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第一章 千の剣帝、ゼロクラスの教師となる
最終話 そして悪意は蠢く
しおりを挟む「………………」
―――ハルトが【極光の彗星研究会】という組織に所属する少女ローリエ・クランベルによるクリスティア第三皇女の勧誘及び殺害を阻止してから一週間の時が過ぎていた。
臨時休校で魔剣学院が休みだったハルトは、自らが過ごしている職員用宿舎にて納得がいかない様な表情をしながらレイアが極東から取り寄せたという緑茶を啜っていた。その瞳は幾分かジトーっとしている。
香りが良く飲みやすいお茶なので大変美味なのだが、それまでぐっすりと昼間まで寝ていたハルトにとってこの状況は完全に想定外。
それは目の前に座る三人の少女が原因だった。
「うーん、私がお土産に持ってきた緑茶にこの”ヨーカン”ってお菓子はぴったり合うわね! クリスティア様は極東の菓子を召し上がったのは初めて?」
「は、はい! 滅多に国外に出ることの無い私の為にお姉様が何度か極東から直接持って来てくださりましたが……、この組み合わせは初めてです! 美味しいです!」
「おーっほほほ! わたくしが持って参りましたお気に入りのヨーカンとレイア様が持って来てくださった緑茶、まさか極東の物で重なるとは思いませんでしたが結果オーライですわぁ!」
「もぐもぐもぐもぐ」
女子会さながらの光景と共に少女の姦しい声が室内に響く。ちゃっかりと魔剣精シャルロットも少女の姿になってヨーカンを頬張っている。
この部屋の主であるハルトを差し置いて、このまま話が進んでいった。
「案外、お二人は趣味趣向が合いそうですね」
「は? 何言ってんの? 言っておくけど、クリスティア様とはいえ戯れも過ぎると容赦しないわよ? そんなこと言うならクラリス今度こそ返して貰おうかしら?」
「まぁ、さすがクリスティア様のご慧眼ですわぁ! わたくしもかねがねレイア様とは、好みに関してのお話が合うのではないかと思っていたんですの! パーティでは中々お話しする機会が巡ってこなくて、いつも残念に思っていましたが是非ともこれを機に! さぁ、さぁ!」
「ち、ちょっ!? そんなキラキラ目を輝かせた犬みたいにこっちくんな!? って、ていうかアンタそんなキャラだっけ!?」
「……つーか、なんでお前らがここにいるわけ?」
やっとのこと声を出したハルトはややげんなりしていた。それもその筈、ここしばらく学院長であるルーメリアに指示されて損傷した学院内全域の清掃や瓦礫の撤去作業を行なっていたのだ。しかもたった一人で。
休日でゆっくり休めると思っていたらこんな騒ぎである。
何故一人で撤去作業を行なう羽目になったのかと言うと、どうやら学院の教師が全生徒の避難誘導を行なっていたのにハルトの姿を見掛けなかった、ということが緊急で開いた学院会議内で多くの教師から声が上がったのだ。
因みにその時ハルトは帝国軍本部に用事があったので参加していない。
今回の出来事は学院内では『テロリストの襲撃』ということになっていた。そんな緊急事態にハルトは何をしていたのかということや、挙句の果てにはテロリストの襲撃、もしくはテロリストの手引きにハルトが関わっているのではないかということが取り上げられたのだ。
学院長はそんな心ない一部教師の声を『ハルト・クレイドル先生は今回の襲撃事件に一切関わっていないと私、ルーメリア・クリストロンが保証します。これは、レーヴァテイン帝国三大公爵家である『天』を司るクリストロン公爵家としての言葉です。彼にはテロリストへの対処、及び沈静化を私自ら直々にお願いしました。緊急事態でしたし、何よりこの魔剣学院の教師の中では彼が一番戦闘能力が高かったので』と凍えるような笑みで声をあげて、貴族である教師らのプライド諸共を一刀両断した。
しかし、ルーメリアが本来皇族にまで影響を与えるという公爵家としての立場を持ち出した以上誰もその言葉を疑う者はいなかったのだが、火急の事態とはいえ学院長であるルーメリアが他の教師の意見を無視して独断で決定したのも確か。
なのでその責任を取り、損傷した学舎内の修繕費用はルーメリアが一部負担、ハルトが単独で学院内の清掃や瓦礫の撤去作業を行なうということで丸く収まったのだった。
レイアはハルトの言葉に眉を顰める。
「なんでってバカハルト、今回の件についてどうなったのか知りたくないの? それを伝えに来たんだけど」
「それ今じゃなきゃダメ? 俺、ここ最近動きっぱなしですっごい疲れてるんだけど。すっごい眠いんだけど?」
「そんなの知らないわよ。伝え終わったらゆっくり寝かしてあげるわ」
「相変わらず横暴だな……。それで? お前らは?」
「は、はい! リーゼが用事で出掛けていて、今日は何をしようかと困っていたところ、レイア様に誘われてご一緒にお邪魔させていただきました。一応私、無関係ではないので……。あはは……」
「わたくしもクリスティア様と同じですの!」
「そっかー……。確かにここ防音になっているから、誰にも聞かれたくない話をするときには最適だもんなー……。それで? あのあとどうなった?」
