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Ⅱ-170 神殿突入5

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■ネフロスの迷宮

 サトル達と別行動となってしまったタロウは階段から続くボルケーノ山脈の迷宮内を歩き続けていた。新たに現れた階段は永遠に続くかと思う段数だった。遥か上方に見える明かりを目指してひたすら登り続けたが、途中で何度も休憩を取らざるを得なかった。ついて来ていた二人の娘たちは途中で置き去りにしてきたが、タロウには何のためらいも無かった。タロウの目的は勇者であるサトルの力となり魔竜を倒すという一点に絞られている。残酷なようだが、途中で見つけた二人の娘を助けることは今のタロウにとっては重要では無かった。

 それでも、階段の途中に魔法で出した水を水入れ袋に入れて、少しの干し肉とあわせて階段の途中に置いておいた。娘たちがそこまでたどり着けば多少の助けにはなるだろう。

 -それにしても長い階段だ・・・。あの二人で登り切れるだろうか・・・。

 途中で戻るべきかと考えながらも、何かに呼び寄せられるように階段を登り続け、3度仮眠を取った後にようやく長い階段の終わりを見ることが出来た。その辺りは地熱によるものか、辺りの気温は上昇して少し歩いても汗が流れるほどだった。タロウは魔法で出した水を何度も飲みながら階段を登り切り、新たな洞窟へと足を踏み入れた。洞窟には巨大なたいまつのかがり火が両側の壁に灯っていた。下から見た時には白い光が見えていたが、近づくにつれて光は赤い炎へと取って代わった。下から見えていた光はどれだけ歩いても近づくことのできない光でタロウを誘うための物だと感じていた。

 タロウの体感では数キロの山を2~3日で登ったほどの時間が経過していたが、日光の入らない洞窟の中では正確な時間を知ることも出来なかった。階段から続いている洞窟は綺麗に削られたアーチ状の天井となっていて、上り坂の床も平らで歩きやすかったが、相変わらず気温は高く、触れた壁も熱を帯びているのが感じられる。

 30分程歩くと前方に何かが居る気配をタロウは感じ取った。巨大な力を持つ何かだ・・・。だが、敵意を感じるような気配でもなかった。もっと温かい・・・そういった気配だった。その気配に近づくにつれて、低い地面を揺さぶるような音がその方角から伝わって来た。

 洞窟の前方から流れて来る空気の質が変わり、熱を帯びた空気を感じると通路の先にはオレンジ色の光が下からうっすらと照らしているのが見えて来た。硫黄の匂いも強くなり、ここが火山の火口に近い場所であることがはっきりした。洞窟は火口の脇にある細い道へと繋がり上には山頂付近と青い空が見えていた。火口の周縁を周るように続く幅1メートル程の小道を注意しながら歩くと、はるか下には赤いマグマがうごめいているのが見える。ここがボルケーノ火山だとすれば、サトル達が入って行った中腹の入り口よりも遥かに高い場所まで登ってきているのだろう。

-こんな場所に何が?そしてどうしてここへ連れて来た?

 タロウはその答えを知らなかったが、何かの力がタロウをこの場所に導いたのだと確信していた。汗を拭きながら火口を半周ほどすると、その先に大きくくぼんだ場所があるのが見えた。そこは縦穴の火口から大きな横穴を掘ったようになっていて、天井も高い広い空間だった。

 そして、その中心に山のような大きさのものが居るのが見えた。

「なるほど、お前が│儂《わし》を招いてくれたのか?」
「・・・」

 タロウの問いかけに黒い小山が応えることは無かった。

■ネフロスの神殿

 死人しびと以外の魔法士と神官たちを全員拘束してから、シルバーが咥えている神官長と改めて対峙した。神官長にも手枷と足枷をはめて自由に動けないようにしてある。

「さて、俺はサトルと言う。あんたが神官長とやらだよな? 名前はあるのか?」
「・・・」

 目の前の男はシルバーに噛まれていた時も、手錠を掛けられた時も一切口を開かずに黙って俺を見つめていた。

「なにもしゃべるつもりは無いと言う事か。じゃあ、しばらくは俺が独り言を言っておくよ。気が向いたら返事をしてくれ。お前は不老不死と聞いている。だから、多少の怪我では死なないと・・・、まずはどのぐらいの再生能力か試させてもらうことにしよう・・・」

