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1、御遣い

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─私は渦巻く炎の中に居た。
煉獄のようになった自分の部屋の中で、足りない酸素をかき集めるかのように口を開ける。しかし口に入ってくるのは喉が焼けるような熱だけだった。呼吸も出来ず、焼けてしまった右上腕の痛みで動くこともできずに、私は部屋になすすべなく座り込んでいた。両親を逃がすために自ら倒れる箪笥の下敷きになったのだ。なんとか下から抜けられたが、ダメージは溜まり切っている。もう逃げる体力はない。きっと両親は逃げ切れたはずだ。あとは社会人の姉が何とかするはず。私の姉は年が離れていたこともあって優しくて大好きだった。私を助けようと涙を流していた両親の顔を強引に振り払う。両親を庇ったことに対する後悔は欠片もなかった。でも…
(あー、1人で死ぬんだ、私…)
たったひとつ、それだけが寂しかった。
(大学生活すごく楽しくて、好きだって言ってくれた人もいて、それでいて最期が1人だなんて皮肉だな…)
割れた窓ガラスが床に散らばって、きらきらと光る。綺麗だ、と一瞬思って、手に取った。炎が迫るのも、手が切れるのも構わずに、燃える空に掲げる。
今日は満月だった。焔の中で冷たい光が目を刺す。夜空の中で、月は黄色く大きく瞬いていた。
(今日の月、大きいな…)
煙に目がしみて、ふと涙が零れた。目をつむって乾いた目を潤す。そして目を開いた時…

目の前には、不思議な少女がいた。

二つ結びにした長い黒髪に、頭には光の輪を浮かべている。背中からは純白の羽が生えていた。それはまさしく…
(天使……ああ、これがお迎えってやつ…)
炎は、もうそこまで迫っていた。自分の服がパチパチと燃えているのが分かる。なのに、彼女のクリーム色のポンチョには、すす一つ付かなかった。息ができなくて苦しい気持ちより、この場に相応しくない格好の少女の方が気になって、私は一瞬息をするのを忘れた。部屋には、炎に燃やされた残骸と彼女の羽がひらひらと舞っている。時が止まったように、炎の音が聞こえなくなった。
少女は私をじっと見て、ふと、
「ねえ、お願いがあるの、勝己」
と、私の名前をいきなり呼んだ。
(……この呼び方…この声…どこかで)
私は何故か懐かしくなって、彼女の顔をじっと見た。思い出せないのに、心の奥で自分が懐かしいと叫んでるような気がしたのだ。けれど見れば見るほど彼女の顔は見覚えがないように思えてしまう。
彼女は涙を目に浮かべて微笑んだ。
「勝己、私の願いを聞いてくれないかな」
声が出ずに、首だけで頷いた。これから死ぬ自分に、何を言ってるんだろうと思ったが、彼女の瞳は存外真剣で、いつの間にか頷いてしまっていた。少女はにこりと笑い、
「ありがとう勝己。勝己なら言ってくれるって信じてた。あのね、私と一緒に…」

「私の、ヒカリを探して」
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