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Ⅰ-1 全てを持って来た少年

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■どこかの森の中

俺が異世界に来て、いや恐らく異世界であろう場所へ来てから10日が経過した。
だが、未だにここが異世界だとの確信は持てない。
今日もひたすら道なき道をマウンテンバイクで走っている。

間違いなくこれは『神と名乗るもの』による嫌がらせだな。

俺は現世界の日本と言う国で死んだ。
まだ高校二年生、将来ばら色とは言えないがそれなりに楽しめたかもしれない。
しかし、チャリをそこそこのスピードで飛ばしている俺の前に突然3輪車がガードレールの下をくぐって飛び出してきた。
無論、お子様が乗っている状態だ。
車道の自転車専用レーンで急ブレーキをかけつつ回避した俺は、バランスを右に崩してしまった。
ほんの少しだ。
だが、運の悪いことに右手が後ろから来た車のドアミラーに・・・、記憶はそこまでだが交通事故で死んだのだろう。

死んだと言うのも『神と名乗るもの』(以下、神)が俺にそう告げたから、そう認識しているだけだ。
神は俺の死を不自然だと言ってくれた、そして俺にいい話を持ってきてくれた。

「お前が望む能力を一つだけ与えてやる」

「そしてお前が望む世界に行かせてやろう、但し元の世界には戻れない」

俺が妄想の世界でいつも待ち望んでいた言葉だった。
正直、死んで良かったと思った。
あのまま暮らしていても、まずまずの大学を卒業し、まずまずの会社に入り、そこそこの妻が貰えれば御の字だっただろう。

不幸せでは無いだろうが夢は全然無い。

俺は神のオファーを慎重に検討することにした。
能力は俺の中では一択だったのだが、行く世界で悩んでいた。

俺に話しかけてきた空間(?)の神は物質的な見た目は白と黒が常に混ざり合った球状のものだった。そこから思念を飛ばしているように感じる。

この空間には時間の概念も無いはずだが、考え続ける俺に神が痺れを切らせてこう聞いて来た。

「そろそろ人間の時間では3日ほど考えているはずだが、まだ能力が決まらんのか?」

「いえ、能力は最初から決まっています」

「なんなのだ? 一つだけなら何でも与えよう」

「『何でも』ですよね?だったら、何でもできる神の能力をください」

俺は至極当たり前のことを神に告げた。

「・・・」

神からの返事は無かった。
ある程度予想はしていたが俺は返事をひたすら待った。

「それは、できない」

「いえ、『一つだけなら何でも』ですから、出来ないわけは無いですよね。神なんでしょ?」

「神が二つになれば全ての世界が崩壊する」

「いえ、『一つだけなら何でも』ですから、出来ないわけは無いですよね。神なんでしょ?」

このやり取りを神が言うには1週間程度繰り返していたそうだ。
俺はダメモトで交渉していた。
普段は嫌われがちな理屈っぽくねちっこい性格が吉とでるか判らなかったが、自称『神』だから理屈は通ると踏んで挑戦してみた。

神も粘り強かったがどこかで俺に根負けしたようだ。
神が譲歩してきた。

「では、二つ願いをかなえてやる。だが、神ができることの中で二つだ」

チャレンジ成功だ!

「でしたら、全てが入ったストレージをください」

「ストレージか、なんでも出し入れできる無限の空間だな。それならば簡単だ」

「いえ、人の話はしっかり聞いてください。『全てが入った』ストレージです。願いは一つですがストレージの仕様は細かく設定してください」

「失礼なや・・・それは一つの願いでは無いのでは無いか?」

「いえ、『一つ』のストレージですが具体的な仕様は決めないと困ります。『何でも切れる剣』これも一つの願いですよね?」

「・・・」

神はまた黙った。
だが、俺は譲るつもりは無い。
文字通りこれからの人生が掛っていた。

「仕方が無い、お前の言う仕様を聞いてみよう」

神は何らかの理由で俺の希望をかなえる必要(?)がある気がする。
神なんだから、ムカつく俺を消すこともできるだろうがそう言う脅しは一切無い。
俺も理不尽な事を言っているつもりはかけらも無いのだが・・・

「不可能なことをお願いするつもりはありません。私が住んでいた世界に存在するもの全てをストレージの中に入れてください。それとストレージの中には物を分別する機能と探し出す機能を用意して置いてください。念のために言っておくと、私がそのストレージに入れるようにしてください」

「・・・わかった。だが、その分別と探し出す機能を具体的に言え」

俺は神に具体的な仕様を伝えた。

「わかった、だがお前が言うストレージでも幾つか出来ないことがある・・・」

神は制約事項を俺に伝えた。

・入っている全てのものは2020年5月1日(俺が死んだ日)に地球上に存在する情報と物だけ。
・おれはストレージに入れるがストレージの中から異世界に直接は干渉が出来ない。
・異世界の生きているものはストレージには入れない。
・俺以外の生きているものはストレージの中には無い。
・正確に呼び出さないと出てこない(漠然とした要求は出てこない)。
・地球自体(大地や海等)は入っていない。

ストレージの制約としては全て許容範囲だろう。
俺の中では出来すぎた条件だった。

「二つ目の能力は何を求めるのだ?」

「二つ目は保留にします。向こうへ言ってから決めますから。私の声?思念?は神にとどきますよね?」

「・・・何かと無理を言わねば気が済まぬようだが・・・良いだろう。それで、どのような世界へ行きたいのだ?」

そこは最終的に2択になっていた。

SF的なスペースワールド。
ヨーロッパ中世的なの異世界ワールド

だが、現世の全てを持っていけるならもちろん・・・

「ヨーロッパ中世的な異世界でお願いします」

「どうせ、仕様とやらがあるのだろう」

「さすが、神! 段々と物分りが良くなりましたね」

「・・・」

俺は仕様を伝えた。

・人間を主体とした世界であること
・魔法が存在すること
・モンスターの種類が豊富であること

「本当にそれだけか?」

また3日ほどリクエストをされると思っていたようだ。

「ええ、それだけです」

「念のために言っておくが、ステータス画面やLvなどと言うものは存在しない。人が主体である世界では、どの時空、どの惑星にもそれらは存在していない」

「そうでしょうね。何も無い空間に画面が開くって・・・未来なら脳波等に干渉してできるでしょうが。魔法のある世界でそれは気持ち悪いですよ」

「・・・やはり価値観が良くわからんやつだ。だが、良いだろうお前の望む世界は異なる時空の異なる惑星に存在している。そこへ送ってやろう」

「神よ、大事なことの確認を忘れていました」

「なんだ? まだ注文が・・・」

「いえ、新しい世界に『行く』ですが、転生ですか?転移ですか?」

「転生のつもりだったが、転移でもできなくはない」

「ちなみに転移の場合ですけど、言葉の問題はありますか?」

「それは大丈夫だ。気づいていないかもしれないが、異なる惑星では空気や重力も異なっている。だが、生きていけるように調整してから転移させている」

「だったら、転移でお願いします」

転移を選んだのは17歳なら0歳からやり直すよりも楽しいような気がしたからだ。

神は返事もせずに俺をこの森の中に飛ばした。
一瞬でさっきの白い空間から、鬱蒼と木が茂る森に周囲が変わったのだ。

こうやって、俺は現世の全てをもって異世界(?)に来たはずだ。
しかし、到着した森は広大だった。
1日に30kmぐらいマウンテンバイクで走っているが、人どころか道や人工物を見ることが無い。

だが、決して生活に困ることは無かった。
当たり前だ、俺は全てを持ってきたのだから。
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