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第1章
第25話 『絶対消去ーアブソリュート・ピリオドー』
しおりを挟むオレ様はドロシーと共に地下室から脱出した後、街中から移動し始めたメルトの魔力を追って、この木々が多く僅かながら拓けた場所に辿り着き着地したのだ。
ただ、着地した場所に偶然黒いナニカかが居ただけの事。オレ様はそれをぐりぐりと足でなじる。
うむ、やはり見下ろす光景というモノは美しい。
『クソッ……ッ!!』
「よ、っと……ほう、あの体勢から脚で攻撃をするか。足踏み程度が良くやる」
「ちょっとまって今の危なかったわよーっ!? 踵に仕込んであった暗器の針が私の綺麗な頬に当たりそうだったんだけれど!?」
「―――ハッ」
「鼻で笑わないで!? というか良い加減におろして!?」
腕の中で喚くドロシーを横目に、距離を取った外套の人物へと鋭く視線を向ける。どうやらオレ様に警戒しているようだ。
着地したと同時に高貴なオレ様の足で動けない様に踏み付けていたのだが、身体が柔軟なのか背中を逸らしながら脚の踵で攻撃してきた。
まぁ瞳の権能を使いながらその動きを予測していたオレ様は危なげも無く回避したが。……このオレ様が抱えているんだ、当てる訳ないだろうが馬鹿鳥。
オレ様はドロシーをおろしながら仰向けになっているメルトを見遣る。
「私の残り香を追って助けに来てくれるなんて、やはりこれは愛の力に違いありませんねっ! 結婚して下さい我が主様ぱーとつー!」
「魔力に決まってんだろこの変態が。怪我人はもう黙ってろ」
メルトを視る限り、何か魔法とは異なる力が作用して彼女の体を蝕んでいるようだ。
表情は仮面に隠れているのだがオレ様には分かる。痛みが身体中に広がっているのか、苦悶の表情を浮かべており汗を滲ませていた。加えて代謝に変調をきたしてもいるのか、小刻みに身体や言葉も震わせている。
チッ……いったいなんだこの力は? 『真実の瞳』で見通しているが、身体の中に黒い靄が分散している状態だぞ。
オレ様がメルトを見ている事に気が付いたのか、彼女はなんとか口を開く。
「……相手が言うには憎悪の結晶、所謂呪いの力、『呪術讃頌』というあの者だけが持つ力だそうです。武器からの接触でこの状態になってしまいましたが、おそらくあの人物に触れること自体が危険でしょうね……主は大丈夫ですか?」
「あぁ、今のところ問題ない。今視ているが、貴様の症状もオレ様の権能で打ち消せるだろう―――ほれ」
「………ふぅ、ありがとうございます主様。権能の一つ、『絶対消去』……相変わらず反則染みた力ですよねぇ」
普段通りの息遣い、声音。先程と比べ、彼女の苦しげな様子は窺えない。
オレ様は『真実の瞳』の権能を発動するとメルトの身体を蝕んでいた黒い靄を分解・消去。とても、非常に癪だが、その『呪い』という黒い靄の真実を完全に見抜いたわけではない。だがメルトが復調し、オレ様が体内を瞳で見通しても何も問題は無いので大丈夫だろう。
因みに『絶対消去』という権能名もメルトが考案したものだ。
『きゃら♡めるメイド喫茶』のガキどもの魔法や生物以外の物質、ドロシーの『黄昏薬』の副作用、そして今回のような正体不明の力を真実を見通す関係無しに打ち消す事が出来るオレ様の権能の内、最も理不尽な権能。
……以前メルトから”生きた万能薬”なんて言われた事もあったな。即座に仕置きしてやったが。まったく、オレ様を都合の良い物扱いするなぞ貴様は何様だ。
心配したドロシーがメルトに駆け寄るが、今まで無視していたオレ様の背後からは声が聞こえた。くぐもったその声はまるで動揺したかのように震えている。
『なんだ……っ、貴様のその力はいったいなんなのだ……! 私だけが保持する『呪術讃頌』の効果を消した……!? そんなの、そんなのいくら『精霊眼』と云えど有り得ない!!』
「ほう、この眼が分かるのか……まぁいい。だが実際こいつはもう動けている。貴様は自身の眼で見たものですら疑うのか? 可哀想な奴め」
『うるさい! 『真理を見通し事象を無に帰す』………。まるでエルフ族に古くから伝わる、伝承の精霊神の力そのものではないか!!………ッ!!』
外套の人物は信じられないモノを見たかのようにして言葉を吐き出すと、突如外套を翻して足に力を入れた。
不利を悟り逃亡するのかと思いきや、離れた場所にいる店主の男の元へと向かう。その行動にオレ様は思わず目を細めるが、どうやら外套の内側から何かを取り出しているようだ。
やがて取り出したのは、どす黒い四角の結晶の様なもの。
……何だあの物体は? オレ様の瞳で確かめ―――ッッ!!
オレ様は相手が持つ結晶を『真実の瞳』で視るが、その内包されているモノに驚愕、そして怒りが込み上げた。
「―――貴様ッッ!!!」
『ハ、ハハハハハハッ! もう遅い!―――く………ッ!』
パリィィィンッッ!!
オレ様が持てる最高の瞬発力ですぐさま懐に潜り込むも時すでに遅く、外套の人物は高笑いと同時に店主の男の頭上で結晶を握り潰していた。
舌打ちをしながらも、魔力で強化した回転蹴りを外套に覆われた胴に向けて蹴り放つ。相手は後退しながら大鎌の柄を使って防御姿勢をとろうとするも完全には衝撃を受けきれずにふっ飛ばされた。
呻き声をあげて無様に地面に這い蹲るそいつだが、どうやら転がった拍子に外套が取れてしまったようだ。
身軽な黒い軽装の上に所々白い包帯が巻かれている。
「ほう。貴様、エルフ族の女だったのか」
「な………ッ、チィッ……!!」
「やはりな、どうりでオレ様の眼の事や伝承に詳しい訳だ」
自らの種族が露呈しまった事に驚いたような表情を浮かべるも、腹部を押さえながら憎々しげに舌打ちする。
片手で顔を覆うようにしながらもオレ様を睨み付けるのは、ピンと長い両耳が特徴の銀髪のエルフ族の女だった。
そして何よりも印象的なのは、全体の肌が褐色だという事。
……これはまた、シルヴィアへの良い土産話が出来そうな案件だ。
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