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第1章
第24話 『メルトVS暗殺者 ~後編~』
しおりを挟む『ふん、この場所ならば邪魔は入らないだろう』
「確かに、そのようですね」
二人は街中を抜けると『王国都市』内の目立たない場所に辿り着いた。木々が多く、確かにここならば住民に迷惑をかける事はない。
外套の人物は掴んでいた男の首根っこを持ち上げると、背後へと雑にぶん投げた。
「……人質という割には随分と乱雑に扱いますね」
『もう利用価値は然程無いからな。だが私と同じように、貴様もこの下種の事なぞ何とも思ってもいない筈だろう』
「まぁ、正直そうですが」
敵と意見が一致するのは不服だが、外套の人物の言葉に渋々ながら肯定を示すメルト。
そもそも目の前の人物と同様に、この店主である男に対しメルトは決して良い感情を抱いてはいない。メルトの仲間兼ローランド様を想う好敵手であるドロシーを監禁したのだ。今回のドロシーの行動は褒められたものではないが、そのように陥れた人物も絶対に許せないとも思っている。
ちらりと向こうの様子を伺うと、男に意識はあるようなのだが、『黄昏薬』の副作用が深く進行したのかもう既に意思らしいものはない。
まるで生きた屍のようになりながら、目は焦点が合わないまま空中を彷徨う。
メルトは意識を目の前の人物に戻すと、外套の端をゆらゆらと揺らしながら漆黒の大鎌を両手で構える。その刃には紫色の魔力らしきものが纏わりついていた。
そうして、相手は変わらずくぐもった声で言葉を紡ぐ。
『さぁ、続きといこう……この死神の大鎌からは逃れられない。―――貴様はここで殺す』
「おや、”死神”とは随分な大言ですね……なら私も。……この天上の蒼穹をも両断する極致絶技、受けきれますか?―――貴方を決して、逃がさない」
木々が騒めいた次の瞬間、刃が交わっていた。二人を中心に響く激しい音と衝撃。ギャリギャリと火花が散るが、これまでの剣戟と違っているのは両者ともに刃に殺意が纏わっていること。
メルトは柄を握り締めながらも鷹のような目付きで相手の動きをつぶさに観察する。
(先程とはまるで違う、気配だけで私の肌を焦がすような殺気……! 大鎌を振るう手数も苛烈さも増している……っ、なるほど、私同様、本気では無かったという事ですね)
一刃一刃、外套の人物が繰り出す各攻撃はすべて急所を狙う静謐なる凶刃。
両手で器用に回転させながら首を狙った大鎌の軌道を目で追ったメルトは、剣で斜めに滑らせながらその身体をしなやかに逸らす事により回避した。
瞬時にメルトは足払いを仕掛けるが、相手は難なく跳び退くとこちらを窺うように大鎌を構える。
そして一跳びで跳躍すると再びメルト目掛けて襲い掛かった。
「―――『水弾丸』ッ!!」
『………………ッ』
メルトは自らの属性魔法である『水』の初級魔法を複数撃ち込むが、相手はその間を縫うようにして驚異的な身体能力で攻め込んできた。
―――決して御せない相手ではない。だが、確実に相手を無力化する為には決定的な攻撃が足りない。
相手の攻撃は熾烈さが目立つと同時に速度が並ぶ。切り結ぶ最中、何度か大鎌の刃が僅かながら身体に触れてしまったが、メルトが現在着ているこの装束は防刃仕様、肌に直接届かないので問題ない。
メルトはなんとか間隙を探そうと剣技の他に蹴り技を使った攻撃を繰り出すが、相手はまるでこちらの決定的な攻撃手段を繰り出させない様に阻止しているかのよう。
加えてこちらの視覚を錯乱する為か、ゆらゆらと揺れているので先の動きが上手く読めない。
強力な一撃を与える暇がない。
『―――しぃ……っ!』
「ふっ………っ!!」
再度短く息を吐き出しながら互いに踏み込む。
―――斬る、突く、薙ぎ払う。大鎌の変形的な攻撃に劣らず、複雑に、素早く繰り出される剣技や呼吸の合間に水属性魔法を撃ちこむメルトも負けてはいない。
現に、ほんの少しずつではあるが『破魔の剣』の切先が外套の端に掠り始めているのがその証拠。
「あは、どうしましたぁ? 少しずつ鈍くなって、ますよッ……!」
『チッ……調子に、乗るなぁ………ッ!!』
「………っ、と……」
剣戟の最中、漆黒の大鎌を大きく振りかぶるとそのまま剣を弾く。
一瞬だけ体勢が崩れたメルトに対し、勢い良く回転をしながら空気を切り裂く凶刃を叩き付けようとするも、彼女は四肢をうまく使い跳躍しながら後退した。
