上 下
28 / 31
第1章

第26話 『水面下で蠢く思惑、そして鳳凰の顕現』

しおりを挟む



「しかし驚いた。『ダークエルフ』……生まれながらにして魔法に祝福されなかっ・・・・・・・・・・た忌み子・・・・を、この眼で拝めるとはなぁ」
「黙れ……! それ以上蔑んだ眼でこの私を見るな……ッ!」
「吠えるな、程度が知れるぞ」


 ダークエルフの女は若草色の切れ長な瞳でオレ様を鋭く射抜く。コイツの心の奥底からは激しい憎悪と怒りが業火のように燃え盛っている。

 ―――ダークエルフ。シルヴィアから少し聞きかじった程度だが、エルフ族の中でダークエルフの出生率は極僅ごくわずかなのだという。
 さらに何故か魔法を使えず肌が褐色という特徴を抱えており、それが原因で精霊の寵愛を賜らなかったとして、古臭い風習が残っているエルフの里の中では迫害や蔑視の対象となっているとの事だ。
 
 それを話すシルヴィアの表情は、とても悲しげだったな。……ふん。貴様、勘違いしてんじゃねぇぞ。このオレ様がたかだか魔法を使えない事や肌の色が違う程度で蔑むか愚か者。

 オレ様はそんな小さい事よりも、先程コイツが握り潰した物の正体について言及する。


「まぁいい。……それよりも先程貴様が壊した結晶の正体、あれは複数の精霊の魂の集合体・・・・・・・・だな? 本来純粋な輝きを放つあいつらだが、その魂はどす黒く濁っていた・・・・・。あのような凝縮された『負』の感情、何者かが手を加えなければ決してああはならない。そして『精霊の雫』の事もある―――答えろ。貴様らが、精霊を殺したのか?」


 怒りを一旦心の奥底に閉じ込め、拳を握りしめながら毅然とした態度でオレ様は訊く。そうでもしなければ、辺り一帯の物を消して・・・・・・・・・・しまいそう・・・・・だったからだ。

 ダークエルフの女はその整った表情を歪ませながら唇を曲げた。そして吠える。


「ハハ、ハハハッ……、そうだ、その通りだ。だが精霊を害した事など我らが計画の一端に過ぎない!! すべては私の、世界の破滅を望む者の願いを叶える為! 魔神復活の―――」
『―――フィリマ、少々口が軽いぞ』
「………ッ!」


 目を剥きながら興奮したかのように激しい口調で言い放つ女だが、その途中で何者かが言葉を遮る。
 どこから現れたのかは分からないが、気配や魔力を察知出来なかった事にオレ様は警戒心を最大に上げてその人物を睨み付けた。

 ……チッ、なんだコイツは………っ! オレ様の『真実の瞳』で見通すことが出来ないだと?フィリマと呼ばれた女と同様、外套の所為か……?

 突如現れた仲間らしき大柄な外套の人物は、フィリマと呼ばれたダークエルフの女を片手で抱えると、オレ様の方へ振り返って言葉を紡いだ。


『初にお目にかかる、人族の『聖痕適正者クェーサー』よ。仲間が世話になったが、本日のところは退かせて貰おう』
「ふざけるなッ! 私はまだやれ―――」
『―――黙れ』
「っ……!? チッ、わ、わかった……っ」


 フィリマの仲間らしき黒い外套の謎の闖入者はたった一言と同時に威圧を放ち、彼女の口から出そうになった抵抗の言葉を封じる。
 オレ様は目の前の人物を警戒しながら睨み付けた。実力の底がまるで見えない。

 チッ……、オレ様が視たいときに視れないとは随分と生意気だな。


「ふん、『聖痕適正者クェーサー』の名称まで知っているという事は、やはり貴様らは愚かにも『魔神の復活』を企む組織の者どもか」
『企む? いいや違うな。確かに遥か昔、精霊神と魔神が争いを繰り広げ、激しい戦いの末魔神は精霊神により封印された。しかしこの世界での魔神復活は既に決定事項・・・・・・、誰にも変えられない運命なのだよ。それを我らが―――ふむ、われも人の事は言えないな』


 ヤツは思わず、といったように外套のフードで表情が窺えない顎へと手を置く。同時に言葉の勢いが止まった。
 恐らくオレ様との会話の口数が多くなってしまった事による仕草。

 チッ、最後まで言えや。さっきからオレ様の気に障る話し方ばかりしてんじゃねぇぞこのクソどもが。


「まぁ良い。貴様らをここで倒し、この度の精霊の件や魔神の詳しい情報を引き出せば良いだけの事……!」
『威勢は結構だが、あの男は放って置いて良いのか?』
「何………?」
「ロ、ローランド! さっきからこいつの様子が変なの! なんだかすごおぞましいナニカが、こいつの身体を作り変えている・・・・・・・・・・みたい………っ」

 
 オレ様の背後にいるドロシーの焦ったような声に振り向くと、店主の男は苦しげに頭を抱えて呻いていた。驚いた事に、男の頭部には一本の鋭い角が生えている。
 『黄昏薬』の副作用の影響で廃人のようだった男だが、このような状態になったのは確実にあのダークエルフの女が握り潰した結晶体が原因だろう。

 ……確かにドロシーの言う通り、何かへと変異しつつあるが―――どうしてそれがわかる?

