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第一章 千の剣帝、ゼロクラスの教師となる
第21話 クリスティア第三皇女の力
しおりを挟む「あ~くったびれた~~。授業の準備に資料整理、テストの採点に個人の能力値チェックとか……。教師としての仕事に慣れたとはいえ、だいぶハードなのは変わりねーなぁ……」
ふぁ~あ、と欠伸をしながらハルトは魔剣学院の廊下を歩いていた。
ふと窓から見える空を見上げる。ちょうど茜色と紺碧の二つの層が空で重なり合っていて、見事なグラデーションが窓越しに映っていた。
現在は夕暮れの放課後。ハルトはゼロクラスの少女たちに関する進捗状況を、学院長であるルーメリアに報告した後、彼女からは帝国で開発したばかりのとある魔具を手渡されたのだった。
「ん、あれは……」
そのまま職員用宿舎へと帰ろうとしていると、なにやら木々の間で銀色に光る輝きがあることに気が付くハルト。
学院から出て、その銀色の輝きが見えた裏庭へと向かう。すると、
「ふっ……! ふっ……! ふっ……!」
「クリス……? こんな時間にも素振りしてんのか……?」
そこにはゼロクラスに在籍する皇族の少女クリスティアがいた。彼女は一心不乱に模擬剣を振って素振りしている。
どうやらハルトが廊下で視えた銀色の輝きは、クリスティアが剣を振っていたのが原因だったみたいだ。
ハルトが声を掛けようと足を前に踏み出すが、足元でパキリと音が鳴った。その音の発生源は地面に落ちていた小さな木の枝。
素振りに集中していたとはいえ周りは薄暗いので警戒していたのか、クリスティアは慌てたように声を出す。
「だ、誰ですか!?」
「よっ、俺だよ俺俺! 生徒から愛され系教師のハルトだよ! 驚かせてごめんな?」
「ハ、ハルト先生でしたか。いえ、大丈夫です……。でも、どうしてこんなところへ?」
「廊下を歩いてたら不自然な光が見えてな。気になって来てみたら、そこには我がゼロクラス一番の努力家なクリスがいたってワケだ」
「そうでしたか……。も、もしかして迷惑だったりするのでしょうか。だとすれば別の場所で鍛錬をしますが……?」
「いんや、別にここで素振りしてても迷惑にはならないだろ」
「よかった……」
ほっとしたようにクリスティアは息を吐く。僅かに上気した肌、うっすらと額に浮かぶ汗。
おそらくこの場所で素振りを開始してからあまり間も経ってはいないのだろう。
ハルトはクリスティアに訊きたい事があった。
「……ちょうどいいか。なぁクリス」
「? はい、なんでしょうか?」
「ちょっとこれから―――二者面談、しようぜ?」
「は、はぁ……。わかりました……?」
クリスティアはハルトの唐突な提案に対し、こてんと首を傾げながらも了承した。
「お、お邪魔します……!」
「おー、ちょっと狭いけど我慢してくれよなー? 今お茶出すから座って待っててー」
「あっ、全然大丈夫です! お気になさらず!!」
そう言ってクリスティアは恐る恐るイグサで編まれたタタミに正座で座る。初めて異性の部屋に来たのだろう、その顔は少しだけ赤い。
ハルトがクリスティアと二者面談する為に設けた場所は、ハルトが利用している職員用宿舎だった。
既にエイミーに頼んで、学院寮には連絡済みである。
学院の敷地からは離れていて、だいぶこじんまりとした木造建てなのだが、電気水道ガスといったライフラインやバスルームなど結構しっかりと内装が整っている。
まだ数週間過ごした程度だが、ハルトはかつて帝国軍で利用していた宿舎よりは遥かに快適に感じていた。
ルーメリアにここに案内されたときに帝国軍と魔剣学院では如実に待遇が違うことを実感したのが懐かしい。
やがてハルトがティーカップに紅茶を淹れ、それをクリスティアの前のテーブルに置くと正面に座った。
「粗茶ですがどうぞー」
「い、いただきます! ふぅ、美味しいです……!」
「そっか、なら良かった」
緊張が和らいだように表情を緩ませるクリスティア。その様子はとても歳相応な、少しだけフラットな状態になったような気がした。
クリスティアは手に持ったカップをテーブルに置く。そして静寂。
しばらくしてその沈黙を破ったのはハルトだった。
「単刀直入に言うぞ、クリス。お前はどうして強くなりたいんだ?」
「……それは、この前ハルト先生がおっしゃっていた”魔剣使いとしての覚悟”のお話と関係があるのでしょうか?」
「関係が無いとは言わない。でも、どうしてクリスは俺に言われたことを不満も無く愚直に従うのかが気になってな。なんとなく、そこがクリスの本質に繋がるような気がした」
「…………」
「普通なら戸惑うだろ。他の奴らは剣技能を使えて、その上少しずつ精度が上がっているのにどうして自分だけ素振りを指示されたのかってさ。でも、クリスは今まで文句ひとつ言わずに続けた。それで強くなれる確証なんざ一切ないのに」
「…………それは」
クリスティアは間を一拍空けると、意を決したかのようにハルトを紅い目で射抜く。そこにいるのはただ力の無い少女ではない。瞳の奥に凛とした苛烈さを兼ね備えた、一人の皇女の姿だった。
そして彼女はゆっくりと口を開く。
「―――ハルト・クレイドル様。誰よりも強いであろう貴方に逢えたからです」
「俺に……?」
「……私は、ハルト様が知っての通り学院中から『無能皇女』と呼ばれています。生まれたときから剣技練度は低く、剣技能は全く使えない。……それは、今も変わりません」
「…………」
「お父様とお姉様がた……現皇帝と第一皇女、第二皇女はそんな私を幼少期から大変可愛がってくれました。剣技練度が低く、魔獣という脅威に立ち向かう力や能力が無くとも、”私の心の在り方”が大事なんだって……、そう教えてくれました」
「……良い家族だな」
「……はい。それからというもの、一層の努力を重ねました。座学に帝王学、皇族としてのマナーや一般教養など。例え剣技練度が元から低く、普通の簡単な剣技能すら使用する事が出来ずとも、私が諦めない限り、いつかきっと誰かに認めて貰えるって、あの頃はそう信じていたんです。……けど、周りは違いました」
クリスティアの視線は、手元に置かれている紅茶へと注がれていた。まるで自分自身を見つめ直すように。
「一部の平民や貴族、お父様の側近や侍女は私のことをいつからか蔑んだような目で見るようになりました。……いえ、もしかしたら私に力が無いと分かったときからそうだったのかもしれません。もちろん民の中には親切にしてくださった方々もいらっしゃいましたが、それ以外の者は陰で私のことを『出来損ない』と呼ぶようになりました」
「……ひっでぇな」
「でも、決して辛くはありませんでした。力の有無関係なしに、私を見てくれる人がいるということを知っていたから。……一番私が辛いのは、私を信じてくれた人の期待に応えられないことでした」
ハルトはレイアに渡された彼女に関する資料の内容を思い出す。
クリスティアは剣技練度が低いという劣等感ゆえ、人一倍他人の感情に敏感だということ。
悩んだだろう。苦しかっただろう。皇族という立場とはいえ、こんな小さな少女の肩に皇女として”強くあれ”と少なくない期待や重責がのしかかっていたのだろうから。
「それで私はこのレーヴァテイン魔剣学院へ入学することを決めました。今まで私を蔑み疎んできた者を見返す為に、こんな私でも力を手にすることが出来ると証明する為に。……ふふっ、結局は今も昔と変わらないままですが」
「ま、『無能皇女』なんていう隠語で呼ばれてるくらいだ。もし強さがあったら、確かにうっかり殺してしまうかもって言ってもおかしくはないわなー?」
「……今思えば、あれは私の心の奥底に仕舞っていた本心なのかもしれません。見ようともしなかった、力が無くて何度も何度も歯痒い思いをした、小さくて臆病な私が一生懸命背伸びして叫んだ姿」
「…………なるほどな」
まだ知り合って数週間程度だが、普段のクリスティアはとても温厚で皇女であるにもかかわらず誰に対しても心優しい少女だ。
そんな彼女がカフェテリアであのように呟いた時はその場にいた全員が驚愕していたが、彼女から話を聞いてハルトは得心する。
―――やはりこの少女はとても優しい子だ、と。
「でもクリスはそうはしなかった。―――剣技能を発動出来る術がある筈なのに、な」
「リーリアさんと戦った時のこと、ですね……。ハルトさんには、お話しします」
彼女は言葉を区切ると、次のように言葉を紡いだ。
「―――私には、魔剣に秘められた能力を『覚醒』させる力があります」
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