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9. 幽霊になったキャンパー。
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「美味しい。温かい飲み物なんて本当に久しぶり」
「えーと、冷たい飲み物ばかり飲んでいたって事?」
「そうなの。突然、聖女召喚されてしまって」
「聖女?」
「そう、聖女」
「聖女として召喚されたなら大事にされるはずで、こんな夜にウロウロするなんて事は、と言うか、まさか襲われて一人だけ逃げ出した? わざと旅人の服装をして?」
「聖女召喚されたけど、一緒に召喚された従妹が聖女として大事にされて、私は違うからって放って置かれたの。それも鍵かけた監禁室に入れておいて、1週間誰も来なかったのよ。その間に食事は固いパンと薄いスープと水。それも来たのは最初の2回だけ。しかも、奴隷にされそうになったから、逃げだしたの」
「うわっ、よく生きていたね。というか、身体はその、大丈夫なのか」
「私、聖女なの。で、実はこんな事ができるの」
そう言って私は後ろを振り向いて冷蔵庫に触った。
「あっ、姿が消えた」
「えっ?」
「凄いな、姿を消す事が出来るんだ! 目に見えなくなるだけ? それとも触っても分からないようになる?」
「えっ?」
少年の言葉に驚いて冷蔵庫から手を離すと
「見えるようになった」
「見えるようになったの?」
「うん。自由自在に姿を消せる魔法?」
「違うわ。でも、そういえば、人前で冷蔵庫に触った事はなかったわ」
「冷蔵庫?」
「そう、私のスキル? 聖女の加護かもしれないけどステータスに冷蔵庫ってあって」
「冷蔵庫!」
「そうなの。召喚される前に冷蔵庫にぶつかったせいかもしれないけど、家の冷蔵庫が一緒についてきたの」
「ついてきた?」
「うん。まるで背後霊みたいな感じなんだけど、後ろを振り向くと透き透った冷蔵庫が見えるの」
「冷蔵庫が背後霊、幽霊状態か。幽霊なんてまるで、俺みたいだ」
「貴方が?」
少年は、どう見ても16、7歳に見えるけど大学3年で20歳との事。見えない。
彼はバイクに乗ってソロキャンプをしながら実家に帰る途中に、突然、地震にあって強い光に包まれたかと思うと、この世界に来ていたそうだ。
幸いな事にキャンプ用品や簡易な食料なども持っていた為、しばらくは大丈夫と思いつつ、バイクを隠して街道沿いに通りかかる人に話し掛けて見ると、完全に無視をされて落ち込んでしまった。
何人かに話しかけてわかった事は自分の姿は人には見えないという事だった。
おまけに人にぶつかってもそのまま通り抜けてしまう。それはバイクに乗っても人からは見えず、村や街の中に行っても誰にも気づかれずに孤独に陥っていたそうだ。
めげずに時折、「ヘイ、彼女!」とか「そこのお兄さん!」とかダメ元で声をかけていたのだが、やっと私が返事をしてくれたのが凄く嬉しかったと喜んでいた。
「あのさ、俺が見えるのは嬉しいけど、俺に触れる? 突き抜けたりしないかな?」
「えっ、それはわからないけど、触ってみるわね」
少年は凄く緊張していたけど、私が彼の手に触れて見ると、ちゃんと触れたし仄かに温かい体温を感じた。彼はそっと私の手を両手で包み込み、「手が冷たい」と言いながら……涙目になった。
「良かった、俺、本当に幽霊になって誰にも認識されずにこのまま彷徨うのか、と思って。誰とも話せないのがこんなに辛いなんて思わなかった」
「それは確かにそうね。でも、私にはちゃんと一人の少年のように見えるわ」
「少年?」
「あっ、ごめんなさい。20歳だったわね」
「いや、実は現実から目を逸らしていたというか……、何だか自分が小さくなったような気はしていたんだ。鏡もないし、手とか足とか細くなったな、とは思ったけど、考えないようにしていた」
