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第二幕 天使がぐいぐい来る日常
第53話 天使と雨と体育祭 3
しおりを挟む不自然な様子の風花さんに僕がそう問い掛けて数瞬。間を空けない内にゆっくりと僕の方に視線を固定すると、彼女は急に顔を真っ赤にさせながら口元があわあわしだした。そして、そのままゆっくりと後退。
「あぁ……あうぅ、うぅ……っ!」
「? え、どうして警戒するみたいに後ずさりしてるの風花さん……?」
「くんくん……うぅ、やっぱりぃ……!」
風花さんは自分の肩元に顔を近づけると、落ち込んだような泣きそうな表情になる。じりじりと僕の様子を見るように後ろに下がる彼女だけど、その後ろは壁が少しずつ迫っている。
ん……なに? 急展開過ぎるんだけど! 僕なにかした? というか風花さん顔赤いけど大丈夫かな? もしかして汗で体が冷えちゃって熱がでた!? 身体が熱いのかな……!?
僕は視線の先の風花さんの行動を不思議に思いつつ、彼女に訊ねる。
「風花さん、顔赤いよ? もしかして熱でもあるんじゃ……」
「だ、だめぇ……っ! ストップだよ来人くん、こないでぇ……!」
「ううん、いくら風花さんでもそれは訊けないかも。熱がある可能性がある以上、放って置けないよ」
「うぅ……っ、こんな状況じゃなきゃきゅんとしてたのにぃ……っ! ……っ! お願いだからぁ、まってぇ……!」
その紅潮した顔をふりふりと揺らしながら僕を濡れた瞳で見つめる風花さん。風花さんの背中はもう壁に付いておりもう逃げ場はない。
僕は少しずつ壁際の彼女へと近づいていく。風花さんへの異性に触れる練習とかこの際どうでもいい。なんで逃げるのかは分からないけど、熱が出たまま放って置くよりも少々強引にでも保健室に連れて行こうと僕は考える。
ゆっくりと手を伸ばすと、風花さんは抵抗を諦めたのか振り絞るように言葉を紡いだ。
「だってぇ……! いまのぉ、わたしぃ―――!」
「さ、早く保健室に……」
「あせぇ、くさいからぁ……っ!」
「―――へ?」
そう言って、僕から顔を逸らしながら頬を染めてぷるぷると恥ずかしそうに震えている風花さん。片手で握った彼女の手は恥ずかしさと緊張からか少しだけ汗ばんでいた。
………………。
なる、ほど……。じゃあ、風花さんの今までの行動は、熱が出ていたからじゃなくてたくさん汗を掻いていたからっていうこと、だよね。
ほっ……! なんだ、そんなこと気にしてたのかぁ……! 熱が無くて良かったぁ……! 風花さん、今が華の繊細な女の子だもんね。そりゃ汗を掻いた状態で異性である僕に近づかれたら一定の距離を保とうとするのも当たり前の行動だったよね。
……ごめんなさい。僕の早合点で風花さんの乙女心を傷つけちゃったことは否めないね。……でもね?
僕はふっと表情を緩ませながら、彼女に安心して貰えるように優しげに微笑む。側のテーブルにスポドリを置き、そして風花さんの顔をしっかりと見つめた。
僕は自分の思いを伝えようと口を開く。
「ううん、今まで全然そんなこと気にならなかったよ?」
「ふぇ、うそだぁ……っ! 来人くん優しいからぁ……!」
「ごめんね、細かいところに配慮が足りなくて……。でも風花さん。さっきの言葉は僕の紛れも無い本心だよ」
自分でもこんな穏やかな声が出せるんだと驚きつつも、風花さんの手を包み込むように両手でギュッと握る。
肌がきめ細やかで柔らかい小さな手。小さいけど、大きくて……きっと錯覚だろうけど、この時ばかりは異性に触れるのが苦手な僕でもなんだか落ち着くような、安心できるような手に感じた。
すこーしだけ名残惜しいけど、ゆっくりと手を離す。そして、心の中でずっと考えていた言葉を続けた。
「むしろ―――嫌いじゃない……かな」
「ひゃ…………っ!!」
「……あ、あははー! これじゃ変態っぽいかなっ? じょ、冗談冗談! 忘れて忘れてっ……!」
ただでさえ風花さんの仄かに紅潮した顔がさらに湯気が出るかのように真っ赤になる。そして蚊の鳴くような小さな声を洩らしながら俯いた。
……いやちょっと待て僕なに口走っちゃってんの!? 勇気を出して言葉にしちゃったけど、言い換えると風花さんの汗の匂いが"好き"って言ってるみたいじゃん! はっ……変態じゃん! ヘンタイオブザイヤーに連なる程の変態じゃん! ……いや誰が優秀な変態じゃ(セルフツッコミ)!!
なんとか取り繕い、あらぬ方向を見ながら渇いた笑みを浮かべていると、風花さんのもとから小さな声が聞こえた。
彼女を視界に捉えるが、肝心の表情は窺えない。しかし、茶髪から覗く耳は真っ赤だった。
「え、ごめん風花さん、聞こえなかったからもう一度言って?」
「き……」
「き?」
「着替えてくるからまた後でぇ……!」
「あっ、風花さん! これ……って、行っちゃった…………」
僕はすぐさま風花さんに渡すはずだったスポドリを手に持つが、顔を赤くしたままなにかを堪えるように口元を真一文字にした彼女は、ひゅんと軽やかに走り去ってしまった。
思わず目をパチクリとさせる僕だったけど、着替える、ということは体育館の近くにある女子更衣室へと向かったのだろう。後で教室の風花さんの机にスポドリを置いておこうと考える。
ふと自販機を見た僕はあることに気が付いた。
「あれ、購入可能の状態だ……!」
どうやら自販機の小さな液晶画面をみると『8888』でもう一本当たったようだった。あのときも風花さんが一緒だった時に当たったし、やっぱり彼女は幸運を運ぶ天使だね! 超ラッキー!
僕は風花さんが飲む物と同じ物をポチる。
でもでもその数字はいただけないなぁ、客寄せ自販機の分際でさっきの僕の滑稽さに拍手してるのかいちくしょう(にっこり)?
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