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Ⅱ‐61 シーフードと獣人の村

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■火の国の南海岸

 すっかり漁師や海女になった少女たちに続いて俺も海に入った。同じようにシュノーケルと俺だけ足ひれもつけてゆっくりと沖に向かって泳ぎ始めた。母親の両親が福岡の海沿いに住んでいたから、中学2年までは夏になるとしばらく滞在して海水浴には毎日行っていた。だから、俺も海で泳ぐのは好きな方だ。ゆっくりと水に体を漂わせながら、水中を見ているとサリナ達が夢中になるのが良くわかった。

 福岡の西に面した海も綺麗だったが、ここは比較にならない。海底は遠浅の砂浜だが少し進むとサンゴ礁が広がっていた。水の透明度が極めて高いから、ミーシャの言う“絵のよう”と言うのもよくわかる。

 ―なるほど、夢中になるわけだ。

 魚はサンゴ礁周りにはきれいな斑点や縞模様の魚が群れでたくさん泳いでいる。人を警戒するそぶりもなく、かなり近くまで寄ってきている。サンゴ礁の中に少し岩場もあって、そこには地味だが大きな魚が岩の横で動かずにじっとしている。

 ―確かに美味そうだな・・・、浜で焼けばさらに・・・、良し!

 俺も海女ちゃん達に負けずと岩場についている貝を採るために、一度息を吸い込んで海底を目指してゆっくりと潜り始めた。貝は少し形が違うが、サザエのような巻貝とアワビが大量に岩についている。巻貝10個ほどを先に袋に入れてから、海面に出て呼吸を整える。アワビをはがすナイフをストレージから取り出して、もう一度海中へ戻った。海面と海底を5回ほど往復するだけで、腰のネット袋はすぐにいっぱいになった。水深の浅い近場でも貝がびっしりと岩に張り付いている。たぶん、俺たち以外に採っている奴らはいないんじゃないかと思う。

 浜から上がって海水を汲んだバケツに貝を入れてテントに戻ると、ハンス達はビールをガンガン飲んでいる。

「いやー、サトル。海って言うのは良いな。こうやって見ているだけでも気分が良いぜ」
「そうか、ショーイも海には来たことが無かったんだな?」
「ああ、話には聞いていたが来るのは初めてだ」
「ハンスも初めてなのか?」
「いえ、私は小さい頃はここで育っています」
「ここで育った!? それはマリアンヌさんと一緒にか?」

 ―こんな南のはずれで何をしていたんだ?

「母様はここで暮らしていませんが、私はあそこに見える集落で生まれました。あそこは獣人たちの村なのです。母様は私をあの村から連れ出してくれたのです」

 ―そんな話は聞いて無いよー! じゃあ、ここはハンスの故郷ってことじゃん!

「じゃあ、ハンスの元々の家族はここにいるの?」
「私は身寄りのない孤児だったのです。私を生んだ母は私を生むときに亡くなりました。父は村を出たまま行方知れずとなっていたそうです」
「マリアンヌさんは何故この村に?」
「先の勇者は獣人たちの村を解放してくださったのです。それ以来、勇者の一族は獣人の村へ度々訪れてくださっていました。ですが、母様は火の国から離れられなくなり、この村の獣人も魔獣が増えて懸賞金が高くなったので、ほとんどがバーンへと移りました。私も母様も、もう10年以上ここには来ていません」

 ―なんだか、ここに来たのは偶然ではない気がしてきた、ママさんの計算か?

「そうなの? 勇者が村を解放って、獣人のみんなは奴隷みたいな扱いだったのか?」
「いえ、村全体が霧に閉じ込められて、外の世界とは繋がっていなかったのです。それを勇者の魔法で繋げてくださったと聞いております」
「ふーん・・・」

 ―霧?エルフの里でも同じような話があったな、確か、神の拳で解き放った?

