34 / 287
第2章
第32話 料理長ベンスSIDE
しおりを挟む
今朝いつものように厨房に向かうとそこに小さな人影があった。泥棒?
公爵家別邸にそんな手癖の悪い使用人がいるとは思えない。外部のものか?
と考えながら近づくと、そこには
「わぁ、ベンス、来ちゃだめ!!!」
フェルライト家の坊ちゃん、キルナ様がいた。
お菓子のつまみ食いでもしにきたのだろうか?
いや違う。
何やら粉やミルクの入った銀のボウルをかき混ぜているようだ。ぐるぐるかき混ぜながら
「ダメ! 出ていって~!!」
と、厨房から追い出されてしまった。
しばらく経ってからもう一度厨房に戻ってみる。
「や、まだまだ、まだだよー!! はいってきちゃだめー!!!!」
またしても追い出されてしまう。
だめだ……仕事ができない。
俺は坊ちゃんがお小さい時からここの料理長をしている。坊ちゃんは少し、いやなかなか、かなり手のかかるお子様だった。
野菜は全部嫌いで、放っておくとお菓子しか食べない。食も細い。野菜は小さく小さく刻み肉料理やスープ、パイに潜ませるなどし、なんとか食べていただけるよう工夫をした。
その甲斐もあってか、坊ちゃんはなんだかんだ言いながらも全て召し上がってくれるようになった。そして完食した後、
「ああああ!!! 食べちゃった! もう! おやつが食べたかったのに~!!!」
と文句を言うのだ。それも絶望!! という表現がぴったりな表情で。
それが坊ちゃんの大好きなシフォンケーキをお持ちする合図だった。香り高く甘酸っぱいプライマーの紅茶とともにお出しする。
口いっぱいに頬張ってケーキを食べている姿がとても愛らしい。
ムグムグもぐもぐ。
あむ。むぐむぐ、もぐもぐ。
「ふんわぁり。おいし、ん、ごくごく、ふわぁ。いい香り、おかわりぃ!」
“か、かわいすぎる”
幸せそうなその顔を見ると、日頃のわがままも全部許せてしまう。
また、明日はもっと美味しい料理を作ろう。もっともっと口当たりの良いシフォンケーキを作ろう、と気合が入るのだ。
ほとんどの使用人は、フェルライト家のもう一人の坊ちゃんであるユジン様の元に行ってしまったが、たとえ最後の一人になったって、俺はキルナ坊ちゃんにお仕えするつもりだ。まぁルゥ、メアリー、セントラが辞めるなんてことはありえないだろうが。
さてと、
あれから一時間以上経った。そろそろいいだろうか。
厨房に入ると、坊ちゃんが恥ずかしそうに少し大きめのガラス瓶を俺に差し出しながら言った。
「このクッキー。食べたかったら食べていいよ」
手作りのクッキーがたくさん詰まった瓶。
それを見てようやく思い出した。
(そうか、今日は俺の誕生日だった!)
ベンスの好きなお菓子は? と、この前聞かれて、クッキーと答えたんだったな。
「も、もしかして坊ちゃんが作ったんですか!? ありがとうございますっ!!」
そう言って受け取った瓶は、まだ温かい。坊ちゃんははにかんだ笑顔をすぐに隠して、そのまま走り去ってしまった。
取り残された俺は今起きたことがあまりにも衝撃的でしばらく動けずにいた。
あの坊ちゃんがクッキーを作っただなんて信じられようか!?
まず厨房に入ったこともないだろう坊ちゃんが?
分量を計ったり粉を振るったりと緻密な作業を要するお菓子作りを?
一人で??
それも俺のために!?
瓶から一つ取り出してみる。
シンプルなバタークッキーだ。
見た目はおいしそうだ。香りもいい。
どんな味がするのだろう。
クッキーは冷めてからの方が食感は良いが、待ってなどいられない。
ドキドキしながら口に含む。
うまい……。
それは坊ちゃんのように甘く優しい味のするクッキーだった。
それにしても誰に料理を習ったのだろうか。
クッキーの出来もそうだが、使った調理器具は使いっぱなし、ではなく綺麗に洗われ元に戻されている。
とても初めて料理をしたとは思えない。
不思議な子だ。と思う。
そして可哀想な子だ、とも。
わがままばかり言っているように見えるが、本当は優しい子なのだ。
両親に蔑ろにされていても、彼は良い子に育っている。
ーー誰か、彼を愛してくれたなら。
まだ温かい瓶を抱えながら、俺はそう願わずにはいられなかった。
公爵家別邸にそんな手癖の悪い使用人がいるとは思えない。外部のものか?
