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日常① あーんは幼馴染の特権です
しおりを挟む現在は昼休みの時間。教室の窓側の前の席で暮人と美雪の二人は向かい合って昼食を食べていた。
二人とも手作り弁当なのだが、暮人の弁当と比べて美雪の弁当の中身を見てみるとバランスの良い色とりどりなおかずが並んでいる。彼女の母親はメディアに出演するほどの有名な美人料理研究家なので、彼女の健康に気を使っての弁当に違いないと感嘆する。
家庭内の食事を作っている暮人にとって非常に参考になるし、たまに彼女の自宅へお邪魔した時なんかは休日なのにもかかわらずレシピを元に実際に作って教えて貰ったりもした。
多忙だろうに、両親を亡くしてから暮人や小梅を色々気に掛けてくれる優しい女性だ。
彼女の弁当の中身をじっくりと観察していると、ニコニコと笑みを湛えている彼女から話しかけられる。
「ねぇ暮人、氷石さんとなんかあったの?」
「んっ、ど、どうしてだ………?」
「なんか妙にこっちに視線を感じるし、彼女明らかに暮人に視線を向けると顔を赤くしているからさ」
美雪の言葉に教室中央の聖梨華の席へ振り向いてみると、彼女は誰もが見惚れるような笑みを浮かべながら周囲のクラスメイトと談笑しながら昼食を食べていた。
すると、琥珀色の瞳が一瞬だけ暮人と交わる。
その瞬間彼女は顔が真っ赤になるが、すぐさま暮人からの視線を逃れると再び談笑に戻った。
「ね、暮人の幼馴染である私にとってはひっじょーに気になる案件な訳ですよ」
「あーいや、朝に少しだけな………」
「あ、もしかして氷石さん今日の朝を狙ったんだねぇ。でも、それだけじゃなかったんでしょ?」
「相変わらず感が冴えてらっしゃる。うん、まぁ、事故っていったらあれは事故なのかな………?」
「ふーん………」
暮人がそう言うと美雪はそれ以上は追及しなかった。ちらり、と彼女は聖梨華の方へ視線を向けると再び自らの弁当のおかずをつつきはじめる。
その後弓道部の話だったり美雪の母のテレビ出演した時の裏話を聞きつつ弁当を食べていると、美雪からある提案をされる。
「あ、暮人。この卵焼き食べてみる?」
「ん、良いの?」
「うん、お母さんが少しだけ暮人好みに味付けを変えてみたって話してたからどうかなって思って」
美雪は自らの弁当を指差すと、そこには綺麗な形状で鎮座している三切れの卵焼きの姿があった。焦げが一切なく、見るからにふわふわの黄色い厚焼き卵の卵焼きは、弁当箱に敷き詰められているにも拘らず高級和食料理店で提供されるような上品さがあった。
卵焼きは日本料理の基本中の基本だからこそ奥深い。綺麗に仕上げることの難しさは知っているので、流石はしのぶさんだと内心で感服する。
因みにしのぶさんとは美雪の母親で美人料理研究家である。
「サンキュ! さっきから美味しそうだなって思ってたんだよなぁ。あ、代わりに自家製唐揚げを差し上げよう」
「あ、待って待って!」
暮人が持つ箸を美雪の弁当へ近づけようとするが、ほんの僅かに焦ったような表情を浮かべながら自らの弁当を引き寄せた。
すると、
「はい、あーん」
「ちょ、ここ教室だぞ? さすがにそれは恥ずかしいっていうか………」
「えー、じゃあこの卵焼きは渡さないぞー? せっかく暮人が好きそうな卵焼きなのになー」
「あっ………」
そう彼女は言うと、ひょいひょいっと二切れの卵焼きを自分の口に放り込む。残る卵焼きは一切れだけ。美雪の行動に思わず声を洩らすが、その事実は変わらない。
彼女は残った卵焼きを箸でつまむと、片方の手で茶色の長髪を耳に掛ける仕草をしながら暮人を見つめた。その表情はニヤニヤとしている。
「ほらほら、食べたいんでしょ? だったら素直になりなさいな。はい、あーん」
「ぐ………っ、し、仕方ないよな………? しのぶさんの手作りだもんな………あ、あーん」
美雪の視線が一瞬だけ暮人から外れるが、すぐに暮人に固定される。この状況を恥ずかしがっている暮人にとってあまり人目につくような行動は避けたかったのだが、目の前の幼馴染は変なところで頑なだ。
自分が母親同様美人だという事を自覚していないところが暮人の悩みどころ。
とりあえず自分を納得させるようにして彼女が差し出す卵焼きを口に含むとゆっくりと噛みしめるように咀嚼する。
「う………」
「う?」
「うまぁ~い………! 卵の味とダシが良い具合に共存してるし俺の好きな甘じょっぱい味だぁ」
「そっかそっか、それは良かった!」
後ろでガタリと机が擦れる音が聞こえたような気がしたが、今はそんな些細なことよりも今味わっている至福のときを十分に堪能する。
目を細めながら味わっている暮人の姿を、美雪は一層笑みを深めながらニコニコと見ていた。
「はい、じゃあ私も」
「………っ!」
忘れていた、とまではいかないがやはりそう来るかと身構える。
瞳を閉じながら無防備に口を開けている幼馴染の姿に思わずドキッとするが、平常心を保ちながら夜に味を仕込んでおいて朝に揚げた唐揚げを彼女の口へ運ぶ。
若干箸を持つ腕が震えていたのは気のせいではないだろう。暮人の後ろからまたガタッ! と先程より大きな音が聞こえたような気がしたが、少し緊張していた彼にとってはそれどころではない。
ゆっくりと彼女の口へと近づけた。
「ほ、ほら美雪。あーん」
「あーっむ。う~ん、美味しいね♪」
「そ、そっか! ははは………」
小さい時からの長い付き合いではあるので食べさせ合いには抵抗が無かったが、思ったよりもこれは恥ずかしい事だと思い知る暮人。
しばらく照れによる渇いた笑みを浮かべていたが美雪の表情を見ると、先程のニコニコとした表情は少しだけ鳴りを潜めていた。
それは彼女の幼馴染である暮人だからこそ気が付く変化。
「ねぇ暮人、私たちずっと一緒だよね………?」
おそらく美雪は心配で不安だったのだろうと暮人は思う。中学までは普通の生活を送っていたのに、高校からはその変わりない日常が一変した。
「あぁ、俺も美雪も今まで一緒にいたんだ。今更美雪を残してどっかに行ったりなんてしないさ」
「うん、うん………!」
安心させるように紡いだ暮人の言葉を聞いた瞬間、彼女の表情に満面の花が咲いた。その笑みは、暮人が思わず見惚れる程とても魅力的だった。
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