 オレ様はそのように話したドロシーへと疑問を抱くが、それよりも先に反応したのは大柄な外套の人物だった。


『―――ほう、惹き合う・・・・のか。そうかそうか、これは面白い結果だ』
「なんだと?」
『フッ、それでは我らは失礼しよう。まだ機が熟していないのが悔やまれるが……次に相見あいまみえるとき、貴様は我ら魔神復活を目的とする組織『千夜教団せんやきょうだん』の実力の一端を思い知る事になるだろう。―――精々力を蓄えておけ』
「戯言をッ……!」


 オレ様はヤツが言い終わるや否や魔力を全身に纏い、一気に加速。跳躍しながら黒いフードで隠された脳天へと脚を鋭く振り降ろす。全身全霊の力半分を込めた一撃であったが、空いた片手で掴まれ失敗。

 すぐさまその手の接地面を利用し蹴り上げるとオレ様は華麗に着地した。


『………………』
「………………」


 しばらく互いに睨み合うが、やがて相手は一瞬で消え去った。

 …………ふぅ。

 思うところが無い訳ではない。突如やって来たに舐め腐った態度で好き勝手言われ、オレ様の実力が半分と云えど通じなかったのだ。今後に活かす為の反省すべき点だろう。






 ……さて、過ぎ去った事は置いておこう。今は現在進行形で魔物と化している・・・・・・・・男の処遇についてだ。

 オレ様はドロシーとメルトへ視線を向ける。


「―――ドロシー、メルト。この店主の男はここで処分する。いずれにせよ手遅れだ」
「……処分って、殺すっていう意味?」
「当然だ。……まさか貴様、自分を追い込んだくずにまで情けをかける訳ではないだろうな?」
「………いいえ、あくまで確認しただけよ。―――ねぇ、こいつは私が殺すわ。良い?」


 どこか覚悟を決めた声音でドロシーがオレ様とメルトに確認するようにして訊いてくる。

 ……束縛、監禁された事による恐怖の払拭、元は人間だった命をコイツ自身の手で葬る事への緊張。ドロシーがどんな思いなのか想像に難くはないが、オレ様は寛容だからな。


「……ふん、まぁ別に良いだろう。あの結晶は兎も角、オレ様はこんなくずなど既に興味が無い」
「私も貴方の意思を尊重します」
「うん………ありがとう」


 あいつらのせいできょうがれた、というのもある。

 ドロシーは意を決したように目の前へ手を翳すと魔法を発動する為に完全詠唱を唱える準備、つまり魔力を練り込む。
 その合間にも男の魔物化は進行し―――、


 やがて、巨大なオーガのような魔物に変貌した。


『ゴガァァァァァァァッ!!!』


 その容貌は鬼面獣身。元の身体よりも何倍もある灰色の筋肉質な巨躯。子供一人なら丸ごと飲み込めそうなびっしりと鋭い牙が生えた凶悪な口。
 まるで人間だった頃の面影はなく、その雄叫びは歯止めの効かない赤ん坊のように喧しい。縦に割れた瞳には理性の光など既になく、そこに宿すのは破壊衝動のみ。
 
 腕や足を振り回し、地面を揺らす。

 ドロシーはそれに構わずに自らの保持する最高威力、火属性戦略級魔法の詠唱を紡ぐ。


『羽ばたくは鳳凰、その身に宿すは万物を消し去る聖なる業火。燃えよ、燃えよ、その不死の魂と共に身を焦がし、純然たるあか息吹いぶきで神鳥の輝きを示さんっ!』


 ―――"キュァァァァァッッ!!"

 次の瞬間、魔法陣から赤い炎の化身たる鳳凰が出現。耳をつんざくような甲高い声で一鳴きすると、術者であるドロシーの側に控える。威厳を証明するように、まるで生きて呼応するように翼を広げる。

 彼女の魔法を、その誇り高い煌めきを止められる者はどこにもいない。

 ドロシーは目の前のオーガ・・・を鋭い目つきで射抜くと、


『―――飛翔せよ、『火鳥絢爛かちょうけんらん』!!』


 そうドロシーは高らかに言い放すと、鳳凰をかたどった巨大な炎は猛烈な速度で魔物へと襲い掛かった―――。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。

桐山じゃろ
ファンタジー
高校二年生の横伏藤太はある日突然、あまり接点のないクラスメイトと一緒に元いた世界からファンタジーな世界へ召喚された。初めのうちは同じ災難にあった者同士仲良くしていたが、横伏だけが強くならない。召喚した連中から「勇者の再来」と言われている不東に「目つきが怖い上に弱すぎる」という理由で、森で魔物にやられた後、そのまま捨てられた。……こんなところで死んでたまるか! 奮起と同時に意味不明理解不能だったスキル[魔眼]が覚醒し無双モードへ突入。その後は別の国で召喚されていた同じ学校の女の子たちに囲まれて一緒に暮らすことに。一方、捨てた連中はなんだか勝手に酷い目に遭っているようです。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを掲載しています。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

処理中です...