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第一章 千の剣帝、ゼロクラスの教師となる
第31話 魔剣精クラリス、覚醒
しおりを挟むいつの間にか、クリスティアは真っ暗な空間に一人佇んでいた。きょろきょろと周囲を見渡すが、そこは何もない、音すらも無い不思議な場所だった。
「え……っ、こ、ここは……?」
『やぁ、初めまして第三皇女。僕はクラリス。ミリア・ヴァーミリオンの契約魔剣精、魔剣精クラリスだ。キミのことはずっとこの場所から見ていたよ』
気が付けばクリスティアの眼前には、真っ赤に燃えるような長髪を持つ少女が腰に手を当てながら立っていた。
彼女が身に纏うのはハルトが持つ魔剣精シャルロットのひらひらとした巫女服に近い。その声はやや低く、表情はとても穏やかで、クリスティアを見つめる瞳はとても柔らかかった。
クリスティアは突然出現したクラリスと名乗る少女を見ると、肩を跳ね上げながら驚く。
「ひゃあっ!? あ、貴方が魔剣精クラリスなのですか……!? あっ、は、初めまして? 私はクリスティア・ヴァン・レーヴァテイン……レーヴァテインの第三皇女です!」
『ふふっ、礼儀正しいね。やはり見た通り純真な心を持つ子だ。ハルトがキミに必要以上に目を掛ける理由がとても良く分かる。……さ、時間が無い。手短にいこう』
クラリスは真剣な瞳でクリスティアを見つめ返した。
『僕は前の戦い以降、消失した契約者と共に『呪い』に近い傷を負ってしまってね。未だ一割にも満たない力しか回復していないんだ。だから僕は剣どころか魔剣精としての能力や権能を自ら強引に封印して自己修復に努めた。そうしてキミの魔力も少々拝借させて貰い、ようやくキミと話せるまで回復出来たんだよ。感謝する』
「い、いえ、どういたしまして。でも『呪い』に近い傷だなんて、そんな事情があったんですね……。あれ、でもハルトさんが何度も魔力を流して貴方を抜こうと試したって……?」
『あぁ、気持ちは嬉しかったがそれじゃあ意味が無いんだ。……まぁそれはいずれ話そう。本題はここからだ。僕の魔剣精としての権能はまだ解放できないが、鞘から剣を抜けるように一部封印を解除したよ。あのままじゃキミ、今襲い掛かっている小さい女の子に殺されてしまうだろう?』
「そういえば、現実では今どうなって……!?」
この状況が衝撃的過ぎて忘れていたのだろう、思い出したクリスティアは慌てる。それを見たクラリスはくすりと口元を綻ばせた。
『安心して、ここは僕の世界だ。僕らの会話は現実の概念に捉われない。表の世界では危機的状況であることは変わらないが、冷静になれる分ここは良い場所だろう?』
「は、はぁ……」
『さぁ、もう時間だ。あとはキミの福音とやらの力でどうにかしてくれ。キミと僕の縁は繋がった。それを使えば僕が封印している権能を引き出せずとも、僕の記憶にあるミリアの剣技能や剣技を十全に使用できるだろう』
「なっ、私の身体がどんどん透けていって……!? 待って、まだ話したいことが……っ!」
『せいぜい僕を上手く使ってくれ。あぁ、最後に一つ。―――キミのじゃない力に呑み込まれないようにね』
「まっ……!」
身体が次第に薄れていくクリスティアが最後に見たのは、儚げに微笑む少女の姿だった。
―――――――――。
――――――。
―――。
「っは……!」
短く息を吐くのも束の間、クリスティアの目の前に迫るのは殺意を撒き散らすピンク髪の少女だった。
「ばいばい、クリっち―――!」
腕をしならせながら跳び掛かるローリエはクリスティアの首目掛けて凶刃を振り落とす。空気を裂きながら刃が届くのも時間の問題。このままでは呆気なく皇女の生命が刈り取られてしまうだろう。
そう、このままだったのなら。
クリスティアは柄に部分に力を入れると、それを一気に引き抜いた。
「はぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
「なっ―――、ったぁ……ッ!!」
紫電一閃。ガキンッ!!と剣同士がぶつかり合った衝撃がビリビリと掌に伝わるが、僅かに肉を斬った感触も伝わった。
瞬時に距離を空けることを判断し、背後へ跳んだローリエはよろけながらも着地。どうやらローリエは完全に防ぐこと出来なかったのか、左肩を手で押さえていた。クリスティアが注視すると、その部分からはどくどくと血が流れている。
苦悶の表情を浮かべるローリエ。剣を抜いたクリスティアを睨み付けながら彼女は吐き出すように口を開いた。
「今まで剣を抜けなかったのにどうして……ッ! クリっち、もしかしてずっとウチらに隠してたの……ッ!?」
