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第一幕 隣の天使が話しかけてきた
第9話 風花さんの天使たる所以
しおりを挟む"キーンコーンカーンコーン"
「はっ……!」
昼休みを知らせる鐘の音が鳴ったということは現在昼休み。結局、僕はフリーズしたまま激動のメモ交換シミュレーションを終えたのだった。未だ胸の動悸が治まらない。
……いやちょっと待て、逆に僕がドキドキしてしまってどうするのさ。このメモ交換シミュレーションはもともと風花さんの"恋する気持ちを知る"為に行なったものだというのに。
思えば僕、全然彼女がドキッとするようなラノベ主人公が言うような言葉とか台詞書いて無くない? なんだか、風花さんからの質問に僕が答えてばかりだったような気がする。
終始受け身になって、次はどんな文字が繰り出されるのかと彼女の様子ばかり伺っていた……!
―――僕の大馬鹿野郎!
「いやぁ、楽しかったねぇ。なんだか周りに気付かれない様に文字で会話するってぇ、スリルがあってすっごくドキドキしたぁ!」
「ふ、風花さん………っ」
メモ交換シミュレーション後のせいか、僅かに頬を赤らませながらのほほんとした笑みを浮かべる彼女。だが僕は自分自身が犯した失態に、表情を曇らせながら目を泳がすしかなかった。
名前を呼ばれて不思議そうに首を傾げる風花さんに、僕は深々と頭を下げる。
「ご、ごめん……っ、せっかく色々質問してくれてたのに、ラノベとかウェブ小説の主人公みたいに上手く気の利いた言葉とか台詞がまったく出てこなかった……! 気を遣わせてしまって、本当にごめん!」
「来人、くん………」
風花さんの息を呑むような気配が伝わってくる。普通であれば軽く「あはは、ごめん」と謝罪して次のシミュレーションに行けばそれでいいのだろう。
でもなにより僕は、どうしようもなく、怖い。
風花さんが影響力の強い、カースト上位の『天使』と呼ばれている事とは関係なく、もし僕に求められている期待や役割を裏切ってしまったら、熟せなかったらと思うと、寒気がした。
風花さんは優しい。こんな教室の端っこにいるようなラノベ好きで多少勉強ができる程度の陰キャな僕に対しても普通に接してくれるし、こんな僕と会話していても"楽しい"なんて言ってくれる。
雰囲気や口調云々を抜きにしても、そのふんわりと包み込んでくれる優しさこそが彼女の魅力なのだろうと改めて思った。
だからこそ、失望される事が怖い……!
「………もぅ、来人くんは前から気ぃ張り過ぎだよぉ」
「え……?」
頭を下げたままの僕に風花さんが何かを呟く。聞こえなかったので思わず顔を上げて聞き返すと、彼女はおっとりとしながらもハッキリとした、芯の通った声で話す。
彼女の綺麗な瞳の奥は、柔らかくも強い光で満ちていた。
「だからぁ、前に深く考えなくても良いって言ったじゃぁん。私は来人くんとやりとりしててぇ、楽しかったよぉ? キミはどうだったぁ?」
「そ、そりゃぁ……風花さんとやりとり出来て楽しかったし、す、すごくドキドキしたよ……」
「なら今回のシュミレーションは大成功、ってことだよぉ。だってぇ、いま私の心はあったかいもん。気の利いた台詞とか言葉とかぁ、そんなのは二の次ぃ」
「そう、なのかな……?」
「うん、ラノベ的に言うならぁ……大事なのはココぉ、でしょぉ?」
「―――は、ははっ、そうだね、そこは大事だ」
風花さんが恐らく最近仕入れてきたラノベ知識を披露しながら心臓の位置を押さえる。彼女が何を伝えたかったのかは流石の僕にでもわかった。
―――思いは心、心は想い。
つまりは、そういうことを伝えたかったのだろう。そんな彼女の思いやりに僕は思わず笑みが零れた。
(………ありがとう、風花さん。なんだか軽くなった気がするよ)
さすがは『天使』だ。僕はそう思いながら、心がじんわりとあったかくなっていくような感覚が広がった。……ん? なんだか変な感じだな? なんだろう、これ。
と、僕ははっきりとしない違和感を覚えながらもいつもの調子に戻るように努める。……よし、戻ったよ!
すると風花さんは口元をにゅふりと曲げた。あ、これは。
「それはともかくぅ、さっきの来人くんが言ってたすごくドキドキしたことってやっぱりぃ―――コレのことぉ?」
「ちょぉ……っ!?」
わぁ、風花さんったら大胆ー。彼女は胸元を両手で添えながら目元を細めると僕に微笑む。うん、若干頬を紅潮させているところが高ポイントだね。
因みに彼女が"にゅふり"と口元を動かすのは、何かを企んで―――いや、天使に『企む』は相応しくないな。『悪戯《いたずら》』と表現した方が良いだろう。
とにかく、何か悪戯をしようとしているときだ。
彼女のお茶目な一面、発見したぜ☆
「一生懸命に考えていたもんねぇ? ……えー、もしかしてあれ本気で信じてたんだぁー? やーらしいんだぁー」
「………っていうことはつまり?」
「ウ・ソ、だよ♡」
………………そ、んな。神は先に死んでいたとでもいうのか……っ!
と、元から揶揄われていた事実に僕が呆然としていると、不意に彼女は立ち上がった。ふわりと髪が揺れ、まるで白い天使の羽が舞っている光景を幻視する。
かぁーわいいからどうでもいっかぁー。
「来人くん、これからもよろしくねぇ」
「う、うん……よろしく」
僕はそのまま教室を出た彼女を見送った。
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