いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

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第2章

第32話 料理長ベンスSIDE

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今朝いつものように厨房に向かうとそこに小さな人影があった。泥棒?
公爵家別邸にそんな手癖の悪い使用人がいるとは思えない。外部のものか?
と考えながら近づくと、そこには

「わぁ、ベンス、来ちゃだめ!!!」

フェルライト家の坊ちゃん、キルナ様がいた。
お菓子のつまみ食いでもしにきたのだろうか?

いや違う。

何やら粉やミルクの入った銀のボウルをかき混ぜているようだ。ぐるぐるかき混ぜながら

「ダメ! 出ていって~!!」

と、厨房から追い出されてしまった。


しばらく経ってからもう一度厨房に戻ってみる。

「や、まだまだ、まだだよー!! はいってきちゃだめー!!!!」

またしても追い出されてしまう。


だめだ……仕事ができない。



俺は坊ちゃんがお小さい時からここの料理長をしている。坊ちゃんは少し、いやなかなか、かなり手のかかるお子様だった。

野菜は全部嫌いで、放っておくとお菓子しか食べない。食も細い。野菜は小さく小さく刻み肉料理やスープ、パイに潜ませるなどし、なんとか食べていただけるよう工夫をした。

その甲斐もあってか、坊ちゃんはなんだかんだ言いながらも全て召し上がってくれるようになった。そして完食した後、

「ああああ!!! 食べちゃった! もう! おやつが食べたかったのに~!!!」

と文句を言うのだ。それも絶望!! という表現がぴったりな表情で。


それが坊ちゃんの大好きなシフォンケーキをお持ちする合図だった。香り高く甘酸っぱいプライマーの紅茶とともにお出しする。

口いっぱいに頬張ってケーキを食べている姿がとても愛らしい。

ムグムグもぐもぐ。
あむ。むぐむぐ、もぐもぐ。

「ふんわぁり。おいし、ん、ごくごく、ふわぁ。いい香り、おかわりぃ!」

“か、かわいすぎる”

幸せそうなその顔を見ると、日頃のわがままも全部許せてしまう。
また、明日はもっと美味しい料理を作ろう。もっともっと口当たりの良いシフォンケーキを作ろう、と気合が入るのだ。

ほとんどの使用人は、フェルライト家のもう一人の坊ちゃんであるユジン様の元に行ってしまったが、たとえ最後の一人になったって、俺はキルナ坊ちゃんにお仕えするつもりだ。まぁルゥ、メアリー、セントラが辞めるなんてことはありえないだろうが。


さてと、

あれから一時間以上経った。そろそろいいだろうか。

厨房に入ると、坊ちゃんが恥ずかしそうに少し大きめのガラス瓶を俺に差し出しながら言った。

「このクッキー。食べたかったら食べていいよ」

手作りのクッキーがたくさん詰まった瓶。
それを見てようやく思い出した。

(そうか、今日は俺の誕生日だった!)

ベンスの好きなお菓子は? と、この前聞かれて、クッキーと答えたんだったな。

「も、もしかして坊ちゃんが作ったんですか!? ありがとうございますっ!!」

そう言って受け取った瓶は、まだ温かい。坊ちゃんははにかんだ笑顔をすぐに隠して、そのまま走り去ってしまった。


取り残された俺は今起きたことがあまりにも衝撃的でしばらく動けずにいた。

あの坊ちゃんがクッキーを作っただなんて信じられようか!?
まず厨房に入ったこともないだろう坊ちゃんが?
分量を計ったり粉を振るったりと緻密な作業を要するお菓子作りを?
一人で??
それも俺のために!?

瓶から一つ取り出してみる。
シンプルなバタークッキーだ。
見た目はおいしそうだ。香りもいい。

どんな味がするのだろう。


クッキーは冷めてからの方が食感は良いが、待ってなどいられない。

ドキドキしながら口に含む。

うまい……。

それは坊ちゃんのように甘く優しい味のするクッキーだった。



それにしても誰に料理を習ったのだろうか。

クッキーの出来もそうだが、使った調理器具は使いっぱなし、ではなく綺麗に洗われ元に戻されている。
とても初めて料理をしたとは思えない。

不思議な子だ。と思う。
そして可哀想な子だ、とも。

わがままばかり言っているように見えるが、本当は優しい子なのだ。
両親にないがしろにされていても、彼は良い子に育っている。

ーー誰か、彼を愛してくれたなら。

まだ温かい瓶を抱えながら、俺はそう願わずにはいられなかった。
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