 コンバットナイフで法衣の下衣を切り裂いてふくらはぎを露出させ、そのままナイフの刃を突き立てた。刃先は10cm程刺さり血が出て来たが、ほんのわずかだった。痛みに身じろぎをすることも無く、男はナイフを見ている。ナイフを捻り傷口を大きくしたが、出血量は変わらなかった。ナイフを抜いて傷口を見ていると、あっという間にふさがって行く。

「凄いな・・・、出血もほとんどしないし。傷もすぐに治るのか。だが、痛みを感じないっていうのは普通の人間だとケガに気が付かないから病気として扱われるんだけどな・・・」

 いわゆる無痛症というやつだ。普通はケガや火傷をするとその場所に痛みが走り、手足を引っ込めたりして体を守るようになっている。無痛症だと火の中に手を入れても痛みを感じないから、目で見て手を引かなければ焼き放題だろう。だが、この男の場合は傷自体もすぐに治る。

「じゃあ、今度はこれで試すか・・・」

 次はスタンガンをふくらはぎに押し当てた。体が硬直したように震えたが苦痛を感じているわけでは無いようだった。それでも、筋肉は痙攣して動かなくなったようだ。

「なるほど、体を動かす機能は普通なんだろうな」

 人体を動かすのが筋肉だと言うのは変わらないようだが、痛みを感じないなら口を割らせるのには役立たない。痛みを感じない人間、怪我をしない人間に恐怖を感じさせるには・・・。あまり気のりはしなかったが、もう少し残酷なやり方を進めてみることにした。ストレージから大き目のワイヤーカッターを取り出して、右手の親指を挟んだ。神官長は一瞬顔をゆがめたが、直ぐに無表情を取り戻して俺の目を見た。

 -嫌だけど・・・。

 ボキッと言う音と共にワイヤーカッターで断ち切られた親指が床に転がった。斬られた指の断面からは血がぽたぽた落ちたが、すぐに出血が止まっている。

「切り落としても出血が直ぐに止まる・・・。ふむ、だけど指がすぐに生えてくるわけでは無いみたいだな?」

 俺のセリフを聞いて神官長はピクリと反応したように見えた。

「よし、この親指はドリーミアの倉庫へ送っておこう」

 はっきり言って気持ち悪いのだが親指をつまんでストレージに入れた。俺が触って親指が消えたのを見て、神官長は目を見開いた。どうやら、少しは動揺を与えることが出来たようだ。

「さて、残りの指も全部切り取っておくことにしようか?」
「・・・」

 大した根性というかなんというか・・・、俺の脅しに男は動じなかった。仕方なく、右手の指を順番に落としていき、指を折って数が数えられない両手になっても、神官長は一言も話さなかった。それでも、切り落とした指がストレージに収納された時には険しい表情を浮かべていた気がする。指は簡単には生えて来ないのだろう。おそらく指があればすぐにつながるが、無くなってしまうと元に戻すことが難しい。あるいは時間が掛かると言う事かもしれない。

 -それなら、もっと体を切り取ってストレージに入れてやれ!

 ストレージの中から体を解体するのに適したもの-チェーンソーを取り出して、取扱説明書を読んだ。特に難しいことは書いていなかったので、発電機につないで始動ボタンを押す。

 -チュゥイーンッ!

 甲高い回転音が鳴り響き、金属の刃が高速で回転し始めた。本音ではビビりまくっていたが、神官長を見てニヤリと歪んだ笑みを浮かべて見た。脅すために、地面へ刃先を当てて地面を削る音を聞かせる。俺が何をしようとしているのかを理解したのだろう、先ほどまでの余裕は無くなり、顔が引きつっているように見える。

「さて、じゃあ、足から倉庫に入れようかな。斬っても死なないだろうから、両手両足を切り取ってやるよ。胴体だけで頑張って生きてくれ」

 神官長の顔を見ながら、刃先を太ももの付け根に押し当てた。法衣の上から刃先が太ももの肉を切り裂き硬い骨に当たった。

 -ゴリッ! ゴリッ! ゴリッ! 

 使い慣れないチェーンソーが俺の手の中で硬い骨を削ろうと暴れている。

「ま、待て。やめてくれ! 何でもいう事を聞く! 頼む!」

 神官長は泣きそうな顔で俺を見ていた。俺も心の中で泣きそうになっていたので丁度よかった。決して人の体を切り刻むのは楽しいものでは無かったのだ。

-やれやれだよ。
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