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アレルギー③ 子猫は"にゃん"ではなくて"みゃー"と鳴く
しおりを挟むさて、話を戻すと聖梨華は暮人を異世界へ転生させたがっている。その為に彼女はわざわざ隣駅前に誘ってまで猫アレルギーを利用したのだろう。
別に彼女を下に見ている訳ではないが、これまで命を狙う場面を何度も経験している立場としてはこの作戦はとても有効だと逆に関心する。
目の前に座っている聖梨華はさぞ優越感に浸っているだろうと視線を戻すと、彼女は何故だかこちらを見ながら呆れたような表情をしていた。
暮人は一瞬だけ固まるが、彼女は机で隠れている手元をごそごそと動かす。
「にゃーん♡」
「………猫っ!」
「あっはっは、勇者様ともあろう御方が猫が怖いですかー! こんなに可愛いのに酷いですね、にゃんすけー?」
三毛猫の前足を聖梨華が持ち上げるとこちらに向けてぴょこぴょこと交互に動かしていた。いつの間に猫が間近にいたことに驚いて顔を覆ってしまうが、彼女はそのまま言葉を続けた。
「まだ気が付かないんですかぁ?」
「え、なにが………?」
「『回避の勇者』であり、『危機感』のスキルも持っている。つまり如月さんのソレは、自分が認識及び意識している事象、若しくはこれから起こるであろう出来事の内『自らに害意を及ぼすモノ』を抽出して自意識に呼び掛け、肉体をあらゆるモノから回避可能な状態にするんです。それ故に『回避の勇者』と呼ばれる。如月さんは猫アレルギーですが、しかしこのお店に入るときにスキル『危機感』は発生しなかったでしょう?」
「ぁ―――」
確かにそうだった、と入店時を振り返る。そのときは『危機感』が発動したと分かる、キーンと頭に響く音が無かったのでてっきり安全かと思ったら猫がいた。
猫アレルギーにも拘らず、だ。
なんでアレルギーに類する過去に起こった症状が現れないのか、という疑問が一瞬だけ過ぎるが、頭の中ではその答えは出ていた。しかし、にわかには信じがたい。
おそるおそるその答えを口にしてみる。
「もしかして、俺の猫アレルギーって治っていたりする………?」
「そうかもしれませんし、そうじゃないのかもしれません」
「随分曖昧な返事だね………」
「まぁあわよくば、と期待していた部分も確かにあったんですけどね! でももし如月さんがスキルを発動して本気で入るのを嫌がったんだとしたら、私は入店しませんでしたよ? 流石に苦しみを与えて転生させるというのは女神としてのポリシーに反しますし………まぁ、貴方のそんな姿見たくないですし(ごにょごにょ)」
「………………………?」
最後に何を言っていたのかは小さすぎて聞こえなかったが、命を狙っている割には律儀なモノだと心の中で思う。
何故か耳が赤くなっている聖梨華を見ながら、清楚系な見た目に反して言動や行動が跳び抜けている部分もあるが、根は素直なんだよなぁということを改めて暮人は再認識する。
「と、とにかく! 猫アレルギーの症状に直面する危機だったにもかかわらず何も反応が無かったということは問題ないということなのでしょう! 料理も出しているということで衛生面も大丈夫そうですし、何よりこの子たちにとってここは居心地が良いみたいですから」
「居心地が良い?」
「店員さんからよっぽど可愛がられているんでしょうねぇ。毎日洗って貰って体毛につやがありますし、健康管理もしっかりされています。………あぁ、だから如月さんのアレルギーの症状が出ないんでしょうね! それらの原因は動物に付いたフケやダニ、尿や糞といった排泄物らしいですから。他にも換気されていない空間も要注意ですね!」
「へぇ、そうなんだ」
なるほど、と思いながら彼女の知識に頷いていると、先程の店員さんが注文した品を持ってきたようだ。
トレイの上には抹茶ホイップにゃんにゃんパフェらしき可愛くデザインされた猫型クッキーとポッキー、クラッカーが白と抹茶色の生クリームとアイスに刺さっているパフェとカランカランと氷の音が鳴り響くアイスティーとアイスコーヒーが乗っていた。
「お待たせいたしました~。こちらが抹茶ホイップにゃんにゃんパフェとアイスティー、そしてアイスコーヒーとなります。そして当店サービスの『にゃんにゃんなりきりカチューシャ』です」
「「………ん?」」
女性店員さんがそれぞれの前に注文した品を置いていくが、最後にツッコミどころのあるワードが飛び出した。
机の中心の置かれたのは二つの猫耳型のカチューシャ。何の用途に使うのかイマイチ良く分からず思わず目を見開いて固まるが、彼女は付け足すようにして話し始めた。
「当店ではにゃんこちゃんとより良いコミュニケーションをとって貰う為にこちらを頭に付けます。これを付けるとにゃんこちゃんも不思議と警戒心が無くなって、普段触ろうとしても逃げられるという強面のお客様にも寄ってきたと喜ばれる人気のアイテムとなっております! 他にも………」
その店員は聖梨華の耳元まで顔を近づけて何かを耳打ちすると、途端にボッ、と聖梨華の顔が真っ赤になった。そのまま俯くと店員さんはにこやかな笑みを浮かべながら去って行った。
垂れた水色の前髪で表情は窺えないが、耳も真っ赤になっている。
「なにかその猫耳の説明でもあったの?」
「な、なんでもありません! さぁ、た、たべましょうかぁ!」
スプーン片手にパクパクとパフェを口に運ぶ聖梨華。「お、おいしいですぅ~!」と緩んだ頬に手を当てるが、どうも動揺の色が隠せていない。
アイスコーヒーを飲みながら彼女の様子をジトッとした眼で見つめると、聖梨華はそれに気が付いたのが、うぐっ、と口にスプーンを入れたまま固まる。
「む、むぅ、そんな責めるような視線向けないで下さいよぉ………。ただ、さっきの店員さんから………」
「店員さんから?」
「そ、そのぉ………私たちが、こ、こいび、ごにょごにょに見えたらしくて………」
「………ん?」
「で、ですから! 私たちが、こ、恋人同士に見えたみたいで! その猫耳カチューシャを付けて食べさせあいっこをすると、生涯そのカップルは愛し合うって、いう、話でした」
「………へぁ?」
最初は勢いが良かった聖梨華の言葉だが、徐々に失速していった。その内容に思わず間抜けな声を出してしまうが、それも仕方がないだろう。
おそらくそれは店側が考えたジンクス的なモノだ。もし聞いたのが自分ひとりだったら全く鼻にもかけないのだが、目の前で顔を赤らめている彼女を見る限り何故か本当の事だと思っているようだ。
視線を彷徨わせながら縮こまっている聖梨華の反応を見ていると、こっちまでなんとなく気恥ずかしくなってくる。
そしてしばらく互いに沈黙が続くが、その静寂を打ち破ったのは聖梨華だった。
「あーもう、付けます! はい如月さんお口空けて下さいにゃん、あーんですあーんですにゃん!」
「ちょっと待って口調が崩壊してる!?」
「し、してないですにゃん! これは………そう、交通事故に遭った小猫の魂がたまたま私の身体の中に入り込んだだけですにゃん!」
聖梨華はいきなり机に置かれた猫耳型のカチューシャを手に取ったかと思えば、そのまま頭頂部に付けた。生クリームやアイスが乗っかったスプーンをこちらに差し出しながら語尾に「にゃん」と付けている事からどことなく吹っ切れたのかと思ったのだが、未だ顔色は赤い。
そういう設定にするということなのだろうか。
「わ、私と一緒に食べるのは嫌ですか、にゃん………?」
「はぐぅ………!」
その恥じるように紡がれた言葉と潤んだ表情を見聞きした瞬間、今まで耐えてきた鋼の意志、つまり暮人の理性が音を立てて軋む音が聞こえた。
聖梨華は女神というだけあってスタイル・運動神経抜群、そして容貌がとても美しい女性である。そんな彼女が自称する通り完璧美少女である彼女が猫耳まで付けて上目遣いでこちらを見たらどうなるのか。
(お、おかしいな………なんかすっごく胸がドキドキしてる。身体も熱い………!)
心臓がバクバクしながらも動揺を悟られない様に聖梨華の顔を直視するが、それは逆効果。彼女の表情や仕草も相まっていっそう魅力的に感じられた。
彼女はこちらの気持ちも考えずパフェを差し出してくる。
「あ、あーんです、にゃん。如月さん………!」
「あ、あぁ………あーん………っ」
あとにも引けない状況に、もうどうにでもなれという気持ちで食べた。抹茶味の甘く濃厚なクリームが口の中に広がるが、まったく、ぜんぜん味が分からない。
「ど、どうですか、にゃん………?」
「う、うん………お、おいしいよ?」
「そ、そうですか! それは良かったです! それじゃあ子猫ちゃんタイムしゅーりょーですっ!」
顔を真っ赤にした彼女はそのままカチューシャを外すとパフェとアイスティーを交互に食べて飲んでいった。まるで、この空間に広がる雰囲気や口の中で感じていた甘さを流し込むように。
暮人も同様に、口の中に広がる甘さを和らげる為にアイスコーヒーを流し込んだ。
掴んだそのグラスの周りには、びっしりと結露のように水滴がついていた。
その後、食事が終わった二人は猫カフェに来たというのに近くにいた猫たちとは触れ合わずに口数少なく帰宅した。先程の恥ずかしさとドキドキで何も考える余裕も無かったからだ。
故に、これが『間接キス』だったことに気が付くのは二人が自宅に帰ってきてからのこと。ほぼ同タイミングでそれぞれの自宅のベッドで転がりながら悶えたのは言うまでもない。
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