「私、鏡を持っているわ。ちょっと、待ってて」
そうして、鏡を見せたら彼は絶句した。
「誰だ、これ!?」
彼は綺麗な茶髪に青い目だったので、ハーフかなと思っていたんだけど、顔が違うそうだ。本当の彼は黒髪黒目で日本人のイケメンだったと……。
「俺、誰かの身体に乗り移ったのか、いや、服とかは前のままだから、変身か? いや、どういう事だ?!」
「あの、貴方は日本人なのよね? 私は吹雪玲というの。貴方の名前は?」
「ああ、ごめん。名乗ってなかった。俺の名前は、あれ、俺の名前は何だろう?」
「名前、思いだせないの?」
「ああ、父さんや母さんの顔とか実家とか、住んでたマンションとかは思いだせる。学生用マンションにいたんだ。大学も思いだせるけど、名前が出てこない、なんでだ!」
「免許証、持ってない?」
「ああ、そうだ。免許証だ。学生証もある」
そうして、探し出した免許証と学生証は白紙のカードになっていた。何にも書いてない。他にお財布に入っていたポイントカードとか保険証とかも身元がわかるようなものは全て、記載された印字が消えていた。お金は変わらずにあったのに。
「ス、スマホとかは?」
「スマホはないんだ。ちょうど手に持っていて地震の時に飛ばされてしまって。バイクに乗っていたせいか他の荷物は一緒だったのに」
「そ、それは残念だったわね」
「俺、誰なんだ?」
「でも、日本人としての記憶がちゃんとあるなら日本人だよ。お父さんとかお母さんとか、友達の顔は浮かぶんでしょ」
「ああ、映像としては浮かんでくる。東京とか渋谷とかもわかる。ただ、個人の名前が出てこない。これじゃ、帰っても困るじゃないか。その上、こんなに見た目が変わってしまったら俺が俺ってわかってもらえない」
キャンパーの少年は見るからに萎れてしまった。これまでは現実逃避して何とか過ごしていたのかもしれない。
鏡を見せたのは悪かったかも。
「えーと、冷たい飲み物ばかり飲んでいたって事?」
「そうなの。突然、聖女召喚されてしまって」
「聖女?」
「そう、聖女」
「聖女として召喚されたなら大事にされるはずで、こんな夜にウロウロするなんて事は、と言うか、まさか襲われて一人だけ逃げ出した? わざと旅人の服装をして?」
「聖女召喚されたけど、一緒に召喚された従妹が聖女として大事にされて、私は違うからって放って置かれたの。それも鍵かけた監禁室に入れておいて、1週間誰も来なかったのよ。その間に食事は固いパンと薄いスープと水。それも来たのは最初の2回だけ。しかも、奴隷にされそうになったから、逃げだしたの」
「うわっ、よく生きていたね。というか、身体はその、大丈夫なのか」
「私、聖女なの。で、実はこんな事ができるの」
そう言って私は後ろを振り向いて冷蔵庫に触った。
「あっ、姿が消えた」
「えっ?」
「凄いな、姿を消す事が出来るんだ! 目に見えなくなるだけ? それとも触っても分からないようになる?」
「えっ?」
少年の言葉に驚いて冷蔵庫から手を離すと
「見えるようになった」
「見えるようになったの?」
「うん。自由自在に姿を消せる魔法?」
「違うわ。でも、そういえば、人前で冷蔵庫に触った事はなかったわ」
「冷蔵庫?」
「そう、私のスキル? 聖女の加護かもしれないけどステータスに冷蔵庫ってあって」
「冷蔵庫!」
「そうなの。召喚される前に冷蔵庫にぶつかったせいかもしれないけど、家の冷蔵庫が一緒についてきたの」
「ついてきた?」
「うん。まるで背後霊みたいな感じなんだけど、後ろを振り向くと透き透った冷蔵庫が見えるの」
「冷蔵庫が背後霊、幽霊状態か。幽霊なんてまるで、俺みたいだ」
「貴方が?」
