡せるかな?)

 昔渡せずにおわったハンカチには王家の紋章を刺繍したのだった。作っている時ずうっとクライスのことを考えていたのだっけ? 懐かしい。

 15歳になったクライスって何が好きなのかな~、とか背はどれくらいになっているのかなぁとかたくさん想像した。王家の紋章は結構難しくて、いっぱい間違えて何度もやり直しながら少しずつ刺した。でも当時の僕は彼に何かをプレゼントするにはあまりにも彼のことを知らなさすぎて。できたハンカチは勇気が出なくて渡せなかった。

 そう、あのころは手紙の返事すらこなかったから、彼に嫌われているのかと思って余計にダメだった。あとで分かったことだけど、クライスはきちんと返事を出してくれていたみたい。お手紙を何度も書いてくれていたけれど、僕のところには一通も届かなかった。なぜなら

 ―ー手紙はお母様が全て燃やしてしまったから。

 なんで彼女がそんなことをしたのかなんてわからないけれど、僕のことを殺したいほど憎んでいたのだから、それくらいはして当たり前なのかもしれない。お母様が捕まり調べが進むと、別邸への予算も彼女が回さないようにしていたことが分かった。そういえば、なんとなくどんどん質素な生活になっている? と思ったことはあった。うちの使用人たちが少ない予算でもうまいことやりくりしてくれていたからそれほど気にはならなかったけど。

 その話をお父様から聞いた時、そう、僕が公爵家で寝込んでいて、クライスがつきっきりでいてくれたとき、一緒に話を聞いたクライスはものすごく怒っていた。なんて母親なんだって。

 ぼくもそう思う。ひどい母親かもしれない。と。

 でも。彼女にそんなことをさせたのは自分のせいだとも思う。
 彼女にはそうしなければならない理由があったのだ。もっと怒れとクライスは言うけれど、僕はそんな気にならなかった。

 だってお母様はこうはならなかった。そうでしょ?



 ユジンを愛するお母様の姿は本来あるべき姿なのだと思った。僕が普通じゃないから悪い。誰だって自分の子が得体の知れない闇属性の魔力なしの落ちこぼれだったらびっくりしちゃうに違いない。こんな子を愛せるわけないって思ってしまうのも無理はない。


 だから僕にお母様を怒る筋合いはないんじゃないかって、思うの。


 そう言うとクライスはもっともっと怒った。そんなはずない、お前が悪いはずがないと言ってくれた。

 彼は僕の本当の姿、黒い髪に金の瞳なんていう気持ちの悪い姿を見ても、嫌いだと言わない。一緒にいてくれる。



 ―ーとても、大切な人。だから絶対に幸せになってもらいたい。それがたとえ一緒にはいられない未来だとしても……。



 僕は糸を買って、その後絹のハンカチを一枚購入した。どこにでも持っていけるように、色は白にした。刺繍の道具は公爵家で使っていたものがある。あとはルーナの花をこのハンカチに縫い込むだけ。


 よかった、いいものが買えた。僕はルンルン気分で寮へと急いだ。




 寮の門の前でキーカードをかざすと扉のそとから中に転移する。毎回、おお、っと感動するところなのだけど、今回はそれどころじゃなかった。見てはいけないものを見てしまった? 僕はもう一度キーカードをかざして門の中から外に出た。

 どきん、どきんって心臓が跳ねている。

 頭の中を整理しよう。
 門の内側には寮がある。豪華なお城みたいな寮だ。その入り口付近で仲良くお話をしている二人組を見た。いや、違うな。一人は首に手を回しもう一人、背の高い方はその腰を抱いていた。まるで恋人同士みたいな二人はとても近くで見つめあっていた。唇が今にもくっつきそうな、いや、くっついていた? ん~思い出せない。大事なところなのに、夕日が眩しくてよく見えなかった。

 あの二人はキスしていた?


 小さい方はノエル、大きい方はクライスだった。

 どうしたらいいのだろう。僕は……。本当にキスしていたとしたら、どうするのが正しい?

 怒る? 僕の婚約者に何するの?って。

 でもクライスからキスしたのかもしれない。ならばこれはクライスに怒るべき? 僕という婚約者がありながら、って?

 あ、でも。これは、お母様のことと一緒なのかもしれない。
 結局のところ、僕が悪い。
 僕に彼らに何かを言う権利なんてない。
 そもそも彼と僕は結婚しない。本当の意味での婚約者ではないのだから。



(よし、知らないふりをしよ。)
 僕は今後の方針を決めた。決めて深呼吸するとちょっとだけ気が楽になった。

 大丈夫、大丈夫。僕が知っていることは僕しか知らない。誰にもバレてない。

 ―ーだから大丈夫だ。

 それから一時間ほど経ってから僕は部屋に戻った。

「ただいま、クライス」
「ああ、キルナおかえり」

 彼の笑顔はいつも通りなのに、僕はその顔を見るのが辛くてさっさと部屋のお風呂に入って寝ることにした。顔まですっぽりと布団をかぶったし、ポケットにはちゃんと砂時計があるから大丈夫だ。

「キルナ? 夜ご飯はいいのか?」

 僕は返事をしなかった。変な声が出そうだったし、少しだけ目のところが熱くって布団を濡らしてしまっていたから。

 もう寝ている、ってことにしておこう。僕はぎゅっと目をつぶった。明日になったらこんなことは忘れている。なんてことないことだ。ノエルはクライスの婚約者の地位を狙っているとお父様も仰っていた。これからこんなことはいくらでもあるのかもしれない。

 もっと強くなりたい。

 こんなことで泣かなくてもすむように。平気だって笑えるように。
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