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第一章 千の剣帝、ゼロクラスの教師となる
第16話 魔剣使いとしての覚悟
しおりを挟む手刀で叩かれるまでまったくハルトが背後にいたことなど気配すらわからなかったミヤビ。だがこの場にいる全員がそうだったのか、驚きに息を飲む気配が伝わる。
ハルトはそんな彼らの様子に構わず言葉を続けた。
「なぁミヤビ、売り言葉に買い言葉は結構だが……、もう少し威勢の良さに見合った強さを身に付けてからじゃねぇとなー?」
「は、はぁ!? いきなり出てきてなんなのよこのぐーたら教師!? そもそもコイツらが先に言ってきたのよ! 伸びしろが無いだの役立たずだの……そんなこと言われて黙っていられるワケないじゃない!!」
「事実だろ」
「―――っ!」
ハルトはミヤビの心からの叫びを無常にも切り捨てる。同時に目から逸らしようも無い事実を突きつけた。
歯を食いしばって悔しそうな表情をする彼女に対し、ハルトはゼロクラスの少女らを見渡す。彼女らはいずれも浮かない表情をしていた。
ハルトはそのまま言葉を続ける。
「お前らは弱い。剣技練度も魔力もここにいるS~Aクラスの奴らと比べて圧倒的に低い。さすが、この魔剣学院で底辺って言われるだけはある」
「は、ハルトさん……? それは流石に言い過ぎでは……っ!!」
「ハ、ハハハッ、『ゼロクラス』の担任になった無能な平民の癖に良く分かっているじゃないか!! しかし傑作だ。まさか担任が自らのクラスの生徒を擁護しないなどこれはまた珍しい。あぁそうか、だから今まで碌に授業をしてこなかったのか! しても無意味だから!」
またもや周囲からの笑いに包まれる。
軽蔑、嘲笑、憫笑。カフェテリア内にいるあらゆる含みを持った生徒らの態度は、『ゼロクラス』である彼女らを下に見ていることは明らか。
クリスティアたちは、自分らの弱さを担任にまで指摘されて、もうどうにかなりそうだった。
だが、ハルトはSクラスの男子生徒の言葉にニッと口角を上げると、表情を一変させた。
「―――は? 違うに決まってんだろバーカ」
「へ……?」
「……っ!」
「な、なんだと……!?」
ハルトの予想外な言葉に全員が戸惑う。ミヤビやクリスティアが僅かな驚愕の声を洩らすのを気にせず、ハルトは片手を首に置きながら気だるそうに言葉を紡いだ。
「はぁ、勝手に決めつけてんじゃねーよ。俺が今まで授業しなかったのは、こいつらが底辺だとか無能だからとかそんなくだらねぇ理由じゃねぇ。―――そこに、魔剣使いとしての覚悟が無かったからだ」
「か、覚悟? いったいなんの……っ?」
「”剣を振るう覚悟”だよ」
ハルトはいったん言葉を区切ると、近くにあった椅子にドカッと座った。その表情はへらっとしていても、その瞳の奥に宿る光は真剣そのものだった。
主担任であるハルトの普段の様子を知っているゼロクラスの面々は困惑する。ぐーたらで不真面目、やる気も何も感じられない教師としてはあるまじき雰囲気を漂わせていた彼だったが、いつもとは違う様子に思わず耳を傾けた。
「弱いお前らが強くなりたいのは理解出来る。これまで自分たちを散々コケにしてきたこいつらを見返したいもんなぁ?」
「そ、それは、そうだけど……っ!」
「じゃあどうやって見返すんだ?」
「はぁ?」
「強くなって何をするのかってことだ。お前らがもしここにいるS~Aクラスの生徒を剣技で圧倒出来るほどの力を手に入れたとしよう。それで何を成す? まさか、何もしないなんて言うわけじゃないだろ?」
「当たり前でしょ!? そんな力があるんだったら全力でこいつらをけちょんけちょんにしてやるわよ!!」
「……お前らは?」
「もし強くなったら、我はお家復興の為に名を上げようとするやもしれんな」
「ウチはなんだろうなー。どうでもいっかなー?」
ハルトが静かに問い掛けるとカナエ、ローリエがそれぞれ順番に応える。最後にクリスティアの方へ視線を向けると、彼女はどこか考え込むようにして焦点を彷徨わせていた。
すると―――、
「―――私は、うっかりと、殺してしまうかもしれません」
『……ッ!?』
「ッ……! も、申し訳ありません……! こ、これは違うんです……っ! ぇ、なんで、だって、皇女である私がそんな物騒な考えでは……!?」
「いんや、良いだろ。むしろいい線いってるぞ?」
思わずという感じで口から飛び出た言葉に瞳を揺らす彼女。きっとクリスティアにとっては無意識だったのだろう。
だが彼女がそのように表現してしまったことは事実。この場にいる全員が普段の温和な彼女らしからぬ過激な発言をしたことで息を飲む気配が伝わる。
しかしハルトはあっけらかんとした表情で言い放った。