少年は、どう見ても16、7歳に見えるけど大学3年で20歳との事。見えない。
彼はバイクに乗ってソロキャンプをしながら実家に帰る途中に、突然、地震にあって強い光に包まれたかと思うと、この世界に来ていたそうだ。
幸いな事にキャンプ用品や簡易な食料なども持っていた為、しばらくは大丈夫と思いつつ、バイクを隠して街道沿いに通りかかる人に話し掛けて見ると、完全に無視をされて落ち込んでしまった。
何人かに話しかけてわかった事は自分の姿は人には見えないという事だった。
おまけに人にぶつかってもそのまま通り抜けてしまう。それはバイクに乗っても人からは見えず、村や街の中に行っても誰にも気づかれずに孤独に陥っていたそうだ。
めげずに時折、「ヘイ、彼女!」とか「そこのお兄さん!」とかダメ元で声をかけていたのだが、やっと私が返事をしてくれたのが凄く嬉しかったと喜んでいた。
「あのさ、俺が見えるのは嬉しいけど、俺に触れる? 突き抜けたりしないかな?」
「えっ、それはわからないけど、触ってみるわね」
少年は凄く緊張していたけど、私が彼の手に触れて見ると、ちゃんと触れたし仄かに温かい体温を感じた。彼はそっと私の手を両手で包み込み、「手が冷たい」と言いながら……涙目になった。
「良かった、俺、本当に幽霊になって誰にも認識されずにこのまま彷徨うのか、と思って。誰とも話せないのがこんなに辛いなんて思わなかった」
「それは確かにそうね。でも、私にはちゃんと一人の少年のように見えるわ」
「少年?」
「あっ、ごめんなさい。20歳だったわね」
「いや、実は現実から目を逸らしていたというか……、何だか自分が小さくなったような気はしていたんだ。鏡もないし、手とか足とか細くなったな、とは思ったけど、考えないようにしていた」
「私、鏡を持っているわ。ちょっと、待ってて」
そうして、鏡を見せたら彼は絶句した。
「誰だ、これ!?」
彼は綺麗な茶髪に青い目だったので、ハーフかなと思っていたんだけど、顔が違うそうだ。本当の彼は黒髪黒目で日本人のイケメンだったと……。
「俺、誰かの身体に乗り移ったのか、いや、服とかは前のままだから、変身か? いや、どういう事だ?!」
「あの、貴方は日本人なのよね? 私は吹雪玲というの。貴方の名前は?」
「ああ、ごめん。名乗ってなかった。俺の名前は、あれ、俺の名前は何だろう?」
「名前、思いだせないの?」
「ああ、父さんや母さんの顔とか実家とか、住んでたマンションとかは思いだせる。学生用マンションにいたんだ。大学も思いだせるけど、名前が出てこない、なんでだ!」
「免許証、持ってない?」
「ああ、そうだ。免許証だ。学生証もある」
そうして、探し出した免許証と学生証は白紙のカードになっていた。何にも書いてない。他にお財布に入っていたポイントカードとか保険証とかも身元がわかるようなものは全て、記載された印字が消えていた。お金は変わらずにあったのに。
「ス、スマホとかは?」
「スマホはないんだ。ちょうど手に持っていて地震の時に飛ばされてしまって。バイクに乗っていたせいか他の荷物は一緒だったのに」
「そ、それは残念だったわね」
「俺、誰なんだ?」
「でも、日本人としての記憶がちゃんとあるなら日本人だよ。お父さんとかお母さんとか、友達の顔は浮かぶんでしょ」
「ああ、映像としては浮かんでくる。東京とか渋谷とかもわかる。ただ、個人の名前が出てこない。これじゃ、帰っても困るじゃないか。その上、こんなに見た目が変わってしまったら俺が俺ってわかってもらえない」
キャンパーの少年は見るからに萎れてしまった。これまでは現実逃避して何とか過ごしていたのかもしれない。
鏡を見せたのは悪かったかも。
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