33 / 36
第一章 千の剣帝、ゼロクラスの教師となる
第33話 戦いの舞台は整った
しおりを挟む「ハルっちがここに来たってことは、アイツは死んじゃったか。……チッ、時間稼ぎにもならない」
「いやいや、あのじーさんは俺相手によく粘った方だと思うぜ? 『影』としてのプライドだとか誇りだか知らんが、最期はせめてもの抵抗で周囲を巻き込んで自爆しようとしたからな」
「そ、それじゃあハルト先生、その人は……っ」
「あぁクリス、無事でよかった。そこのお前らも。……死んじゃいねぇよ。あのじーさん……花屋の店主に擬態した暗殺者は、自爆を阻止して気絶させて捕縛した」
「そう、ですか。やはりあのときの御老人が、そうだったのですね……」
「それよりも―――強くなったな、クリス」
「…………っ」
そう言ってクリスティアを一瞥しながら笑みを浮かべたハルトは、少女たちを守るように無数のローリエと向かい合う。
ハルトの言葉に思わず涙がこぼれそうになったクリスティアだったが、堪えるように唇を噛みしめながらその頼もしい背中をじっと見つめた。
その青年は皺だらけの白いワイシャツにネクタイ、黒いズボンを履いたこれといって何も特徴がないだらしない服装をしている。
濡羽色の色彩を持つ黒髪に切れ長な碧眼、中肉中背で整った凛々しい顔立ちをしている彼。残念ながら、今まではそれらのだらしない容姿、へらへらとした表情をしていたせいで彼の良さは相殺されていた。しかし……、
「ハルト先生」
「んー、どうしたクリス」
「やっぱり、貴方に出逢えて良かったです」
認められる為に強さを求めていたクリスティアにとって外見など関係ない。以前まで彼女の中にあったのは、ハルトの強さに対する強い憧れや羨望だ。
しかしハルトから事情を打ち明けられたあの日、クリスティアは事実を知ったのだ。
第三皇女である自分を悪意から守る任務を受けたこと。魔剣精クラリスのこと。そして、ハルトがとある二つ名を持った魔剣使いであるということ。
思わずクリスティアは手で胸を押さえる。
(ハルト先生、私は……っ!!)
この胸の内に湧き上がるどくどくとした熱量を含む高揚感。それはハルトがこの場所に登場してからというもの収まる気配は一向にない。
クリスティアはその身に迸る熱い感情の正体を理解していた。大いなる力を秘めるハルトに対する期待感。これまで自身の成長を側で見守ってくれていた安堵感。ハルトならば必ずどんな悪意からでもこれから自分を守ってくれるという安心感。そしてもう一つは―――彼の頼もしげな姿を見てときめいた、クリスティアがようやく自覚した恋心だ。初めて恋を抱いた……つまり、初恋。
それらの強い感情が積み重なり、芯火となってクリスティアの内で燃え盛る。
(私は、貴方に追い付きたい……! だから……っ!)
クリスティアは改めて覚悟を決めると、やがて言葉を紡いだ。
「ハルト先生、私も一緒に戦います。今までのような、守られるだけのお姫様ではいられません!」
「―――。おう、それじゃあ俺について来いよ。クリス」
自信に満ち溢れた第三皇女の言葉に虚を突かれたように目を丸くするハルトだったが、フッと表情を緩める。そうして横に並び立ったクリスティアを横目で見ていると、今まで黙っていたローリエが憎々しげに口を開いた。
「あのさぁ、ウチを差し置いてごちゃごちゃ会話してんじゃねーよ……ッ! まさかウチの福音の能力があの程度だって思ってるのかなぁ! だとしたらまったくもってイカンなんだけどッ!!」
「うおっ!」
「きゃっ!!」
しゃがみ込んだ複数のローリエが地面に手を置いた途端、突如ハルトとクリスティアの周囲を巻き込むように地面の草が増殖。完全に不意を突かれたハルトたちは驚愕の表情を浮かべたまま腕や胴体、足といった部位に増殖した草木が何重にも絡まる。その結果、ハルトたちは身動きが取れなくなった。
そんな姿を見たローリエは嘲笑うようにして口角を上げた。
「ハッ、油断してるからこういうことになるんだよ、マ・ヌ・ケ♥」
「ローリエ、その言葉そっくりそのまま返すぞ」
「……あ?」
「―――はぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
ローリエが訝しげにぽつりと声をあげた瞬間、それは起こった。
凛とした声と共に轟っ!と灼熱の熱風が二人の頬を撫でる。ハルトとクリスティアに頑丈に絡まり、増殖していたとはいえただの雑草。ある少女によって放たれた業火の熱で一瞬にて枯れ果てるとその身は自由になった。
それは剣技能なのだろう。気が付けば、ハルトたちと無数のローリエを遮るように炎の壁が轟々と燃え盛ってる。
すたっ、とハルトらの背後に着地したその少女らの内一人は、飽きれた様に腰に手を当てながらハルトを睨み付けた。
「ちょっとバカハルト。あんな草程度の妨害ならアンタでもなんとかできたんじゃないの? あんまり私の手を煩わせないでよ」
