冷女が聖女。

サラ

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59. 海の上

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「海だ、大きいな。島原遠く~、見よ~朝の海~、見よ~昼の海~」
「何だ、その歌は? 初めて聞く歌だな」
「レナード殿下、アランの歌はかなり省略しているし、歌詞も違うし、ついでに曲も違って……もはや、元歌の影、影が少しうかがえるくらいの出来栄えになっています」
「だって、この世界に松はないし、今は朝と昼の間くらいだし気分だよ、気分」
「気分か。確かに海の気分が良く出ている歌だった。それにアー君の声は何時までも聞いていたくなる、程よい高さの明るい声だ。歌もうまい」
「兄さんの声も深くて低音ボイスで良いな」
「ありがとう」

 レナード王子が嬉しそうにほほ笑んだ。レナード王子ってアランが大好きだから、ちょっと煽てると何でもしてくれそうで怖い。

「あっ、玲ちゃんの声も透き通るような綺麗な声だね。ちょっと歌ってみない?」
「確かにきれいな声だと思ってた。歌を歌うとウグイスのようで聞き惚れるかもしれない」
「はいはい。歌より先に手を動かしてこの大量の魚を何とかしようね」

 私達は海の上に真っすぐに走る光る帯の上に冷蔵庫の家を展開していた。そして倉庫兼作業場にしている場所で魚をさばいている。
 レナード王子が網を持っていて、その網を投げたら大量の魚が掛かってきた。網目が大きいので小さい稚魚は逃げたと思うけど、割と大き目の魚が青い光の輪の中でピチピチと跳ねた。

 その中からこれは美味しいとレナード王子が言う魚を槍で刺して、簡単に血抜きをしてから冷蔵庫の家の中に持ち込んだけれど、内臓を抜いて開きにするのに結構時間が掛かってしまった。
 海には大きなカニとかエビとか居るはずだけど、不思議な事にこの光の帯には魔獣、魔魚みたいなのは寄ってこなかった。
 普通の人慣れしていない魚たちが撒き餌に寄ってきて、「まるで餌を目当てにする鯉みたいだ」とアランが言うように、もう入れ食い状態。投網で魚を取ったので、警戒するかと思いきや簡単に柄付きの網ですくって取れてしまう。

「最初はちょっとだけ魚を取ろうと思ったんだけど、こんなことになるとは」
「いや、凄いな。大漁だ」
「釣り糸を垂らせば良かったんじゃないですか?」
「次はそうしよう」
「いえ、もう当分魚は良いです」
「魚の燻製も美味しいと思う。でも、今日は焼き魚と刺身と煮魚だ」
「そうね。でもまず、魚は捌かないと食べられないわ。取った人が責任持ちましょうね」

 冷蔵庫の家は透明なので青い光る帯の上にチョコンと乗った状態で家の中に入ったら、海の上に浮かんでいるみたいだった。家の中を歩くと海の上を歩いている感じ。
 アランとレナード王子が交互に扉を押して帯の上を滑らしたから今は完全に海の上。これが光の帯の上に乗っているだけだと考えるとスリルがある。

「玲ちゃん、」
「駄目よ」
「まだ何も言ってないよ」
「アランがそんな声を出す時は、警戒モノだわ」
「そんな、ひどいよ。俺、水族館がすきなだけなんだ」
「水族館?」
「この世界にはないけど、魚を大きな水槽で飼ってその様子を楽しむ事が出来るんだ」
「へぇ、面白そうだな」
「だろう?」
「まさかアラン、この家を海に沈めてみようなんて思ってないわよね」
「そのまさか」
「いやよ。こんなところで遭難したくないわ」
「楽しそうだが、海難は困るな」

 レナード王子がさりげなく海難と言い換えたのがちょっとムカつく。扉を海に沈めたら水族館状態になるかもしれないけど、どうやって浮上するのかなんて、アラン、何も考えてないでしょう?

「玲ちゃん、泳げないの?」
「泳げるけど、こんな深い海は無理よ」
「玲ちゃんがこの家に入ると青い光の帯は途切れるんだよな」

 そう、私の周りの青い光は冷蔵庫の家に入ると消えて、この冷蔵庫の家の周りを取り囲む。ホワンと冷蔵庫の家のまわりが仄かな光に囲まれて、まるでライトアップされているみたい。
 これ、私達以外の人にはどう見えるんだろう? アランとレナード王子によると扉のまわりが光に包まれて見えるそう。この聖石の世界には人がいないから検証したくてもできない。

 アランの我儘にちょっとだけ妥協して扉を端に移動して帯に引っ付けたままそっと下に押すと扉の下半分が海水に浸かった。その前に少しだけ扉の下の部分を海水に付けてみたけれど浸水はしなかったので、大丈夫かなと試してみる事にした。
 扉を帯につけて半分だけ海水から覗いている扉からアランが家の中に入った。

「ウワー、海の中だ。魚が泳いでる!」

 アランの楽し気な声が響いてきた。開けっ放しの扉から覗いてみると確かに水中の魚が泳いでいるのが見える。

「玲ちゃんも入ってきなよ。あっ、お兄ちゃんも」
「おう。楽しそうだな」

 そういうと上半分の扉からスルッとレナード王子が入って行った。
 でも、私は段差があるし、いくらピッタリ付いていると言っても、私が入ったらどうなるか分からないから心配で二の足を踏んでいた。
 どうしようと困った私が扉を眺めていると私のまわりの青いひかりが沈下を始めた。上に乗っている私も一緒に。
 丸く私のまわりだけ切り取ったように沈んで扉が目の前になった。扉の向こうのアランが口を開けて驚いている。

「もう、アランお口を閉めて」
「アー君、驚きすぎ」
「いや、だって、何でもありだなって。エレベーター?」
「そうね。ファンタジーエレベーターだわ」
「じゃあ、じゃあ」
「そうね」

 と言いながら私はブレスレットに「もう少し下まで降りる事はできて?」と聞いてみた。ブレスレットの青い石が光ったかと思うとそのまま透明なエレベーターは海底まで降りて行った。もちろん扉も一緒に。

「玲ちゃん、最高!」
「素晴らしい景色だ!」

 喜んだ二人にまずは魚をさばいて燻製を作らせ、その間に海の幸を調理した。思いがけず最高のシチュエーションでご飯を食べる事が出来たのは嬉しいけど、こんなに寄り道ばかりして良いのかしら。
 円柱形のエレベーターから網を出す事が出来たので周りにゴロゴロしていたウニも回収し、ウニをタップリ乗せた海鮮丼を作ったらアランとレナード王子が何度もお代わりをするので、セルフサービスにした。

 色々あったのでそのまま海の中で一泊する事になったけど、魚を見ながら淡い光の中での就寝。魚が目の前までよってくるのは得難い経験だけど、寄ってくる魚が多すぎるような気もする。
 でも、美味しかった。
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