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『セントパール魔術学園~学園ダンジョン編~』

第33話『爆☆拳☆少☆女、来訪』①

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「それでお嬢様、少々お尋ねしたい事があるのですが」
「………何、メア?」
「―――この現状は、いったい、どういう事なのでしょうか?」
「私にも聞かれても困るわよ………」
「私も混ざりたいんだよー」


 現在セイヴフィール公爵邸の大きく拓けている庭に彼女たちは座って居た。そこはパラソル付きのテーブルや椅子があり、定期的に雇う庭師により手入れされている緑花の風景を優雅に楽しめる造りとなっている―――



 ………のだが、今はその光景が無惨に変わり果てていた。



 元々地面には緑芝が敷かれていたのだが、現在では所々陥没した様に土が剥き出しになっている。その他にも植物の葉があちこちに散らばっており、少しだけ寂しい状態になってしまった短く並ぶ樹々が目立つ。中には僅かに焦げたような跡もあった。


 その原因は彼女達の視線の先でお互い睨み合いながら対峙している二人の人物。


「はぁ、はぁ………エーヤっち、いぃ加減ウチのあ~っつく迸るこの想いを受け止めるし!」
「はぁ……っ、ふざけんな、お前の拳を素直に受け止められるか! 身体強化してても全身骨折じゃ済まねぇよ………っ!!」



 視線は決して逸らす事は無く、激しく息を吐きながら言葉を交わす。動きまくった事でどちらも疲弊した様子だが、戦闘態勢を崩すつもりは無いようだ。赤髪の少女は鈍色のガントレットを両手で打ち付け、無属性魔術師の青年は『具現の警棒ターン・ロッド』の先端を少女に向けながらタイミングを見計らう。
 やがて両者同時に駆け出すと互いの得物を激しくぶつけ合う。金属音と共に火花を打ち散らしながら何度も衝突し合う二人の得物の勢いは衰える事は無く、寧ろ打ち付け合う度に威力が上昇している。
 幸いな事に攻撃的な魔術を使ってはいないので被害は抑えられている状態だが、この調子でいけば辺りの様子が滅茶苦茶になるのは必須。





「どうしてこうなっちゃったんだろう………」


 エリーは次第に損なわれつつある庭の景観に遠い目を向けながらぽつりと呟く。彼と再会した時の反応や今の会話から判断するにどうやら二人は知り合いらしい。
 なのにどうしてこんな事になっているのか。きっかけを作ったのはエリーで、少女を連れてきた事によりこんな状況になったというのは理解している。それでも現実から可能な限り目を逸らしたかった。
 





◇◆◇



 言い放った言葉により自爆したエリーが顔を真っ赤にしながら屋敷からとび出して行ってから間もなく数刻が経った頃、エーヤはメアに許可を貰い現界化したリルと一緒にリハビリがてら拓けた庭で軽く手合わせを行なっていた。


「ちぇすとー」
「あっぶな!? 万全の状態じゃない人に笑顔で脳天狙うのは過激すぎませんかねぇリルさん!?」


 剣戟を交えながら危うくリルの振るう魔力刀が頭に突き刺さるのを『具現の警棒』で阻止し後方へ距離をとる。リルは着地し手を腰に置きながらエーヤを見ると顔をニヤニヤしながら話す。


「ある程度魔力も回復したみたいだしね。それにぃ、これくらいのスリルを味わった方がリハビリにはちょうど良いでしょー?」
「慈悲もねぇ!?」


 身体の調子が不完全にも拘らず手加減してくれない相棒の姿に恨みまがしい視線を向ける。信頼あって故の行動なのだろうが、もう少し慈愛の心を持っても良いのではないかと思うエーヤ。
 しばらく手合わせを行ない疲労が蓄積したと感じる頃合い、地面に座り込んで休憩しながら空を仰ぎ見るといつもと変わらぬ暖かな陽気に溜息を吐く。


(それにしても………)


 エリディアル王国都市部を守る戦いから約一週間、魔力を全て使い果たした反動から意識を失っていた間にどうやら様々な出来事があったようだ。


 一つはエリーが再び魔術学園に通い始めた事。先の戦いで彼女の魔術は再び息吹くようになり、見事勝利を収めた事がきっかけかどうかは不明だが、それでも自信を身に付け前に進みだしたのは実に喜ばしい事だ。元々魔術至上主義の傾向があるその学園では魔術を発動出来ないという事実はとても致命的で、彼女は肩身の狭い学園生活を暫く送ったのち学園からは足が遠退く結果となっていた。いじめも横行していたようだが、多彩魔術師マルチメイガスである彼女が一属性でも魔術を使えるようになった今ではそんな様子も鳴りを潜めているらしい。

 二つ目は魔物の凶暴化の件。エリディアル王国で確認されていた凶暴化は丁度あの戦いを境に一気に沈静化し、魔物のランクも既定のランクに落ち着いたようだ。復讐に身を焦がし魔眼を宿す少年と彼に付き従う精霊によって引き起こされた出来事であったが、ある存在により別の結末を迎える。
 ―――メイリア。彼女のあの口振から推察するにマストと彼女は面識があったのだろう。彼女の思惑は読み取れないが、何かを目的に行動している事は分かる。

 "―――再び歯車が、廻り始めた"

 彼女が零した言葉にどのような意味が含まれているのかは分からない。しかし同時にメイリアとの繋がりは自身の奥底に絡みついているのかもしれないとも考える。これから行動していく上で避けては通れないであろうとも。

 そこまで思考していると、ふとリルの声が聞こえた。


「―――エーヤ」
「………ん、どうかしたか?」
「エーヤは、これからどうするつもり?」


 先程までのふざけた様子は鳴りを潜め、透き通る碧眼の瞳をエーヤに向けて尋ねるリル。


「今まで目を背けていたからな………みんなからも、『アリス』の死からも」
「…………」


 静かに呟くのは、嘗て同じパーティメンバーだった女の子。エーヤが好意を寄せていた女性であり―――己の魔術により死なせてしまった少女の名前。
 誰よりも後悔した。未熟だった自分を何度恨み、懺悔し、死のうとしたか。大切な人さえも救う事すら出来ず、何が「万能の力」だと卑下しエリディアル王国に来てからもしばらく塞ぎ込んでいた時期があった。
 『唯一神への挑戦シンプル・チャレンジ』の挑戦権を得る直前に七大迷宮の一つに挑み少女の命を散らせてしまった。その直接的な原因であるエーヤは他のパーティメンバーからどう思われているのかを考えるととても恐ろしかったのだ。


「今回の事でエリーは俺に恩を感じているみたいだが、それ以上に俺は感謝しているんだよ。前に進み出す為には何より諦めず"前を向く"事が大事なんだって。彼女と関わって、話して、行動して………どうしてそんな簡単な事を忘れていたのかは分からないけど、それを思い出せたのは彼女のおかげなんだよ」
「………きっとその選択は、エーヤにとって茨の道になるとしても?」
「別に決して振り返らないって事はない。ああしておけば、こうしておけば良かったって、俺だって感傷的な気分に浸りたいときや寄り道をするときがあるからさ。でも、俺には分からない事がたくさん有り過ぎる」


 それは、この世界に来てからずっと抱いてきた疑問。


「なんで俺はこの世界にいるのか、なんで無属性魔術しか使えないのか。もしかしたら俺がやるべき事がこの世界にあって、それを果たす為にこの世界にいるんじゃないかって。そんな烏滸がましい考えが頭を過ぎるんだ」
「………」
「だからさ、みんなと会うよ。会って、謝りたい。そんでもう一度」
「―――『七大迷宮』を完全攻略する、でしょ?」


 リルへ視線を向けながら首肯する。エリディアル王国に来てから三年間、Bランクダンジョン『大空洞』以外の迷宮を全く探索をしてこなかったエーヤ。全ては一人の少女を迷宮で、更に自分の振るう魔術によって手にかけてしまった事が原因。
 王国での暮らしによって落ち着いてはいるが、以前は"ダンジョン"という単語を聞くだけでも吐き気・動悸・ふらつきなどが引き起こされたほどトラウマで、魔術を発動する事さえ消極的だった。
 

「ああ。女神のおかげで以前俺らが踏破した事実を無かった事にされたが、多分攻略するに"何かが足りなかった"んだと思う」
「何か?」
「いや俺も分からないんだけどさ。曖昧さというか、何かが喉元に引っかかるのは間違いない」


 『勝利すればあらゆる願いが叶う』といわれる女神への挑戦権を得たが、仲間の通常の攻撃では相手に決して届かなかった。力量の差と言われればそれまでだが、これまで高難易度ダンジョンである『七大迷宮』を攻略してきたパーティだ。高ランク冒険者でも他の追随を得ない実力の猛者には変わりない。それなのに『罪』の力を発現させなければ一切攻撃が通らないというのは些か疑念が残る。


「いずれにせよ、七大迷宮を攻略しないと話は進まない。どうやらみんなも七大迷宮の内、一つは踏破したみたいだし、『唯一神への挑戦シンプル・チャレンジ』前と巻き戻った後、どういう変化が起こったのか情報共有もしたいから、動き出す必要がある」
「それってつまり―――」
「―――あぁ、『ヴェルダレア帝国』に行く」


 ヴェルダレア帝国―――。エリディアル王国の西部に位置しており膨大な土地を有している。生活資源は潤沢で、尚且つ肥沃な土地に囲まれているのであらゆる農作業や畜産業が豊富に存在する点やそれに準じて高ランクダンジョンが周りに多く出現している事から、市場には良質な物資が溢れているのだ。
 何より、この世界に来てから『永遠の色調カラーズ・ネスト』のパーティの皆と行動し、苦楽を共に過ごした思い出の場所。


「………はぁ、わかったんだよ」
「勝手に離れてまたあの場所に行くのは都合の良い事だって理解している。でも………え?」
「だから、わかったんだよ。みんなと会う必要があるのは元々考えていた事だし、エーヤはもう後悔しないでしょ?」
「リル………」
「でも、これだけは約束して欲しいんだよ! 帝国に行くなら身体を万全の状態にしてからっていう事と、もう戦いでは無茶はしない事! それを守れれば、良いよ」
「そ、うだな。………あとはぼちぼちゆっくりと休みながら準備をしていくか」


 エーヤは僅かに言葉につまずきながら返事を行なう。これ以上身体に負荷をかける、つまり『過剰創造オーバーイメージ』を行なうと副作用がある事は既に身を持って知っている。
 が、正直その約束を守り切れる保証は無いとエーヤは考えていた。エーヤの事を誰よりも理解しているリルである。恐らく、その事を分かった上で約束という形で言葉に出したのだろう。本格的に戦いに身を投げ出す以上、歯止めがかからない場合が出てくるから。


 これからの指針を決めた二人は青空を見上げながらぼうっとしていた。しばらくそのようにしていると真っ白なタオルを持つメアがやって来て、それを二人に差し出すと変わらぬ笑みを湛えながら声を掛ける。
 エーヤは目覚めた時の件で若干の気まずさが残るが今はもう気にしない事にしていた。


「お二人ともリハビリお疲れ様です。まだ無理は禁物ですが、十分な感覚は取り戻せたでしょうか?」
「あ、あぁ、ありがとう。正直まだ体の節々が痛むから万全って訳じゃないが、少しずつ慣れてきた」
「私のおっかげー!」
「それは良かったです。あぁ、エーヤ様とリル様はエリーお嬢様の恩人なのですから、しばらく屋敷で滞在なさって下さい。エーヤ様が意識を失っている間にグラン様の許可も頂いておりますので」


 これまでグランの言葉に甘えてセイヴフィール邸で過ごしていたエーヤ達。新たな目的が出来た以上この屋敷から直ぐに出ていく事を視野に入れていたのだが、三年間エリディアル王国を拠点としていた為愛着も出来た。出国する準備を整えつつ、今まで知り合った人達に挨拶を行なう期間を設けても悪くないかと考え始めるエーヤ。