「お前の魔力が近づいているのがわかったからな。助けられるお姫様気分を味わおうかと」
「……はん、だから何も抵抗しなかったってワケ? 私これでもアンタの上司よ? 上司を使うなんていい度胸―――」
「ありがとな、レイ。助かった」
「………………うん」
棘のある口調だったレイアだが、ハルトが微笑みながら彼女の頭をポンポンと撫でると消え入るような声で顔を真っ赤にして俯いた。
その光景を目にしたクリスティアは思わず目を丸くする。何度か言葉を交わした程度だが、その身に激情を秘めるレイアがハルトに頭を撫でられただけでまるで猫のように大人しくなったのだ。
む、と二人のその姿に心の隅でモヤっとするクリスティア。
それに気が付かないハルトはされるがままの彼女と、すぐ近くにいるライトグリーンの巻き髪を持つ少女に目を向けた。
「リーリアも無事だったんだな。良かった、怪我とかしてねぇか?」
「……ふん、このスケコマシ教師」
「ひっど!? はぁ……、まぁそんな口を聞けるだけ元気ってことだよな。そんじゃレイ、リーリア。あの逃げ遅れたっぽい生徒二人を頼むわ。俺とクリスはアイツの相手をしなくちゃいけないからな」
「手助け……は必要ありませんわね」
「あぁ。これでも俺はゼロクラスの担任だし、生徒の不始末は教師がつけるもんだろ? クラスメイトであるクリスも無関係じゃないしな」
「……はい、ハルト先生の言う通りです。私も、この子と一緒に最後まで戦います」
クリスティアは右手に持つ魔剣精クラリスをぎゅっと握り締めると、呼応するかのように刃には朱い焔が迸る。
レイアは魔剣精クラリスの刃が鞘から抜かれている事実に今気が付いたのだろう。そんな在りし日の懐かしい光景を見た彼女は瞳を見開くが一瞬だけ泣きそうな顔になると目を伏せた。
ハルトはレイアの思いを知っている。慈しむように頭を撫でると、力無く目を細めた。
だがレイアはすぐさま気丈な表情になると、自らの頭を撫でるハルトの手をパシッと弾く。そのままキッとクリスティアへ鋭い視線を向けて口を開いた。
「……うまく」
「え……?」
「うまく使いなさいよ、クリスティア皇女殿下。魔剣精クラリスはミリア姉様の最っ高の剣なんだから、ヘタに扱ったら承知しない」
「は、はい! 分かりました!」
「それとバカハルト」
「ん、なんだ?」
「ローリエ・クランベルには聞きたいことが山ほどある。よって、彼女の身柄を確保したのち帝国軍に連行するわ。その為の手段は是非を問わない。―――言いたいことは分かるわね、ハルト」
「あぁ、了解」
レイアはハルトを見つめ静かに頷くと、リーリアと逃げ遅れた二人の生徒を連れて走り去る。やがて遠くに離れた少女らの背中を見遣ったハルトとクリスティアは、背後へと視線を向けた。
そこでレイアの放った剣技能の効果がちょうど良く切れたのだろう、炎の壁は消滅し、その中心には地面の草が焦げて土色の地面が剥き出しになっている。
それはまるでハルトとクリスティア、ローリエの立場を示す境界線のよう。
「………………」
ハルトらが見据えるその先には、ハルトたちを殺意の籠った瞳で鋭く睨み付けるピンク髪の少女が静かに佇んでいた。剥きだしていた慢心や驕りの一切を排し、冷酷な殺意の気配のみを内包しているローリエが。
やがてゆっくりと口を開くと、氷のような冷たい声で告げた。
「もう絶対に油断なんかしない。だから―――本気で殺るね」
「絶対に負けません……!」
「おーおー怖い怖い。……ま、仕方ねぇ。―――俺の全力、見せてやるよ」
―――舞台は見事整った。立場が異なる魔剣使いたちは覚悟や思いを胸に秘めて真剣な戦いに挑む。
こうして、最終決戦の幕が切って落とされた。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~
椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。
しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。
タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。
数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。
すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう!
手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。
そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。
無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。
和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる