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68. 桜が七分咲き

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「あっ、殿下、バナナはお好きですか?」

 お兄様がちょっとシーンとなってしまった空気を変えるように明るい声を出した。
 流石、お兄様。

「バナナ、そう言えば最近は食べていないな。好きでも嫌いでもないかな」
「今朝、焼いたばかりのバナナケーキ、美味しいですよ。殿下はわりと和菓子が好きですけど、ケーキもよく食べていますよね」
「ああ、前はそんなに好きじゃなかったけど、リーナが作るケーキは好きだ。リーナが作るものは何でも美味い」
「本当にリーナ様の作るお菓子は絶品です。お菓子の沢山入ったアイテムボックスを頂いてもう、何があっても着いていきますと思いましたから」
「あっ、俺のパンも入ってたけど」
「もちろん、アークのパンも絶品です。もし、万が一ですがお二人がどこかに行かれるときは是非私もお供させて下さい」
「お供をさせてください」

 いつも無口なトーリスト様が一言付け加えたので思わず皆が振り返った。注目されたトーリスト様は少し恥ずかしそうに、しかし力強く肯いた。
 実はアルファント殿下にだけではなく、ランディ様、トーリスト様とノヴァ神官、ラシーヌ様にはお菓子と食料、ポーション入りのアイテムボックスを差し上げた。

 そして、通いで来て下さる王宮の侍女さんにはアイテムボックスの機能の付いた青いエプロンを付けてもらっている。ポケットの中はアイテムボックス。つまり、四次元ポケット? 付きのエプロン。お兄様はそれを見た時「助けて。〇〇モ~ン」と言って笑っていた。
 エプロンポケットは飲み物、食べ物と容器にお皿の限定収納になっている。際限なくアイテムボックスの機能を付与するのは既得権益の侵害になるかもしれないので自重するように言われたから。

 私が付与の能力を持っている事は限られた人しか知らない。そして、私が付与したアイテムボックスの中身を見る事ができるのは、そう、中身をリストにしてみる事ができちゃうんだけど、これは誰にも内緒にしている。

 アルファント殿下、アイテムボックスに何を入れているのかしら? と殿下を見た時にふと思ったら、ズラズラと空中に殿下のアイテムボックスの中身がリストになって出てきてしまった。他の人には見えてなかったのは良かったけど、凄くびっくり。

『リーナからのラブレター』というのが一番上にあって花丸が付いていた。あれは、あれは、書き損じなのに。まだ、ラブレターの形にはなってないのに。それに、リストなのに花丸ってどういう事だろう。
 その下にも『リーナからの手紙』とか『リーナからのメモ書き』とか『リーナから貰った誕生日ケーキのメッセージプレート』とか殿下、食べずに取っておいたんですね。時間経過はないけどあんなものを取っておくなんて。
『リーナの服に付いていた髪の毛』というのは見なかった事にしよう。捨てようとして多分そのまま忘れているに違いない。

 もし、私が聖女になってそれからお役目をはたして聖女の加護が無くなったら、この『隠蔽の加護』が消えたらと考えたら恐ろしい。
 仕舞っておいたモノが一斉に外に溢れたら目も当てられない。
 私のアイテムボックスはこの14年と10か月でそれはもう恐ろしい程のモノが詰め込まれている。
 だって逃亡するって思っていたから。

 今でも逃げたいという気持ちは変わらないけど、でも逃げるならアルファント殿下も持っていきたい。なんて、殿下は人だから一緒に逃避行。つまり、駆け落ち。手に手を取って愛の逃避行……、なんて、ダメ。殿下はこの国に必要な人だから。

「リーナ、おーい、リーナ」
「リーナ。大丈夫か」
「もう、最近はよく赤い顔をして上の空になるんです。一体何を考えているんだか、って想像はつくけど」
「えっ、お兄様。何も考えてなんかないわ。それより、えーと、ピンクさんよね。ピンクさん、大丈夫かしら」
「ピンクは大丈夫じゃないと思う。どう考えても、あの茶ピンクのほうが強そうだし、取り込もうとして返り討ちにされたというのが真相じゃないか」
「そ、そうかもしれないわ。でも、一体どんな乙女ゲームなのかしら。結局、ピンクさんの断片的な情報からは良く判らなかったし」
「勇者の手記もあるし桜の花の事も考えたら、もう、乙女ゲームとは違ってきているような気がするけど」
「一度、ピンクに会ってみるか?」
「そうね。何か、わかるかもしれないわ」

 という話をしながら殿下とランディ様、トーリスト様はせっせとバナナケーキを食べていた。ラシーヌ様にも座っていただいてケーキを食べてもらっている。ラシーヌ様は凄く上品なのに食べるのは早い。
 そこへご連絡鳥が飛んできた。

「大変です。桜の花が咲きました。7分咲きです。まだ、全開ではありませんがかなり開いていますし、胴咲き桜も増えています」
「桜の七分咲きって満開じゃないか!」
「落ち着け! アーク。前世では七、八分咲きが満開だけど王宮の桜は全部の桜が一斉に咲くんだ。だからまだ後、三分ある」

「後、三分」
「ああ、後、三分もある」
「ピンク、いや、茶ピンクが何かしたのか!?」
「でも、何かしたなら、全開になるのでは」
「封印を完全に解いたとは限らない、解こうとして緩ませてしまった、のではないか」
「とにかく、王宮へ行こう」

 私達は転移陣で王宮に向かった。ノームル様も付いてきてくれようとしたのだが、まだ彼女は転移陣に登録してなかったので転移できなかった。お兄様の所属が王宮になると同時に登録される事になっていたから。転移陣もなるべく人数を絞る事になっているらしい。

 そして、王宮の桜の花。
 私達の感覚では満開だった。とても綺麗。
 アプリコット辺境伯家の桜の花も満開の時はとても綺麗だったが、この王宮の桜のほうが木、そのものが大きくて古木という感じがするし、枝も大きく張り出していてその桜がホンノリピンク色でとても綺麗。

 不思議な事に花びらが一切散っていない。
 花びらの散らない桜の満開、七分咲きだけど初めて見た。
 胴咲き桜も7つに増えていた。まさか、七分咲きだから7つ咲いている、なんてことはないよね。

 でも、このまま桜が咲いたなら、私も覚悟を決めなくてはいけないのだろうか。
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