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第一幕 隣の天使が話しかけてきた

第5話 天使は陰キャと同じものを欲しがる。

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 どうも、放課後高校から帰宅した瞬間玄関で待ち構えていた我が家のいかるファンキーゴリラ(姉)から十円ローファーの件でヘッドロック掛けられてそのまま気絶して夜を迎えた阿久津来人あくつらいとだよ。

 あの失神みたいなスゥーっと力が抜けるような気持ちの良い感覚だったのは余談です。仕返しに早朝、姉が高校に持っていく水筒に麦茶の代わりに、めんつゆと水を三対七の割合で入れてやりました。へへっ。


 次の日、またもや晴れ渡る晴天。若干陽射しが強く、こんな日こそ特に麦茶が恋しい筈。ざまぁ見なさい我が御姉様クソあね
 あとで高校にある自販機で買おうと思いながら通学路を歩き普通に高校に到着。
 
 下駄箱から白い内履きを取り出しつつ呟く。


「そういえば今日は途中で風花さんに会う事は無かったけど、昨日はたまたまだった……?」
「ってわけじゃないんだよねぇ」
「うへぃ……っ!」
「おはよぉ、来人くんっ」


 教室へ向けて歩き出そうと身体を横に向けた瞬間、いつの間にか垂れ目な瞳を細ませて風花さんが微笑んでいた。
 どうやら彼女も今学校に辿り着いたようだ。


「び、びっくりした……お、おはよう、風花さん。朝から心臓に悪いよ……」
「えぇー、私って視界に入るだけで心臓に悪いのぉ? 心外だなぁ?」
「それはまぁ、いきなり綺麗な女子が目の前にいたらね……」
「へ、へぇー……そっかそっかぁ」


 風花さんは顔をほんのり紅潮させながら顔を背ける。あれ、耳も少しだけ赤い。

 まぁそりゃ容姿が優れてる可愛さマックス風花さんからは自然にマイナスイオンならぬ"ゆるふわイオン"が放出されてるもの。朝の眠気やストレスなんぞ軽くふっとぶよね。歩く空気清浄機だわ。

 ……うんごめん風花さん。結構勇気出して言ったとはいえ、いきなり少し会話した程度の陰キャ男子からこんなこと言われたらキモいよね。

 おい御姉様クソあね。「あぁ? 女は基本褒められるとなんでも嬉しいんだよ」って言葉、あれ嘘じゃん。やはり美人にカテゴライズされてるとはいえ猫被りで恋愛経験皆無の底辺スペックである貴様では………あ、やばい少し寒気した。放課後に二百円くらいのプリン買ってこう。

 それはともかく彼女の反応で確信したよ。言われて嬉しいのはカッコイケメンに限るカッコとじなんだねっ……ぐすん。

 あまり間を空けずに風花さんはどこかはにかんだ表情で口を開いた。うっ、眩しい。


「えへへぇ、それじゃあ一緒に教室にいこっかぁ」
「あ、あー……ごめん風花さん。僕ちょっと飲み物買ってきたいから、さ、先に行ってて」
「あぁ、じゃあ私も行くぅ」


 はい、というわけで僕は風花さんと一緒に自販機に向かう事になりました。廊下を歩いているだけで周囲の生徒からは「天使だ……」「歩いてるだけで天使よ……」って好奇の目で見られている真っ最中だよ。
 さすがいつもゆるふわスタイルな風花さん。『天使』の名はクラスだけじゃなく学園でも知れ渡っているようだった。

 そんな他の生徒の視線を気にすることなく、風花さんは隣を歩く僕に声を掛けてくる。


「あ、そうだぁ。昨日貸してくれたラノベ読み終わったよぉ」
「たった一日で? 初めてラノベを手に取った日に全部読むのは凄いね」


 風花さんが話す言葉に僕は少しだけ驚く。

 僕が風花さんに貸したラノベの名は『文通少女は溺れない』という恋愛ラノベ。転校してきたばかりの美少女が緘黙症かんもくしょうだったことからクラスから孤立、しかし彼女に一目惚れしてしまった主人公である男子高校生が彼女と仲良くなる為にどうにか会話できないかと『交換日記』を持ち掛ける事で徐々に友情から愛情へ育んでいく物語だ。