「いえ、正真正銘この魔剣精クラリスを抜けたのは初めてです。……この子が、私に力を貸してくれました」
「そんな、奇跡みたいな都合の良いコト……っ!」
「……そうですね。しかし、これが現実です。―――参ります」
「チィ……! クリっちのクセに、舐めんなっ!!」
襲い掛かるローリエを見据えながらクリスティアは待ち受ける。剣を抜けたとはいえ、状況は好転したとはいえない。緊張しているのか、クリスティアの表情は固いままだった。
彼女は剣先を下に向けたまま手傷を負ったローリエを観察するように射抜くが、ローリエは結んだピンク髪を揺らしながらそんなことは関係なしにと再び魔剣ジェミニを振りかぶる。
それを見据えるクリスティアの瞳には、闘志が宿っていた。
「クラリス、応えて」
「なっ、手応えが無い!? ど、どこに……ッ!!」
「―――ここです!」
ローリエが双剣を振り落とすと同時に、クリスティアの姿が蜃気楼のようにゆらりと歪む。そう認識した次の瞬間、彼女の背後から静かに声が聞こえた。振り抜くことなく咄嗟に横へ転がりながら回避すると、突如熱波が襲い掛かる。クリスティアがそのまま轟ッッ!!と剣を振ったのだ。
ローリエは顔を腕で覆い隠しながら慌ててその熱波の原因へ鋭く視線を向けると、金髪の長髪を揺らしたクリスティアがそこに立っていた。
魔剣精クラリスの刃が、朱い焔の奔流に包まれている状態で。
そうして、彼女は静かに口を開く。
「―――剣技能、陽炎ノ幻影。空間を熱で歪めて自分の姿をそこにある存在として錯覚させる剣技能です」
「チッ、なんで……!? 今までクリっちが福音を行使する為には時間が掛かっていたのに!」
「クラリスが、私の想いに応えてくれたんです。だからこそ、私の福音が届きやすくなった」
「ふ、ふん! 福音で剣技能を使えるからってクリっちの剣技練度が上がったワケじゃない! ウチの方が速いんだからぁっ!!」
そう吠えたローリエが姿勢を低くして駆け出す。そのままクリスティアの首を刎ねるべく二振りの魔剣を交差させながら跳び掛かるが、それが叶うことは無かった。
「無駄です……っ!」
「がは……ッ!!」
クリスティアは魔剣精クラリスの刃を自らに襲い掛かる魔剣ジェミニの間に差し込むと、片方の剣を弾きつつ彼女が魔剣に込める力の均衡を崩す。不意に空中で身体の重心を失ったローリエに対し、クリスティアはそのまま半回転気味に身体を捩って剣の表面で彼女の横腹を殴りつけた。
今までのクリスティアではありえないような洗練された的確な動き。
そのまま勢いよく吹き飛ばされたローリエ。何とか受け身をとりながら地面を転がったローリエは激しくせき込みながらも起き上がって困惑するように言葉を紡いだ。
「げほっ、ごほぉ……っ! ど、どうして……っ!? クリっちの身体能力や拙い剣技でウチの速度に追い付けるワケが無いっ!! もしかして、それも……っ!!」
「はい、私の福音……【再現】でこの子の記憶にある契約者の方の剣技を模倣しました」
そう言ってクリスティアは脳裏で魔剣精クラリスと会話したことを思い出す。
(クラリスは私と縁が繋がったと言っていた。最初はどういうことか分からなかったけど、今ではしっかりとそれがどういうことか理解出来る……!)
右手にしっかりと握った魔剣精クラリスからは、それを主張するように猛々しい熱が流れ込む。
クラリスから伝わる、激しくも慈しみに満ちたその感覚にクリスティアは思わず笑みが零れた。
―――魔剣精クラリスはあの世界で、本来の契約者であるミリア・レーヴァテインの剣技能や剣技を十全に使用できるとクリスティアに告げた。
実際にその通りで、今まで剣技能を発動する為に心からクラリスに願うという過程が必要だったのだが、その工程を無視して魔剣精クラリスの深層意識に記憶されたミリア・ヴァーミリオンが扱う剣技能を容易に、スムーズに再現出来るようになったのだ。それも、これまでのように暴走させること無く。
それ以外にも、クリスティアは魔剣精クラリスに記憶されたミリア・ヴァーミリオンの剣技を模倣できるようになっていた。自らのこれから行う身体の動きや力の方向性を意識せずとも、相手を見据えれば敵を攻撃する手段や迎撃する方法が自然と脳裏に浮かぶのだ。紅蓮の炎華姫と呼ばれた才女、剣技練度100パーセントの魔剣使いの卓越した剣技を。
これも自らの福音である【再現】の能力なのかと自覚すると同時に魔剣精クラリスが施した恩恵なのだろうと思考するクリスティア。
未だ緊迫した状況は続く。しかしローリエを見つめる彼女の身体には自信と力が漲っていた。
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