ハルトがレイアに話を促すと、正座で緑茶を啜っていた彼女はぴんと姿勢を正したまま語り出した。
「ローリエ・クランベルを帝国軍に連行後、彼女は素直に取り調べに応じているわ。今回のクリスティア・ヴァン・レーヴァテイン第三皇女殿下を狙った襲撃の件は、ローリエ・クランベルが所属する【極光の彗星研究会】という福音保持者が集う組織により命じられたものだった。外部には『影』と呼ばれる協力者が古くから大量に存在していて、世界中に散らばって普段通り生活しているらしい。ハルトが闘技アリーナで戦ったっていうのは、帝国に潜む『影』の一人らしいわよ」
「ふーん、つまり水面下であちこちに根を伸ばしていた影響力のある組織ってことか。で、その【極光の彗星研究会】の目的っていうのは……」
「当時、旧神時代の地上を支配しようとした悪神アスタロトの復活。その為にクリスティア様含める福音保持者が必要らしいわ。その手段や方法はいまだ不明だけどね」
「? ローリエが素直に供述に応じているんだったら話せるんじゃないのか? どうしてわからないんだ?」
「どうやら話せないみたいなのよ。『察して欲しい』の一点張り。……ま、だいたい予想は付くけど」
「……なるほど、話さないんじゃなくて話せないのか」
「えぇ、大方福音絡みでしょうね。ローリエが他の福音保持者から制限を掛けられているか、それとも覗かれているか」
レイアがそう述べたのち、部屋には静けさが支配する。
思いのほか、組織にローリエが束縛されているという事実に重苦しい雰囲気が漂うが、再びレイアの声が沈黙を断ち切った。
「ま、ローリエから判明している情報はこれくらいね。他にも彼女の口から『天司』、『ラッパの祝福』、『天の流星』っていう、福音に関する気になる言葉が出たけど……今後近いうちに、これらの情報をもとに調査部隊が編成されるでしょうね」
「つまり、まず最初に福音という能力に関する調査を行い、そしていずれはこの世界に存在する福音保持者の捜索・保護がメインになるってわけだな。……一応聞くが、俺はこのまま教師を続けていても良いのか?」
「当たり前じゃない。この国の第三皇女が未知の力である福音保持者なのよ? 今後、またクリスティア様が狙われる可能性が無いとは言い切れない。……ハルト、貴方は帝国最強の魔剣使いなの。何があっても絶対に彼女を守り抜きなさい」
「あぁ、了解した。―――クリスも、またよろしくな?」
「はい! こちらこそ、魔剣使いとしてご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します! ハルト先生!!」
クリスティアの元気良い声に場の雰囲気が和む。これからも彼女の成長を見届けることが出来るというだけあって、ハルトの心中もとても穏やかだった。
改めてクリスティアを守る覚悟を決め、ゼロクラスの全員を強く導こうと決意するハルトだったが、そんな中一つの手が上がる。
「あの、一つだけよろしいです?」
「ん、どうしたリーリア」
「……”福音”とはいったいなんですの?」
ライトクリーンの巻き髪を揺らしながらこてんと首を傾げるリーリアを見て、顔を見合わせるハルトとクリスティアとレイア。
そういえばリーリアはハウンドウルフと戦ったのみで、こちらの事情は何も知らなかったのだ。とはいえ、既に片足を突っ込んでいる状態なのでもう関係者に等しい。
ハルトはふっと口角を上げると、リーリアを見つめた。
「―――じゃ、俺がどうしてこの学院に来る事になったのか。その経緯を話そうか」
そうして、ハルトはこれまでのことを話し始めた。
―――時は、ローリエとの決着後にまで遡る。光が閉ざされたとある教会の最奥では、一人の女性が透明な水晶を覗き込んでいた。
「―――そう、ですか。あの子は、使命を果たせませんでしたか……」
漆黒のヴェールで顔を隠し、刺繍が施された黒いドレスを身に纏っている女性がそのように呟く。彼女は静かに一筋の涙を流しながら、戦いの光景を映していた水晶からそっと目を離した。
その女性の表情は窺えないが、うっすらと見える輪郭は端正。そして背筋を伸ばした姿からは、耽美とも優雅とも形容できない、この女性が醸し出す彼女特有の美しさや高貴さが伺えた。
女性の美しい唇からは続けて言葉が紡がれる。
「善と悪。光と闇。破壊と再生。どちらが欠けても成り立たない、この世界を構築する重要な歯車。輪廻は巡り、再びこの世に破壊という名の恵みを齎さん。あぁ、どうか。どうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうか―――」
祈る。祈る。祈る。清廉で敬虔な信徒のように、女性は咽喉を震わせながら祈る。その視線の先には、巨大な神を象った石像が鎮座していた。
その神の名は―――、
「美神アスタロト様。我らを極光へと御導き下さい―――!」
【極光の彗星研究会】の創設者である彼女は、オルガンの音色を想起させる綺麗な声で言葉を奏でた。
―――迫り来る脅威は、再び足音を忍ばせて襲い掛かろうとしていた。ハルトたちは、これからも未だ見えざる敵に立ち向かっていく。
fin.
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