 ここに来るまでにママさんもハンスも獣人の村の話は全然しなかった。何か理由があるのか?たまたまなのか? いや、いずれにせよ、こちらから聞かない方が良い気がするな・・・知らん顔しておこう。

 俺は話を切り上げて、昼食の準備を始めることにした。海に入って少し肌寒くなってきたので、先に大型のバーベキューコンロに火を起こして、その周りにテーブルと椅子を並べて置く。食材が何になるか判らなかったが、トウモロコシや玉ねぎ等のカットした野菜を焼けるように準備した。

「私たちも手伝いますよ」

 いつの間にかママさんとリンネが散策から戻ってきていた。

「いえ、大した準備もありませんから。大丈夫ですよ、ゆっくりしておいてください」
「ありがとうございます。あなたは面倒見が良いのですねぇ。もっと、私たちを特にサリナを使ってもらって良いのですよ」
「そうですね、まあ、サリナは言えば何でもやってくれますから、問題ないですよ」

 面倒見が良い? ふむ、俺は確実に成長しているということだ。日本で誰かの世話や面倒を見るなんてことは一切無かったからな。もちろん、無限ストレージありきの話ではあるが、特に手間とも思わないし、みんなで楽しめるなら準備も苦痛では無い。

 サリナ達はネットになっている袋をパンパンにして戻ってきた。3人で役割を決めていたようだ、アナはサンゴや綺麗な貝を集めて、サリナとエルは俺と同じように食べられそうな貝を持って帰ってきた。

「海にはいくらでもあるけど、もう袋に入らないの!サトル追加の袋は?」
「ああ、あるけどな。お前の胃袋だっていくらでも入るわけじゃないだろう」
「あっ! そうか、食べる分だけで良いのか・・・」
「そうだ、食べる分だけで良いからな、お前はその貝を頑張って食べろよ」
「うん・・・、ちょっと多いかな?」
「いや、そのぐらいなら大丈夫だろう。大人もいるしな。貝はバケツに入れておけ」
「はーい! もう一回シャワーを浴びても良い?体がなんかベタベタする・・・」
「ああ、3人ともシャワーを浴びて、貝を焼く準備を手伝ってくれ」
「はーい! エル、アナ、シャワー行こう!」
「やったー! 温かいお水!」

 少女たちは楽しそうに冷え切った体をお湯で洗い流しあいっこして戻ってきた。サリナ達に食器と調味料の用意をさせて、俺はアワビにしか見えない貝をあら塩と水で洗ってから、その身をナイフで取り外した。

「それはどうするの?」

 横から俺の作業を眺めているサリナは、自分達の獲物がどうなるのかが気になって仕方が無いようだ。

「うーん、難しい料理は出来ないからな、そのまま食べるのとバターで焼いてみようかと思ってる」
「そのまま? 焼かないの?」
「ああ、海の魚や貝はそのまま食べても美味しいんだよ」
「ふーん、そっか。楽しみ!」

 魚を3枚におろす自信は無いが、アワビぐらいなら刺身にできるだろう。もちろん、調理済みのものをストレージから出せるが、自分たちで採ったものを食べるとおいしく感じるものだ。

 5つほどアワビを刺身にして、貝殻の上に盛って皿にのせて横に大葉を置くと、それなりに料理っぽく見えてきた。バター焼は切り目を入れてから、コンロの鉄板でアワビに白ワインをかけて蓋をして少し、蒸し焼きにしてからバター焼きにした。もちろん、ネットの情報に基づいてである。

「サリナ、味見してみるか?」
「うん、食べる!」

 小さく切ったバター焼きを小皿に乗せて出してやると、そのまま手でつかんで口に放り込んだ。

「ンンッ!? これは! お肉とは違うけど美味しい! やわらかいけど歯ごたえがあるし、噛んだら味が・・・、判んないけど美味しい!」
「そうか、もう少し切るからママさん達に持って行ってやれよ」
「うん・・・、それで、サリナの分は今ので終わりなのかな?」
「まだ、たくさんあるだろ、いくらでも焼いてやるよ」
「わーい!お母さん、サリナ達が採ってきた貝が美味しくなったよ!」

 自分の食い扶持を確認すると、皿に乗ったアワビを持って母親のところへ飛んで行った。ママさんたちは皿に乗っているフォークで刺して口に運んだが、酒に合う料理なのだろう。あっという間に皿は空になった。俺はそれを横目に見ながら、次のアワビを焼くべく貝を解体していると、海女と言うよりは漁師になったミーシャがモリを担いで帰ってきた。腰の袋には魚がはみ出しているのが見える。

「サトル! 美味そうだぞ!」

 目を輝かせて俺に獲物を見せるが、背中でモリに刺したまま担いでいたのは・・・。
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