24 / 31
第1章
第22話 『クソ王子の求める見返り、それすなわち……』
しおりを挟む意識が現実へと引き戻される。オレ様が周囲を見渡すと薄暗くジメジメとした地下室の光景。どうやら無事に戻ってきたようだ。
ドロシーを見遣ると壁側に縮こまりながらぐったりとしていた。「うぅん……」とやがて小さな声をあげると、うっすらと目蓋を開ける。
……ふん、オレ様よりも遅く目覚めるなど部下としての自覚が足らんぞ。まぁ、今回ばかりは許してやっても良いか。
オレ様は唇を曲げる。
「こ、こは………っ、……そうだっ、ローランドはっ………!」
「手間を掛けさせやがって、この鳥女」
「ろーらんど……っ、ローランドぉ………っ!! ―――へぶっ!?」
「臭い、汚い、近寄るな」
「今が旬の乙女にそれは酷くない!?」
ドロシーが笑みを浮かべてオレ様に抱き着こうとしたので、片手でコイツの頬をがっちりホールド。くっきりとした目をこれでもかと剥きながら真顔になったオレ様に口答えをするドロシーだが、勢いが弱い。どうやらまだ本調子ではなく、体に力が入らないようだ。
……いや今の貴様のどこが乙女だ。自分の状況をよく考えろ。オレ様の目には髪はボサボサ、頬はこけて涙や鼻水や涎で顔がぐちゃぐちゃに見えるぞ。それに防臭加工が施されている『黒影の騎士団』の装束を着ているとはいえ、僅かな貴様の体臭も残る。甘さが混じった独特な匂い。まったく、淑女の風上にも置けん酷さだ。
やはり自称旬の乙女、自身の身なりが気になるのか涙目になりながらオレ様から一旦距離を取る。くんくん、と腕を交互に鼻に近づけるが、「確かに……」と力無く声を洩らしてがっくりと項垂れた。
「そんな事よりも、体調は問題ないか?」
「そんなことなの!?……って、あ、そういえばしっかりと話せているし、虚脱感も何もない……?」
「ふん、貴様を拘束していた紅い鎖を消したと同時に『黄昏薬』の成分を全て消し去ったんだ。そのおかげで副作用も消えているだろう? ずっと崇め称え、感謝しろ」
「いつの間に………うん、ありがと」
いつもならば噛み付く筈なのだが、深くは訊かずにはにかむようにして素直に感謝を口にするドロシー。まだ本調子ではないとはいえ彼女自身が蝕まれた『黄昏薬』の効果と副作用が消失しているのはドロシーが一番良く分かっているのだろう。その事実がオレ様の言葉が正しいという事を証明している。
……よし、さっさとメルトの元へ行かなければな。魔力を辿るが……うむ、街中か。
「さて、まだ事態は山積みだ。オレ様は至急メルトの元へ………ッ!!」
「っ!? ロ、ローランドッ……! 大丈夫なのっ!?」
「ふぅ……あぁ、問題ない……と言いたいが、少々魔力を消費しすぎたようだ……」
「そ、それってもしかして、私を助けるときに……っ! ごめんなさい……」
オレ様は思わず顔を顰めながら壁に寄り掛かる。ズキズキと鈍い痛みが頭に襲い掛かるが、それは魔力と瞳の権能を使い過ぎた結果。オレ様のこの姿を初めて見たドロシーはオレ様の身体を支えながらとても心配そうな表情を浮かべる。
やがてその原因に思い至った彼女は、揺れる瞳を伏せながらしゅんとした。
………チッ、そんな顔すんじゃねぇよ。オレ様がしたいからやった事だ。気に病む必要などない。
「謝るな。……はぁ、魔力吸収が出来れば、回復するのだが……」
「そ、それなら私の魔力をっ……!」
「貴様は貴様で体力を消耗しているだろう。その上魔力など吸収したら―――」
そこまで口に出たオレ様だが、ある考えが頭を過ぎりその勢いがぴたりと止まる。無言でオレ様の側にいたドロシーへ視線を向けると、上目遣いで見つめる彼女と視線が交わった。
オレ様のこの行動に不思議に思ったドロシーは小首を傾げる。
……おい待て、そもそもオレ様がこのような状態に陥っているのは、ドロシーが無暗にオレ様に相談なく乗り込んだのが原因なんだよなぁ。本来の決行日は明日。今日は明日の為に英気を養う日―――つまりは『魔力を無駄に使わず自然に限界まで貯蓄する日』だったのだが、こいつの所為で万全ではない状態でここへ来てしまった。
あぁ、そう考えたらムカついてきたな。魔力を消費してドロシーを救った事は後悔していないが―――オレ様を振り回した分、なにか見返りがあっても良いよなぁ?