と考えながら近づくと、そこには
「わぁ、ベンス、来ちゃだめ!!!」
フェルライト家の坊ちゃん、キルナ様がいた。
お菓子のつまみ食いでもしにきたのだろうか?
いや違う。
何やら粉やミルクの入った銀のボウルをかき混ぜているようだ。ぐるぐるかき混ぜながら
「ダメ! 出ていって~!!」
と、厨房から追い出されてしまった。
しばらく経ってからもう一度厨房に戻ってみる。
「や、まだまだ、まだだよー!! はいってきちゃだめー!!!!」
またしても追い出されてしまう。
だめだ……仕事ができない。
俺は坊ちゃんがお小さい時からここの料理長をしている。坊ちゃんは少し、いやなかなか、かなり手のかかるお子様だった。
野菜は全部嫌いで、放っておくとお菓子しか食べない。食も細い。野菜は小さく小さく刻み肉料理やスープ、パイに潜ませるなどし、なんとか食べていただけるよう工夫をした。
その甲斐もあってか、坊ちゃんはなんだかんだ言いながらも全て召し上がってくれるようになった。そして完食した後、
「ああああ!!! 食べちゃった! もう! おやつが食べたかったのに~!!!」
と文句を言うのだ。それも絶望!! という表現がぴったりな表情で。
それが坊ちゃんの大好きなシフォンケーキをお持ちする合図だった。香り高く甘酸っぱいプライマーの紅茶とともにお出しする。
口いっぱいに頬張ってケーキを食べている姿がとても愛らしい。
ムグムグもぐもぐ。
あむ。むぐむぐ、もぐもぐ。
「ふんわぁり。おいし、ん、ごくごく、ふわぁ。いい香り、おかわりぃ!」
“か、かわいすぎる”
幸せそうなその顔を見ると、日頃のわがままも全部許せてしまう。
また、明日はもっと美味しい料理を作ろう。もっともっと口当たりの良いシフォンケーキを作ろう、と気合が入るのだ。
ほとんどの使用人は、フェルライト家のもう一人の坊ちゃんであるユジン様の元に行ってしまったが、たとえ最後の一人になったって、俺はキルナ坊ちゃんにお仕えするつもりだ。まぁルゥ、メアリー、セントラが辞めるなんてことはありえないだろうが。
さてと、
あれから一時間以上経った。そろそろいいだろうか。
厨房に入ると、坊ちゃんが恥ずかしそうに少し大きめのガラス瓶を俺に差し出しながら言った。
「このクッキー。食べたかったら食べていいよ」
手作りのクッキーがたくさん詰まった瓶。
それを見てようやく思い出した。
(そうか、今日は俺の誕生日だった!)
ベンスの好きなお菓子は? と、この前聞かれて、クッキーと答えたんだったな。
「も、もしかして坊ちゃんが作ったんですか!? ありがとうございますっ!!」
そう言って受け取った瓶は、まだ温かい。坊ちゃんははにかんだ笑顔をすぐに隠して、そのまま走り去ってしまった。
取り残された俺は今起きたことがあまりにも衝撃的でしばらく動けずにいた。
あの坊ちゃんがクッキーを作っただなんて信じられようか!?
まず厨房に入ったこともないだろう坊ちゃんが?
分量を計ったり粉を振るったりと緻密な作業を要するお菓子作りを?
一人で??
それも俺のために!?
瓶から一つ取り出してみる。
シンプルなバタークッキーだ。
見た目はおいしそうだ。香りもいい。
どんな味がするのだろう。
クッキーは冷めてからの方が食感は良いが、待ってなどいられない。
ドキドキしながら口に含む。
うまい……。
それは坊ちゃんのように甘く優しい味のするクッキーだった。
それにしても誰に料理を習ったのだろうか。
クッキーの出来もそうだが、使った調理器具は使いっぱなし、ではなく綺麗に洗われ元に戻されている。
とても初めて料理をしたとは思えない。
不思議な子だ。と思う。
そして可哀想な子だ、とも。
わがままばかり言っているように見えるが、本当は優しい子なのだ。
両親に蔑ろにされていても、彼は良い子に育っている。
ーー誰か、彼を愛してくれたなら。
まだ温かい瓶を抱えながら、俺はそう願わずにはいられなかった。
527
お気に入りに追加
10,386
あなたにおすすめの小説
嵌められた悪役令息の行く末は、
珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】
公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。
一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。
「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。
帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。
【タンザナイト王国編】完結
【アレクサンドライト帝国編】完結
【精霊使い編】連載中
※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました
綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜
【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】
*真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息
「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」
婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。
(……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!)
悪役令息、ダリル・コッドは知っている。
この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。
ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。
最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。
そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。
そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。
(もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!)
学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。
そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……――
元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。