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第三幕 天使との距離
回想⑪ ~無視~
しおりを挟む結衣さんが救急車で病院まで運ばれていった次の日、僕と結衣さん以外のカースト上位グループの面々が個別に教師に呼ばれていろいろ事情を聞かれた。
どうやら僕が呼び出されたのは光輝達の後だったらしくてね、先生もだいたいの事情を把握しながら僕の話を聞いていたみたい。
曰く、"僕が結衣さんと揉み合っている内に偶然階段から落ちた"。
光輝達は、実は僕が結衣さんを突き落としたんじゃないのかと主張していたみたいだけど、あまり大事にしたくないのか、先生たちはそういうことにしたいようだった。
事実は違うけど、周りから見ればそう見えているのだから、僕自身は何も言えなかった。もうどうでも良い、無気力状態だったということもある。
……たぶんだけど、成績の良い僕が偏差値の高い白亜高校に行こうとしていることをほぼ全員の教師は知っていたから、『自分たちの中学から偏差値の高い白亜高校に行く生徒がいる』という名誉を守りたかったんだと思う。
つまりは自分たちの為に僕に箔を付けたままにしたかったんだろうね。
………………。
幸いなことに、あの後すぐに救急車で運ばれた結衣さんは、額から流血があったが縫う程ではなく捻挫や打撲といった軽傷で済んだらしい。
ただし、階段から転落したということで念のために病院で詳しく精密検査を受ける必要があったから数日間は入院していたよ。
―――あれから僕の中学校生活は、一変した。
先生から事情を聞かれた次の日。一人で登校して教室に入る為に扉を開けると、既に教室にいた生徒は一斉に僕に僕の方に視線を向けてきた。
……主に軽蔑、苛立ちといったまるで凍えるような冷たい視線だったよ。
でもそれも一瞬。まるでその視線がウソかのようにみんなは日常に溶け込んだ。
僕はそんなクラスメイトに若干の息苦しさを感じつつも自分の席へ行った。座りながら、無気力だったとはいえいつも自分の周囲にいる人に朝必ずしている挨拶をしたんだ。
『……おはよう』
『………………』
『は、林さん、おはよう……!』
『………………』
―――"無視"。これが、光輝や紅羽さんがカースト上位グループである自分の影響力を利用して僕に行なった制裁だった。
最初なにがなんだかわからなかった僕だけど、光輝や紅羽さんの方に視線を向けるとニヤニヤと口を曲げながら僕を見ていたよ。
僕はその二人の表情を見てすぐに理解した。
これは結衣さんに好意を抱く光輝と、屈折した感情を胸に秘めていた紅羽さんが仕掛けた、僕を徹底的に排除する動きだということをね。
意外と僕は冷静にその事実を受け入れられた。普通だったら訳が分からず取り乱したりとかするんだろうけど……あのときは、もう僕なんてどうでも良いなって思っていたんだ。
これは、結衣さんが伸ばす手を掴めなかった僕への罰だとも。
ふと勲の方へ視線を向けた。彼は光輝と紅羽さんの席を見遣っていたけど、僕の視線に気が付くと気まずそうに視線を逸らした。
………………。
『―――退院おめでとう結衣! 無事でホントに良かったぜ! なぁみんな?』
『シンパイしたし』
『……あぁ』
『結衣ちゃんはみんなの清涼剤だからなー。もういないだけでストレスが溜まるみたいな?』
『ゆいゆいを薬扱いなんて男子サイテー。ゆいゆい! 今日一緒にご飯食べよっ!』
『あ、あぁうん。みんなありがとね』
"僕"が教室どころか学校中からいなかったことにされるようになってから約一週間が経った。先生以外のすべての生徒から。
もうその頃になると学校中の生徒に噂が伝わっていてね。廊下を歩いているときに拾い聞きした内容だと、すっかり僕は"結衣さんを階段から突き落とした悪者"ということになってた。
ただ無視されている訳じゃなくてね、視線は感じるんだ。……さっき言ったでしょ? 他の生徒が鬱憤のはけ口を探しているように見えたって。
それ。僕がまさにその標的になっていたんだ。だって、傍から見てれば面白い話題でしょ?
あれはざまぁ見ろって、カースト上位から転落した僕を見下した優越感を感じている目だった。
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