 自分に自信が無いヒロインが次第に主人公に心を開いていく様は不覚にもキュンキュンしちゃったよ。因みに続刊が楽しみな一冊でもある。

 大体通常のラノベの総文字数は約十万字程。小説を読むのは結構集中力もいる為、一日で読み終えたのは結構すごい事だと思う。


「ふふぅん、これでも速読術をマスターしてるからねぇ」
「なにそれすごい」


 いやぁそれほどでもぉ、とにへらっとした表情で風花さんは謙遜しているが、僕は純粋に凄いと思う。

 なにこの娘、陽キャでゆるふわ属性を持つ美少女ってだけじゃなく速読術も習得しているなんて意外と高スペック。
 正直羨ましい。僕も昔挑戦しようとしたけど、無理だと悟ってからは諦めて素直にラノベ読んでるもん。


「結構内容は良かったなぁ。主人公の男の子とヒロインが少しずつ心の距離を縮めていく場面はほっこりしたよぉ」
「そ、そうだよね! このラノベは僕もすごく大好きな一冊なんだ。僕のお気に入りで次がもう楽しみで楽しみでさ!」
「……そっかぁ。でもぉ―――さすがに登場人物の女の子全員の胸が大きいのはキモいかなぁ。内容が良かっただけに思わずねじぎたくなったよぉ」
「ねじりもぐ」
「主人公の男の子を想う幼馴染がいるとかぁ、いつも気だるげな美人教師が実はヒロインの遠縁の親戚で主人公にわざわざ面倒を頼むとかこてこてに都合が良すぎるしぃ、そんな蛇足的な設定盛り盛りクソ描写は邪魔だなぁって思ったなぁ」
「あはは……容赦ないね」


 確かに風花さんの言うことも分からないでもない。僕はこの作者が実は女性で、某SNSのタイムラインで『私ちっぱいなので願望をこれでもかと詰め込みました。反省はしているが後悔はしていない(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾』って呟いているのを見掛けたから納得しているけど、女性視点からだと違和感があるだろうし胸の件に関しては殺意の波動に目覚めてしまっても仕方ないだろう。
 風花さんは……うん、ノーコメントで。

 あと設定ね。こればかりは妥協するしかない。ラノベあるあるだよねぇ(遠い目)。


 そんなこんなで、風花さんが考えてきたシチュエーションの内容を聞きながら、僕は自販機の前に立ってペットボトルの麦茶を購入する。ガコンッと麦茶が取り出し口に落ちてきた音と同時に、ピッピッピッピっと無機質な音が響いた。

 この自販機は飲み物を買えば同じ数字が並ぶともう一本当たるという客寄せ自販機。多くの生徒が大して喉も渇いていないのに気が付いたらお金を入れてしまう魅力を醸し出す魔の自販機なのだ。

 僕と風花さんは数字が動く様子を静かに見守る。すると自販機の端にある小さな液晶画面には赤く発光する数字が『4444』と並んだ!

 うわぁい、ふっきつぅー。

 僕が驚きで目を丸くしていると、隣で声が上がった。


「わぁ……っ! 来人くんすごいよぉ! 当たったの初めて見たぁ!」
「僕もだよ……。えっと、どうしよっかな……」


 きゃっきゃと風花さんが嬉しそうにはしゃぐ。まるで自分が当たった訳でもないのに自分の事のように笑みを浮かべる彼女の姿をみていると、なんだか僕まで嬉しくなってくる。

 うーん、さっき買った麦茶で十分だしなぁ。……そうだ。


「風花さん、何か飲みたいものとかある?」
「え……? じ、じゃぁ、来人くんと一緒でぇ」
「ん、わかった」


 ………もしかして僕に遠慮したのかな? 別にこの中で二番目に安い麦茶を選ばなくてもいいのに。ココアとか紅茶とか緑茶でもいいのになぁ。あ、一番安いのは水ね。

 僕はボタンを押して、取り出し口に落ちてきた麦茶を風花さんに手渡す。


「はい、わざわざ一緒に来てくれたお礼」
「……えへへぇ。ありがとぉ、来人くん」
「どういたしまして」


 風花さんは少しだけ頬を紅潮させながら、にへらと破顔した。

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