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2、カツキ

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「ひか、り…?」
「うん。私の中の光の存在だから、ヒカリ」
「…何を言ってんの…私…もう死ぬのに…げほっ、ごほっ」
煙にむせて、咳が出た。もう死んでないとおかしいくらいの時間が経っている。私、もしかしてもう死んでるとか…それとも、この目の前の少女の仕業なのか…
それを察したのか、やや言いずらそうにおずおずと彼女は切り出した。
「勝己がいいなら…一緒に来てほしいんだ。勝己が一緒なら嬉しいな…あのね、その、勝己の命はもうマッチの火くらいしかなくて、どっちにしろ…その、助からないの。ごめんね…魂を運ぶことしか出来なくて…私、役立たずで…」
「それは…いらない。私には命に対する未練はないから。むしろ早く天国でダラダラしたいくらいだよ」
「そう…なんだ…うん、やっぱり、勝己はそうだったね」
少女は、何故か昔を懐かしむように一瞬遠くのどこかを見て、再び口を開いた。
「うん、でも、私に付き合ってくれたら、絶対お礼をしてあげる。それに、ヒカリなら勝己も覚えてると思うし…」
「……??」
正直、何を言っているか分からない。少女は私のことを知っているような口ぶりだ。しかし私はこの子のことを知らない。自分の記憶にない人に自分のことを知られているのはいささか不気味でもあった。
少女は自分が怪しまれてる事に気づいたのか、慌てて自己紹介を始めた。
「あっ、私、怪しい奴じゃないの!さっき言った通り、天使みたいな仕事をしてて、あなたの魂を運ぶためにここに来たんだけど、あなたの顔を見て私、生前やらなきゃいけないことを思い出して…」
「そうなんだ…あの、名前は?」
「…名前はもうないの」
「え?」
「神の下僕になった時点で、私に名前はないんだ。オツカイとでも呼んでね」
「そうなの……オツカイ」
「はい」
オツカイはニコッと笑った。頬にえくぼが出来る。それを見て、脳裏に一瞬映像が浮かんだような気がした。
(やっぱりこの子、見たことあるような…)
それからオツカイは周りを見渡した。炎は自分の周りでまだメラメラと燃えていた。オツカイは何でもないかのように私に言った。
「勝己も見せてもらわないと分かんないよね、私が神の御遣いだって…この火をなんとかしないと…ちょっと待ってね」
オツカイはゆっくりと手を広げた。すると炎がまるで意思を持っているかのようにじりじりと後退し始めた。熱風がなくなっていく。しばらくすると、私がいる部屋の真ん中には、見えないバリアが貼られているかのように完全に炎が無くなった。外の消防車の音、くすぶっている火の音、自分の息の音さえ聞こえない。ただ耳にはオツカイの声だけが響く。オツカイはいつの間にか、焼けてしまった床に正座していた。彼女の羽がぺたんと垂れる。
「ついてきてくれたら、火傷の傷も治します。このビルには、もうあなたしかいないのも確認しています。両親は救急車で運ばれましたが、命の別状は無いって私が保証します。これが終わったら安らかな死を約束します。…そんな感じの契約内容じゃダメ、かな?」
オツカイは必死に頼み込んでいる。私はぼんやりとオツカイを眺めた。
(どうせ私は死んで、オツカイに連れられて天国に行く…このオツカイの必死なお願い、どうせ人生の最期なら聞いてあげようかな…)
オツカイを見ていると、ちょっとポンコツな感じの妹が出来たような気持ちがする。こんな気持ちは、本当にいつぶりだろう。こんな感じの友達、私にいたような…
思い出せずにモヤモヤしながら、私は一瞬考え込み、頷いた。
「いいよ、その契約?とやら結んであげる」
「ホントですか!ありがとう、勝己…」
オツカイは嬉しそうに笑った。それから、手を組んで立ち膝になる。その姿はまさに神に祈りを捧げる教徒のようだった。呪文のように神言を唱える。
「神よ、今だけ目をおつむり下さい…彼女に、勝己名波に、祝福と試練を」
私はその様子をぼんやりと見ていた。神言を唱え終えたオツカイは、立ち上がってこっちに向かってきた。そしてオツカイは私の前で再び立膝になると、おもむろに私を抱きしめた。羽根が私の周りを包みこむ。
「!?」
「怪我、今治してあげる」
その言葉に、目を閉じた。オツカイはほんのりと温かく、生きてるのかと錯覚してしまうほどだった。改めて自分の身体を見ると、あちこち焼け焦げ、火傷でただれてしまっている。喉が焼けてしまったのか、喉がひたすらに痛い。逆に生きているのが不思議なくらいだ。その不治ともいえる傷が少しずつ癒えていく。オツカイは私を羽根で包んでいる。
(あ…安心する、かも…)
布団のような柔らかさで、羽根は私を包む。私は安心して、されるがままになっていた。
しばらくして、目を開けたその時…その羽根がだんだん小さく、しぼんでいくのが見えた。慌てて私を抱きしめながら祈っていたオツカイを揺さぶる。
「ねえ、オツカイ、羽根…!」
「ああ…うん。大丈夫。契約の代償って考えたら、天国行きの片道切符なんて要らないよ。ねえ勝己…」
「……?」

「勝己は、ひとりじゃないよ……」
「……!!」

不思議だ。ひとりじゃない、なんて気休めの言葉が、こんなにも愛おしいなんて…
オツカイの羽根は、私の身体に吸収されるかのようにどんどんしぼみ、ついには背中の真ん中にほんの少ししか生えてないようになった。
「羽根、大丈夫なの?」
心配になって、ふと聞いた。オツカイは一瞬真顔で考え込み、笑って、
「私には、この羽根を捨てる覚悟がある」
とだけ言った。それから、
「このビルから出よっか。何か、持ってくものはある?」
首をかしげて聞いた。外には、サイレンが鳴り響いている。外側にあった炎の壁は、だんだんと薄れてきていた。
私はその様子を見ながら立ち上がり、スマホをポケットからだして軽く振った。
「これがあるから大丈夫だよ。スマホにお金はチャージしてあるしね」
「へぇ…進んでるね」
「最近は皆、紙幣を持ち歩かないんだよ。オツカイはわかんないかもだけど」
「うん、知らなかった……さあ、行こうか」
「…うん」
その時、オツカイは私の手を取ると、割れた窓に近寄って行った。私の顔に冷や汗が垂れる。まさか…
「ねえ、オツカイ、行くって…どこに…?」
「え?ヒカリのとこだよ!!さあ、掴まって!飛ぶよー!」
オツカイは私の手を取ると、窓から月が満ちた夜空に飛び降りた。
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