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第三幕 天使との距離
回想⑧ ~忘れ物~
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あれは十月が過ぎた辺りのことだったな。
僕たちの学年全体が高校受験に向けて一丸となって頑張っているんだけど、勉強疲れや不安といったストレスを抱えているのか、どこかみんな鬱憤のはけ口を探しているように見えた。
全ての授業も終わって放課後、僕は勉強のために残っている光輝達に断って教室を出たんだ。僕は変わらず成績が良かったし、何よりライトノベル最新刊の発売日だったから急いで家に帰ろうとした。
不思議と、これまで抱いていたグループへの不安は消えていた。
それはきっと、初めて夢中になれる物や彼等以外の居場所を見つけたから。
『……あ、机の中にラノベ入れっぱなしだった』
急いでいたからか、ファンタジー系のラノベを机の中に入れっぱなしにしていたことを玄関で気が付いてね。僕は廊下を歩いて階段を昇って教室に再度向かったんだ。
元々サブカル系が嫌いな光輝たちに朝の時間や休憩時間にラノベを読んでいることがばれないように、僕は革製のハードカバーを付けて隠していた。
前に一度、光輝に何を読んでいるのか訊かれたけど、僕が本を仕舞いながら適当に誤魔化すと彼はすぐに別のクラスメイトのところへ行ってしまったくらいの関心の無さだったな。
だからそのとき僕は、まったく心配なんてせずに忘れ物を取りに戻る何気ない感覚で教室に足を運んだんだよね。
でも教室の扉の取手に手を掛けた瞬間、突然教室の中から聞き覚えのある声が僕の耳に大きく響いた。
『―――つーかさ、来人のヤツ最近俺らとの付き合い悪くね?』
『っ!?』
その大きな声は光輝のものだった。明るくて、人懐っこくて……でもどこか、強い同調が含まれている声音。
僕は咄嗟に身を屈ませてしゃがみ込んだよ。そして、教室の中を恐る恐る覗いた。
そこには光輝、紅羽さん、結衣さん、勲のいつものグループ四人が中心にある光輝の机の周りに固まっていたんだ。彼等以外のクラスメイトはもう全員教室から出たのかもう誰もいなかった。
そのまま言葉は続く。
『放課後の勉強会とか、折角俺らが限られた時間の合間を縫って作った土日の遊びの誘いだって断ってさぁ。べんきょーしなきゃって言ってっけど、俺らと一緒でも出来んじゃん』
『あーマジそれ。それにアイツ、光輝の誘い断るクセに最近ミョーに吹っ切れた顔するようになったし。あ、もしかしてカノジョでも出来ちゃったカンジ?』
『だっ、だとしたらそのこと私たちにも言ってくれるんじゃないかなー!? だって私たち―――』
『"親友"なんだから、だろ? 分かってるわかってる。結衣の前からの口癖だもんな、それ。オレも良く使ってっし』
『……だが、だと、したら、来人は、何故、断るのだろうか』
勲がそう言うと、少しだけ沈黙が続いたよ。次の瞬間、
『なぁ結衣』
『ん……? な、なぁに、光輝?』
『結衣は、あいつの本当のこと知ってるんじゃないのか? よく来人と話してるもんなぁ?』
『……確かにそうかもー。何か隠してるんだったら素直に話した方がイイんじゃない、結衣?』
『そ、れは……』
『…………』
『俺らにも話してくれよ、結衣。来人のこと俺らだけ知らないなんてなんか寂しいぜ。なぁ、だって俺ら―――"親友"だろ?』
『…………ッ』
結衣さんは、光輝のその言葉にハッとした表情になった。唇を引き締めながら、視線を揺らして悩んでいたよ。
……あぁ、もともと結衣さんには僕がライトノベルに嵌っていることは光輝達には話さないでって伝えてあったんだ。
前のこともあったし、何よりそれが原因で僕らの関係を拗らせたくは無かったから。
妹さんもライトノベル好きなこともあって事情を知っていた結衣さんも、それを快く了承してくれた。
正直、結衣さんには申し訳ないことをしたと思う。僕との"約束"をとるか、グループへの"信頼"をとるか……あの短い間に相当思い悩んだ筈だから。
……それに、当時僕は気付けなかったけど彼女は色々あって心が弱ってたみたい。
結果的に結衣さんは―――彼らを信じて話すことを選んだ。結衣さんは、"親友"っていう言葉には弱かったから。
『じっ、実はね……? らいくん、ある物に嵌ってるみたいなんだよね……!』
『ある物……?』
『う、うん。"ライトノベル"っていう本なんだけど……!』
『ライトノベル……? お前ら知ってる?』
『知らなーい』
『……すまん。俺も、知らない』
『ア、アニメ調のイラストが表紙や挿絵に使われている小説なんだけどね! 主に異世界ファンタジーとかラブコメなストーリーが描かれている……らしいんだ! あははー……!』
『…………ふーん』
結衣さんがそう言った途端、あの時のように場の空気が変わったのを感じたよ。
扉越しでも分かった。侮蔑、嘲笑、見下し……、光輝のその何気ない相槌にはそれらのとても嫌な感情が込められているって。
結衣さんに対してあの時だけは不思議と怒りは湧かなかった。
でも、光輝の言葉を訊いてから身体中の血液がサァっと引いたのは覚えている。
あれは紛れもない"恐怖"だった。
グループ内のリーダーである光輝が言ったにもかかわらず、マイナスイメージなサブカルチャーに僕があれからものめり込んでいたのだから。
学校での僕の居場所がなくなるかもしれないって、怖くなったんだ。
『…………』
『こ、光輝……? 何するの……?』
僕が怯えながらも彼らの様子を隠れて見ていると、光輝は急に自分の机から降りて、教室の後ろの窓側の方へ歩き出した。
その方向は、僕の机がある場所。
あいつは結衣さんの疑問の声に応えず僕の席のすぐ近くに立つと、いきなり机の中を漁り出した。
あの時は思わず目を見開いたよ。僕がいないと思って、あんなことをするのかって。……まぁ光輝は僕が何を読んでいるのか興味なくとも、本を学校に持って来ていたことは知っていたからね。
だからこその行動だったんだと思う。
『……おっ、これじゃね? ご丁寧にカバーまで付けやがって。さてさて、どんな中身なんかね~』
『ちょっ、こ、光輝! いくららいくんがいないからって勝手に見るのはダメだよ!』
結衣さんが制止の声を掛けたけど、光輝はそれを無視してパラパラとページをめくった。興味がなさそうに。馬鹿にするように。
やがてあっさりと本を閉じたあいつは、開口一番にこう言ったんだ。
『―――うっわ、あいつこんなの読んでんの? きっも』
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