着地したメルトは改めて目の前の人物を観察する。
僅かに切り裂かれた外套の上半身部分からは白い包帯のようなものが覗いていた。そして長時間戦っていた訳ではないが、戦闘の苛烈さが続いたせいか相手は動きが鈍くなっている。恐らく短期決戦で決着を付けようとしたのだろうが、自らの目論見から外れて体力が消耗する結果に陥ったようだ。
やはり、こうした正面での戦闘には向かない『暗殺者』系の人物だという事が認識出来る。
「もう私を殺す事など諦めたらどうですか? 実力は拮抗していますが、このまま戦闘を続行したとしてもいずれ私の斬撃が貴方の身体に届きます。我が主もそろそろ心配して来る頃でしょうし……さ、諦めて捕縛されましょう」
『―――私がただ、馬鹿正直に戦っていただけだと思うか?』
「? それは、どういう………ッ!」
その言葉にメルトは訝しげな表情を浮かべると次の瞬間、身体中に痛みが走る。
「ぐぅ……っ、このじわじわと灼けるような鈍い痛み……いったいなにをしたのですか………ッ!!」
『痛いだろう、辛いだろう、苦しいだろう。優位に立てたと思い、己が慢心した結果と知れ』
「くッ、―――『空式絶釼・参ノ型―波雲―』ッ!!」
『……ほう、まだ動けるのか』
メルトは立ち上がり瞬時に鞘に剣を収めると、魔力を収束させすぐさま抜刀。魔力が伴った水色の斬撃が放たれ、離れた場所にいる外套の人物へと襲い掛かるも紙一重に避けられる。
次第にその痛みは身体中を蝕み、激しく息を継ぐメルト。自分の身体を侵すこの痛みの正体がわからず、苦悶の表情を浮かべる。
「はぁ、はぁ、魔法でも魔道具でもない……っ、この力は一体……!」
『いいだろう、これから死にゆく貴様に教えてやる。貴様を蝕むその痛みはこの身体に刻まれた積年の恨み、屈辱、憎悪の結晶だ。その名も『呪術讃頌』。この理不尽な世界の破滅を願った、私だけの力だ!!』
くぐもった声ながらも、憎しみの感情が絶叫となりてメルトの耳朶を揺らす。―――『呪術讃頌』、相手がそう呼ぶ力の全貌は謎に包まれているが、魔法とは異なり一切魔力の動きを感じなかった。おそらく大鎌の刃部分に纏っていた紫色の発光がそれだ。刃が身体に触れた部分に痛みが走っているので、時間差で痛みが発生するのだろう。
契約者であるメルト以外の魔力を伴う魔法や魔道具の効力を打ち消し、断ち切る特徴を持つ『破魔の剣』では、無力化することが不可能。
メルトは身体中に感じるじくじくとした鈍痛と、指先を満足に動かせない痺れ、氷水を掛けられたような寒気が徐々に感覚として明確に伝わってきた事を自覚する。
『『火傷』『麻痺』『悪寒』……現在進行形で蝕む、あらゆる効力を持つ私の呪いの力には決して抗えない』
「なる、ほど……どうやら、貴方と私の相性は最悪だったようですねぇ……っ残念です」
『私は喜ばしいよ。貴様という、いずれ組織の障害となるだろう芽を刈り取れるのだからな』
いつの間に近くにいた外套の人物は、動けずに仰向けで地面に転がるメルトを見下ろしながら淡々と言葉を言い放つ。包帯が巻かれた手に持つ漆黒の大鎌をメルトの首に向けて構えるが―――、
突如、メルトは仮面の奥に隠された端正な表情を笑みへと変え、言葉を紡ぐ。
「……フ、フフフフッ、言ったでしょう。我が主も、そろそろ心配して来る頃だって」
『なに……?―――ッ!!』
意識をメルトへ向けていた外套の人物は、メルトの視線が自分ではない方向を向いている事に気付く。咄嗟に顔を上げるが、すでに手遅れ。
『が、ぁ………………ッッッ!!!』
ダンッ、といきなりナニカが空から降り注ぐと、周囲がその衝撃で煙に包まれる。やがて、メルトにとってとても聞き慣れた声が響き渡る。
「―――ふん、貴様ともあろう者が珍しく無様を晒しているじゃねぇか。だがオレ様の命令をしっかりと守った事は褒めて遣わす。良くやった」
「じゃあ結婚して下さい我が主様ー」
「……軽口を叩けるのであれば問題無いだろう。………さて」
そう言って、メルトが心から親愛し信頼を寄せるオレ様傲慢クソ王子は、不敵に唇を曲げた。
「オレ様の下に丁度良い高さの足踏みがあるが―――いったいなんだろうなぁ?」
『………ッッ、き、さまぁ……ッ!!』
―――ローランド・ラ・イクシオン王子。救出したドロシーを両腕に抱えながら、傲慢且つ華麗に参上。
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