「いや、前言撤回だ。おいドロシー、貴様オレ様の役に立ちたいんだったよなぁ?」
「え、えぇ……確かにそれはそうだけど―――きゃっ!」
「なら―――貴様の魔力、残り半分ほどオレ様に寄越せ」
「ふぇ、ちょ、まっ……んぅーーー!!? んーーーーー!!!!」
オレ様はドロシーの腰をグイッと引き寄せると、その小さな顎に手を添えてキスをする。あまりにも突然の出来事に、そのつぶらな瞳を見開きながら驚きを見せる様子のドロシー。どうしたら良いのか分からないように両手が空中を彷徨うが、オレ様の手でドロシーの手を絡ませて捕まえた。
そうして魔力を少しずつ吸収する。
魔力吸収の行為は、対象の女にオレ様の身体の一部でも接触していれば問題は無い。吸収具合もオレ様の方で調整出来るので、別に唇である必要はないのだが……こいつが迷惑をかけた分どうしようがオレ様の勝手だからなぁ。 光栄に思えよ?
「ぷはぁ……っ! いきなり何すんのよぉ……っ、」
「ふん、芳醇とまではいかないが甘酸っぱいな。貴様らしい味だ。―――もっと上げるぞ」
「……っ、ちょっ、まってぇ……っ」
「うるせぇ」
「~~~ッ! んむぅ……っ、ちゅぱ……っ、れぁ……んぅ……ぁむっ、ふぅ………っ」
そう言って強引に壁に押さえつけながらオレ様はドロシーの唇を貪る。始めは少しだけ抵抗を見せたが、しばらく堪能しているとその力も弱まり、顔を紅潮させながらその両目をとろんとさせるドロシー。やがて彼女はもじもじと両膝を擦り合わせながらぴくぴくと身体を震わせた。
……よし、ドロシーの魔力半分とは言わないが、後に控えている戦闘を考えるとこのくらいで問題ないだろう。……やはり貴様は良いな。ころころ変わる内その媚びた表情は、充分に可愛がり甲斐がある。
しばらくそうしていただろうか。満足したオレ様はドロシーから唇をゆっくりと離す。その瞬間、オレ様たちの間に透明な糸が出来るが、次第にそれは淡く消えていった。
深い呼吸をし合うオレ様とドロシーはそれに構わず互いに見つめ合う。
「魔力を吸収したが……身体の調子はどうだ?」
「はぁ、はぁ……しゅご、かったぁ……!」
魔力を吸収したオレ様はドロシーの体調の変化が無いかを訊くが、当の本人は赤らめた顔を蕩けさせながら上の空で返答する。
………………チッ。
「しっかりしろ馬鹿鳥」
「はぁん!! ~~~ッ、いったぁ!? にゃにしゅんのよぉ!!」
「いつまでも馬鹿面晒して呆けているからだ」
「し、仕方にゃいでしょ!? い、いきにゃり……キ、キ、キ、キスッ、してきたんだかりゃ………ッ! ………初めてにゃのに、ああんにゃにっ、激しく……っ」
オレ様がドロシーの額にデコピンをかますと、痛みに悶えるかのように蹲りながら舌足らずな口調で喚く。オレ様を見上げるその両目の端には涙が浮かんでいた。
……ほう、ほうほうほう。
「ふぅん、そうか初めてだったのか。―――なかなかに良かったぞ、貴様の味は」
「~~~っ! こ、このクソ王子ぃ……ッ! ひゃぁ………!」
ぺろり、とオレ様は見せつけるように自分の上唇を舐める。羞恥に悶えるかのようにしてしゃがみながらオレ様を睨み付けるドロシーだが、その様子に構わずオレ様は彼女を抱きかかえた。
その初心な反応は非常にオレ様好みなのだが、言っただろう? 事態は山積みだ、と。
「さて、この方が早いな。こんな地下室からさっさと抜け出して、今度こそメルトの元へ向かうとするか」
「や、やだ離してぇ! だってそ、その……臭い、んでしょ………?」
「………………く、くくくっ!」
抵抗するように言葉を言い放つが、すぐにドロシーはオレ様の腕の中で丸まった子猫のように大人しくしながらおずおずと視線を向ける。
オレ様とした事が、彼女の言葉に一瞬だけ間を空けてから笑ってしまった。
くくくっ、魔力吸収とはいえ、互いの身体を密着させながらキスまでしたというのに、今更そんな事をオレ様が気にするとでも思っていたのか。
……本当に、本当に貴様という奴はカワイイなぁ。思わずまた食べたいと思ってしまったではないか。
「あぁ、そうだな。その通りだ―――よし行くか」
「!! やっぱりぃ!! 遅くても自分で歩くぅ! おーろーしーてーっっ!!!」
おい、ジタバタさせんなミス・バードヘッド。オレ様の俊敏で華麗な移動の際に舌を噛んでも知らんぞ? ……くくくくっ。
0
お気に入りに追加
269
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる