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第一章 千の剣帝、ゼロクラスの教師となる
第19話 教師として
しおりを挟む闘技アリーナには少女たちの掛け声と足音が激しく響き渡っていた。
魔獣質量再現装置で出現させた三体の自動戦闘人形で訓練している三人の様子をじっと見ていたハルトは、どこか覇気のない声を出しながら言葉を紡いだ。
「カナエ、肩肘張らずにもっとリラックスしろ。基本剣技能である『パリィ』ってーのは、つまるところ魔力を纏わせた剣でのカウンター技だ。自動戦闘人形が繰り出す一つ一つの攻撃を見極めて衝撃を受け流しつつ、その衝撃を蓄積させながら隙あらば反撃するんだ」
「ふっ、くぅっ……! 魔力が少ないっ、我に対して、いささか難しい注文だなっ!」
「カナエは剣技だけでいえばこのクラスの中で一番だ。あとはどのタイミングで効率よく魔力を使うのかっていう判断力だけ。よーく考えろー」
ハルトがカナエに提案した剣技能は『パリィ』だった。
魔剣ヤタガラスという帝国では珍しいカタナ型の剣を扱うカナエはこのクラスでは随一の剣技力を誇るが、魔力がほんの僅かしか存在しない。
ハルトはその点を考慮し、僅かな消費魔力で発動出来る剣技能『パリィ』を上手く活用しながら立ち回る戦闘スタイルを確立して貰う予定だった。
「『スラッシュ』!『スラッシュ』!『スラッシュ』!『スラッシュ』!『スラッシュ』ッッッ!!!」
「……おいミヤビ。そんながむしゃらに剣を振っても魔力の無駄だし当たるもんも当たんねーぞー。もっと自動戦闘人形の動きを躱しつつ観察しろ。極限まで感覚を研ぎ澄ませて、剣を振る軌道が自分の意識と重なった瞬間を見逃すな。ここだ!って思ったタイミングで剣技能を叩きこむんだぞー」
「か、感覚!? 意識!? えーっと集中、集中……ってあぁもう! 攻撃される、瀬戸際でぇっ! そんなこと考える余裕なんて、あるワケないじゃない!?」
「慣れだ慣れ。ミヤビは魔力も剣技も平均的だが、この剣技能をものにすれば、きっと自分だけの強力な手札を手にすることが出来る。”継続は力なり”だ」
ミヤビに提案した剣技能は『スラッシュ』。文字通り剣を振るうことにより攻撃になる『斬撃』のことだ。
彼女は濡羽色のような真っ黒な刀身が特徴的な上位ランク魔剣グラムを扱う。しかし平凡・平均・普通を地でいくミヤビはそれこそ様々な剣技能を発動することは可能だが、器用貧乏であるため確固たる強力な攻撃手段が無い。
だからこそ、ハルトはミヤビに『スラッシュ』という基本剣技能一点にのみに集中して極めて貰うことにした。
その剣技能の可能性は無限大であるということを、誰よりもハルトが知っていたから。
「ふっ、ふっ、ふ……っ!! あ~もう、つっかれたぁ~! ハルっちー、少しだけ休憩してもイイー?」
「……あぁ、いいぞー。でも少しだけな」
「やりぃ♡ ハルっちだいすきー!」
「あっ、ちょっと! ローリエだけズルくない!?」
「おいおい、ずるいも何もローリエはしっかり自動戦闘人形に『スタブ』を打ちこんでるぞー? ……すんごい稀にだけど」
「やっぱハルっち、ウチの攻撃見えてるんだー。まぁウチって移動が速いだけで攻撃がなかなか当たらないんだけどねー♪」
ローリエに提案したのは剣技能『スタブ』。剣を振るう斬撃ではなく、突くことにより相手に致命傷を与える『刺突』のことだ。
この小さな少女が用いる得物は、二振りの対になっているナイフ形の魔剣ジェミニ。彼女の場合は剣技練度や攻撃の命中度こそ低いが、おそらく俊敏さはこの学院で一、二を争うだろう。
この剣技能の特性を考えると、疾い彼女にこそ『スタブ』がふさわしい。
そして、最後のクリスティアといえば―――。
「ふっ! ふっ! ふっ……!」
ただただ、素振りを行なっていた。ハルトからそう指示されてから、休むことなく、無心に、一寸の狂いも無く、一切手を休めること無く剣を振るっている。
彼女の額には珠のような汗がびっしりと張り付いていた。
「エイミー先生。クリスは今どんな感じですか?」
「……ハルト先生に素振りを指示されてから約一時間。ずっと休むことなく剣を振るい続けています。剣を振る速度、剣を振り上げてから落とすまでの角度、そして呼吸……。そのすべてが、素振りを始めたときから同じなんです。異常なまでの、集中と精神です」
「そうっすか」
「……どうしてなんですかね」
「ん、なにがです?」
エイミーは未だに素振りを続けているクリスティアから決して目を離そうともせず、言葉を紡いだ。
「どうして……、こんなにも真剣に、ひたむきに物事へ取り組むことが出来る彼女が報われないのでしょうか。クリスティアさんは皇女として誰よりも強い精神力と他人を想う心を併せ持つ、とても優しくて良い子なんです」
「…………あぁ」
「聡明な彼女にはきっと、この帝国を率いていけるだけの『器』がある。でも剣技練度が低く、剣技能が使えないというだけでこの学院の誰もが彼女を軽んじます。私は、そんな学院の風潮を少しでも変えたくて教師になったのに……っ!」
エイミーは教師として己の無力さに歯がゆさを感じていたのだろう。
剣技練度とは才能だ。伸びしろがある者がいれば全く無い者もいる。剣技能もまた然り。―――クリスティアは、後者だ。
しかしハルトは彼女の言葉に耳を傾けながらも、真剣な眼差しでクリスティアの姿を見据えた。
その瞳の奥には、今もなお無我夢中に剣を振り続けるクリスティアがいる。
「だから、これから証明していくんですよ」
「え……?」
「例えクリスの剣技練度が低くても、剣技能を使えなくとも。あの子やゼロクラスのこいつらが強くなれるように……折れないように、俺らが支えていくんです。強くなるのに、限界なんてない」
「ハルト先生……! はい、そうですね!」
ハルトは強さの有無に剣技練度の数値や剣技能など関係無いということを知っていた。
強さとは”願い”だ。凄烈ながらも儚い、純粋な思い。己を突き動かす激しい感情が、更なる力を引き出すのだ。
やる気を見せるエイミーを見てニッと笑うと、ハルトは大声で剣を振る彼女に声を掛けた。
「おーいクリスー!」
「……ッ! あっ、え? あれ、ハルト先生! もう終わりですか?」
「いんや、時間いっぱいまで振り続けて貰うが……。だけど一時間も剣を振り続けて体力大丈夫か? それ疲れるだろ?」
「あはは……。確かに根気も必要ですが、もっともっと頑張らないといけませんから! 私、これでも力持ちなんですよ!」
「あ、あぁ……、なるほど、それでかぁ……」
なので剣の重さなんて小石と変わらないです! と鞘付きの魔剣精クラリスをにこやかにブンブンと振り回しながら気丈さを見せる。
ハルトは今更ながら空腹で気を失っていたときに、クリスティアが広場まで運んでこれた理由を知った。
「……クリス、今度給料が入ったらパン屋に連れて行ってやるよ」
「わぁ……、いいんですか!? よーし、素振り頑張ります!!」
まだ助けられたお礼をしてなかったハルトはクリスティアと約束をしつつ、それからもゼロクラスへの指導を行なったのだった。
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