「じゃあ、もう少しだけお言葉に甘えるとするよ。でももう少ししたらエリディアル王国を出る予定だ」
「―――あらあら、ちなみに目処はついているのでしょうか?」
「ああ、ヴェルダレア帝国に行こうと考えている」
「『ヴェルダレア帝国』ですか………迷宮発生率が高く、最近では魔具の開発に関してどの国よりも頭一つ以上飛び抜けている国ですね。そして、他の冒険者パーティの追随を許さないある特別なパーティが所属している」


 ヴェルダレア帝国の周辺では何故か迷宮発生率が異常に多い。迷宮という存在が初めて出現しこの世に約五百年前から残り続けている迷宮もあればたった1日だけ出現してその後消失する迷宮もある。
 そのダンジョンにある宝箱や魔物を倒す事によってドロップするアイテムや素材が非情に良質で、それらを用いて魔具開発を行なう事で高性能・良品質な魔具に繋がるのである。
 元々そんな魔具を輩出していた帝国なのだが、ある人物が帝国の"総魔具開発部門"に所属することによりそれから更なる経費の削減、効率化・品質向上したのは余談だ。

 エーヤは神妙に呟くメアの様子を確認しつつ、何かを確信するように溜息を吐くと彼女に問い掛ける。


「その名も『永遠の色調カラーズ・ネスト』。迷宮の原点、原初とも言われる『七大迷宮』を踏破する為に集められた実力者の集団だ。………全部、エリーから聞いたのか?」
「はい。嘗て貴方がそのパーティに所属していたという事実や先の戦闘で使用した不思議な力の事も、全て。勿論この事は第三者などに言い触らしたりはしないのでご安心を。………私が押して訊ねたのです。なのでもし、お嬢様が戻ってきても責めないで頂きたいです。最後まで自分の口から語ってしまうのは最初から否定的でしたから」
「それについては問題ないさ。別に必ず隠し通す必要の無い事だし他のみんなも使っている力だから。俺はただ、その力を借りているだけに過ぎない」
「そ―――」


 何か言葉を発する様子を見せるが、メアは少しの間眼を閉じると軽く首を横に振り言葉を続ける。


「いえ、何でもありません。―――さぁ、屋敷の中に戻りましょう。汗も掻いたことでしょうしお背中をお流ししましょうか? 今なら昼の続き、出来ますよー?」
「昼の続きってー?」
「気にしなくても良いしメアも揶揄うのは止めてくれ!!」


 人差し指を顎に当てながら頭を傾げ揶揄い気味に問い掛けるメアと「なーにーなーにー?」と言うリル。二人に思わず頭を抱えそうになると、ふと遠くから声が聞こえた。


「うわー、うわぁー! エリっち本当に貴族だったんだー。お屋敷広いしー☆ お庭とかあるんなら見たいナー、絶対広いでしょ!! ぃやー助けてくれてウチもぅ感謝感激なんですけどー!!」
「あはは、私はただ食事を驕っただけだから………あっちにあるよ」


 エーヤが耳を傾けてみると二人の少女の声が聞こえる。一人はエリーの声だがもう一人の方は不明。魔術学園の友達だろうかとも考えるが少しだけ声が幼い。というか、どこかで聞き覚えがある声に似ているのは気のせいだろうか。
 こちらに足音が近づいてくる。


「ここだなー、うにゃーーーー!! めちゃ広でめちゃ綺麗じゃー………ん………………」
「……………………」


 建物の角から覗き込むように顔を出すのは小柄な少女。ボブカットに整えられたサラサラとした赤髪に水色にカラーリングされた花飾りが映える。ぱっちりとしたその黄緑色の瞳はとてもきらきらと輝いていて―――黒と赤色のラインが入ったコートを羽織っている。


「………………………エーヤっち……?」
「………ソ、ソフィア………………?」


 そんな少女が目を見開きながらこちらを見て固まっていた。


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