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Ⅱ-128 空中戦

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■神殿の森 上空

 ゴーレムの残骸はもう一度その体を構成しようと結合を始めていた。それでも、サリナの魔法で破壊した時よりもさらに細かくなっているから、もはや人形と認識できる部分は少なくなってきている。だが、俺は慎重派だ。他にすることも無いので、先ほどと同じ要領でダイナマイトを土の残骸が集まろうとする場所に落とし続けておいた。もう少し復元されたら、火をつけてやれば良い。爆薬は無尽蔵にあるのだ。

 高いところが怖いと言うのを忘れれば、空を飛べると言うのは画期的な出来事だった。敵に襲われる心配もしなくて良いし、俺のストレージだと弾薬を無限に積んだ爆撃機のように地上の敵を攻撃することが出来る。どれほど巨大な敵が地上に現れたとしても、飛んで逃げれば怖くないし、こちらからはいくらでも攻撃できるというチートな状況だったのだが・・・、そんなことを考えていたのが良くなかったのだろう。

「サトル・・・、何か黒いのがこっちに来るよ」
「黒いの? 何だ? どっちだ?」

 出来るだけ船の下や周りを見たくない俺の代わりに、船の上で周囲を警戒中のちびっ娘が中途半端な報告を入れてきた。その声で船首の方へ目をやると、サリナが指さす方向が黒くなってきたのが見えた。

「神殿の上の方が・・・、何だか黒いよね?」
「ああ、何だろう?」

 今までは岩肌が見えていたところが黒っぽく、煙では無いようだが揺らめくように黒いものが広がってきた。双眼鏡を舷側に固定して最大倍率に上げて確認したが、細かい粒のようなものが集まっていることしか分からない。

 -敵なのは間違いないな・・・、鳥か・・・、いや、虫か!?

 はっきりと識別できなかったのは、黒い模様のように見えたのが全長5㎝ほどの虫の集まりだったためだ。ネフロスの首領が神殿の奥から取り出したのは、鈍い光を放った黒い蜂の魔物だった。魔力が込められたその蜂は手のひらから飛びあがって神殿の外へと飛び出すと一匹だったその蜂が、日の光を受けた瞬間に二匹へと分裂し、その二匹は四匹に・・・、凄まじい勢いで自分のコピーを生み出しながら、サトル達の船へ向かって飛んでいたのだ。

 -マズいな・・・。凄い勢いで増えている。

 見ているうちに黒い部分がどんどんと大きくなり、確実にこちらに近づいてくるようだ。距離があるうちに手を打った方が良いだろう。

「おい、サリナ! 魔法はまだ使えるか?」
「全然大丈夫! いくらでも行けるよ!」
「必要なら私もお手伝いしますよ」

 元気な娘が船首から、いつの間にか傍に来ていたママさんが俺の問いかけに良い返事をくれた。

「じゃあ、サリナ。あの黒い塊に向けて炎を放ってくれ。細いのじゃなくて、太い炎で黒いのを焼くんだ」
「うん、任せて!」

 サリナは炎のロッドを取り出して、まだ300メートル以上離れている黒い塊に向けた。太いをイメージするとすぐに大きな声でロッドから火を放った。

「ふぁいあ!」

 ロッドの先から伸びた炎は広がっていき、黒い雲のようになった虫の塊を焼き払い始めた。炎は虫の塊に届いた時には上下左右に大きく広がり、大量の虫を焼き払ったように見えたが、穴が開いた黒い塊は炎を避けるように輪になって広がった。大きな穴の外周部はさらに大きくなろうとしている。減らしたが、増殖は止まっていないと言うことだ。

「どうかな?」

 俺からお褒めの言葉を欲しそうにサリナが火を出したままこちらを振り向いた。

「ああ、いい感じに焼けたな。もう良いよ」
「本当! 良い感じ?」
「ああ・・・」

 確かに良い感じに焼けたのだが、如何せん一つずつの的が小さすぎるし、すべてを焼き払うのは難しそうだ。別れた黒い塊がすぐに大きくなってくるのが見えていた。数は大幅に減っていたがこちらとの距離は近づき始めていたので、いったん船を後退させながら次の準備に移ることにした。ストレージから必要なものを取り出して、サリナとママさんに渡した。

「これを着てください。リンネにもお願いします。着たら、船のキャビンに入って」

 俺が渡したのは蜂を駆除するときに使う防護服一式だった。虫の種類は判らないが、噛まれたり刺されたりしない備えが必要だ。船のキャビンに入って窓を閉じれば安全かもしれないが、見落とした細かい隙間から入ってくるかもしれない。