「あえて聞いたが、ぶっちゃけ強くなって何をしようがそれは当人の問題だ。何もしなくても良いし、実力を隠してここぞという場面でイキッても良いし、今まで虐げてきたヤツを再起不能にまで追い込んでぶっ倒しても良い。なんだったらクリスの言う通り殺してもいいかもなぁ? だってここは魔剣学院。いくら規律を重んじるっていっても、実力があるヤツのルールが絶対なんだからな。実際、今までこいつらもそうやって好き勝手やってきた」
「確かにそうだけど……ッ! アンタ、自分で何を話しているのか分かってるの……!? そんなの、秩序も何もないじゃない……」
「剣を持つことに秩序も正義も関係ねぇよ。それに、どんなものであれ理由と覚悟は紙一重だ。―――んじゃあ、この際ハッキリ言うぞ。―――お前ら、ヒトって殺せる?」
「え……?」
それは誰が洩らした声だったのだろうか。
ハルトによる彼女らにとって思いもよらない言葉。そこには成熟していない彼女らにとって無視出来ない重みが含まれていた。
「あぁ、別に答えを求めてるわけじゃねぇから安心しろ。―――でも剣を振るってことは、当然そこには命のやり取りが発生する。相手を殺す覚悟も、自分が殺される覚悟もな」
「……ハルト先生は、私たちにはその覚悟が無いとおっしゃるんですね?」
「あぁ。でもお前らに限った話じゃねぇよ。それはここにいる全員に当て嵌まる」
「な、なんだと貴様……!?」
Sクラスの男子生徒が顔を真っ赤にして憤慨するが、ハルトはなおも言葉を続けた。
「たまにふらっと授業とか闘技アリーナでの模擬戦闘を覗かせて貰ったが、ありゃただのガキ同士のおままごとだろ。魔獣質量再現装置を使った模造魔獣との実戦を取り入れるのはまだいい。だが問題は中身だ。動きや連携に無駄が多すぎるし、発動する剣技能は効率性や殺傷性を無視した派手なものばかリ。挙句には死ぬ心配が無いからか終始ヘラヘラと剣を振ってやがる……。はぁ、まだまだ指摘するとこは山ほどあるが、お前らホントにこの学院で優秀なSクラスとAクラスなのか? 正直リーリアと一部のヤツら以外、俺から見ればお遊び気分でガキが棒切れを振ってるようにしか見えなかったんだが?」
「~~~ッ! クソがぁ……っ! 黙って聞いていれば平民如きが戯言を!! うぉぉぉ!!」
「は? 煽り耐性もねぇのか、このクソガキ」
突如魔剣を鞘から抜いてハルトへ襲い掛かるSクラスの男子生徒。対してハルトは椅子に座ったまま動こうともしなかった。
周囲にいる者らはそのままハルトが斬られて血が噴き出す残酷な光景を想像するも、そうはならなかった。
動きを止めたSクラスの男子生徒が、激しく息を吐きながら膝をついたからだ。
―――剣が喉元に刺さり、おびただしい量の血が噴き出した。という幻覚を見て。
「ッッッッ……!? はぁ、はぁ……っ!? な、なにが……え? 私は、剣で首を貫かれて……ッ!?」
「―――今、”死んだ”って思ったろ?」
「ヒィ……ッ!?」
男子生徒はまっすぐに自分を射抜いて微笑むハルトの姿を見てゾッとする。
これは目の前の男が発した自分を殺すイメージを具現化した殺気だと理解したから。死んだと一瞬でも知覚したから。
それはつまり、このまま自分が剣で斬ろうとしていたら逆に殺されていたということ。
もはやこのSクラスの男子生徒にとって、目の前の男はバケモノかそれ以上のナニカにしか見えなかった。
かたかたと震えだすと、彼は慌てて立ち上がった。
「ヒ、ヒィ~~~~ッッッ!!!!」
「え……っ、い、いったいなにが……っ!? ちょ、ちょっとアンタ、いったい何をしたの!?」
「んー? 別に大したことはしてねぇよ」
みっともなく悲鳴を上げてカフェテリアを逃げ去る男子生徒とそれを追いかける周囲のSクラスらしき生徒。周囲の生徒は訳も分からずポカーンとしていた。
改めてハルトは近くにいる少女らに視線を向けながら言葉を紡いだ。
「よーし、それじゃあお前ら。午後から闘技アリーナにこい。この俺が直々に鍛錬してやるよ」
「え、ほ、本当ですか……!?」
「はぁ、アンタいったいなんなのよ? 魔剣使いとしての覚悟が無いから授業しないとか言って、かと思えば鍛錬してやるとか……。まるで言ってることがちぐはぐよ……!?」
「ごめ、俺って案外テキトーだから☆ まぁよくよく考えれば、ゼロクラスって覚悟なんて大層なモノを持てるほど強くないんだよなー。……よし、決めた」
自分で納得するように頷くハルトに対し、訝しげな表情を浮かべるセロクラスの少女たち。”弱い”とはっきりと言われたのだ。そんな反応をしてしまうのも当然だった。
それに構うことなくビシィッ!!とハルトが人差し指を向けると、彼は迷いも無くこう告げた。
「俺がゼロクラスを”最強”に導いてやる。―――このレーヴァテイン魔剣学院の誰にも負けないような、一端の魔剣使いにな!!」
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