「これは何ですか・・・、あまり可愛くないですね・・・」

 ママさんは不満そうに白い防護服とヘルメットの組み合わせを見て顔をしかめた。

「見た目じゃないので、早くお願いします」
「はーい・・・」

 船は虫たちから遠ざかる方向へ動いているが、虫の方が速いために黒い塊が大きくなりながら確実に近づいてきている。俺も防護服を着こんでストレージから次の道具を取り出して船尾に並べた。用意したのは大型の噴霧器を4台と発電機、それに噴霧器に入れる液体の殺虫剤だった。

 虫-おそらく蜂は俺達に群がってくるはずだった。炎の魔法でも離れている虫を焼き尽くすのが難しいだろうから、自分を標的として集めてから皆殺しにするのが狙いだ。噴霧器に殺虫効果の高い農薬を入れて4台ともフル稼働にすると、船尾から白い煙が伸びて行くように見えた。3人が入っているキャビンに入って扉を閉めてから、船を旋回させて黒い塊へと向けた。

「サトル!どうするの? 黒いのが近づいてくるよ!?」
「良いんだよ、あの黒い塊に突っ込む」
「ええっ!? 何だか気持ち悪いのに・・・」

 サリナは寸法のあっていない防護服のフェースシールドから不満そうな顔をしている。念のために3人の防護服にの手首や足首に隙間が無いか確認してキャビンの中にも殺虫剤を用意しておいた。

「うわー! 近づいて来た・・・ワァツ!」

 サリナの叫び声と同時に船のフロントガラスが黒いもので覆われた。カンカンと軽い音がぶつかって白い体液を流している虫は、蜂の種類で間違いないようだ。すべてのガラスが黒いもので覆われてキャビンから外がまったく見えなくなった。後は農薬の殺虫能力を信じて、船をゆっくりと旋回させるだけ・・・で行けるか?

 最初は殺虫剤の効果が判らなかったが、後方のキャビンに張り付いた蜂が次々にデッキへ落ちて行っているのが見えた。船上は黒い虫の死骸で盛り上がり始めている。

 -船から少し落とす必要があるな・・・。

 船の速度を上げて死んだ蜂たちを振るい落としながら旋回を続けると、噴霧器が巻いた殺虫剤の輪の中を周回するように飛ぶことが出来た。距離を置いて見ると黒い塊が旋回しているように飛んでいて、船の輪郭さえ見えなかったが、黒い塊は確実に小さくなっている。蜂の分裂速度よりも殺虫効果が上回っているのだ。殺虫剤は虫を殺す効果と分裂を防ぐ効果の両方があった。殺虫剤を吸い込んだ状態だと分裂もできずに死んでいく。

 船の中から見ているとサトルにも黒いもので覆われていた空間から光が少しずつ入って来たのが判った。

「よし、だいぶ減って来たんじゃないか?」
「そうかなぁ、まだ気持ち悪いよ・・・」
「いえ、サトルの言う通りですよ。間違いなく減っていますね」
「マリアンヌさん、これは蜂ですよね?」
「ええ、針が出ているのが見えますからね。ですけど、こんな色の蜂はいないはずです」
「やっぱり、この世界でも黒い蜂はいない?」
「何か闇の力が働いた虫なのでしょう」

 闇の力か・・・、ムカデみたいなのと言い、オオサンショウウオみたいなのと言い、いろんなのが出て来るな。しかし、今までの大きい奴の方が戦いやすいかもしれない。小さいのは見つけるのが難しい。今回は数が多かったから気が付いたが、1匹だけで猛毒なら・・・。


 色々と考えている間に船のガラスに張り付いている蜂はほとんどいなくなった。船尾のデッキの上には黒い物体が膨大に積み上がっているが、自由に飛べる蜂はいないようだった。それでも噴霧器からの農薬は出続けているので、納得できるまで殺してから旋回をやめて地上に降りた。

「降りたら、リンネを運ぶから手伝ってくれ」
「うん!」

 キャビンのドアを開けるとデッキは蜂の死骸-おそらく死骸で埋め尽くされている。

「ウァー・・・、気持ち悪い・・・」

 サリナの言う通り船上は気持ち悪い状態になっている。膝ぐらいまで埋まる蜂の死骸を蹴散らしながら、リンネを引きずって船から降りた。今のところ飛んでくる蜂はいない。次の船を取り出して乗り込み、すぐに飛び上がったがついてくる気配はなかった。

「全部死んだかな?」
「大丈夫みたいだな。殺虫剤が効く虫で良かったよ」
「それで、次はどうするの?」
「虫が出てきたところを探す」
「?」

 俺は虫たちが黒い塊になってきた場所の向こう側に気になるところを双眼鏡で見つけていた。虫が出てきたおかげで-飛べなければいけない場所-にたどり着けるかもしれない。

-虫も何処からか飛んで来たはずだが、おそらく・・・。
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