21 / 31
第1章
第19話 『オレ様はクソ王子だが、貴様はクズだな』
しおりを挟む周囲の音がずれたと認識する程の『無』がこの空間を支配する。されど、その無音に秘められた熾烈さは隠し切れず。
颶風の如く素早さで黒いナニカはオレ様に肉迫する。
『――――――ッ!!』
「ご無事ですか、―――我が主?」
「あぁ、貴様が対処すると信じていたからな。褒めて遣わす」
オレ様の綺麗な首筋に、鈍色に煌めく湾曲した刃が襲い掛かるが、メルトが滑り込ませた『破魔の剣』により遮られる。その場に刃同士が打ち鳴らした衝撃が一瞬だけ遅れて伝わるが、当人らにとっては大したものではないだろう。
襲い掛かってきた黒いナニカはすぐさま跳び退き、一定の距離をとる。
メルトは真剣な表情で、オレ様を襲った全身を黒い外套で纏った人物を射抜く。
武器である等身大の大鎌を構えるその姿にはまるで隙が見当たらない。外見的特徴は黒い外套、大鎌を持つ手に巻かれた白い包帯が見える程度で、それ以外は読み取る事が難しい。
メルトが持つ藍色の瞳には殺意が迸っていた。
……チッ、メルトの奴。もはやアイツへの殺意を隠す気は全くねぇな。オレ様に対する貴様の忠誠心は立派だが、もう少し周囲への気配りもちゃんとしてやれ。
無様に涙や鼻水やらで汚ねぇ表情晒してへたり込んでいる奴らがいるのだからな。
「貴様は何者だ? コイツの協力者か?」
『……………』
「ふん、オレ様の質問に答える気はないという事か。―――メルト、逃がすなよ」
「はい、元からそのつもりです。主はドロシーをお願いします」
「分かっている」
先程打ち響いた金属音が気になったのか、奥の調合室にいた他の従業員がぞろぞろとこちらを窺っていた。オレ様はへたり込んでいる従業員含め、客へ逃げるように促すと奴らは蜘蛛の子を散らすように悲鳴を上げて出て行った。
シノアによってクソ親父にこの店の情報は渡してある。あとはあっちで勝手に調べるだろうから、『黄昏薬』を使っている一部の従業員がもし逃亡したとしても問題は無い。
残ったのはオレ様とメルト、そして黒い外套の人物と虚ろな表情をしながら項垂れた様子の店主のみ。
オレ様の慧眼ではこの店の中で他にドロシーの実力を超える特にめぼしい者はいなかった……やはりコイツだな。
まぁ良い。オレ様はドロシーの居場所を早々に突き止めるとしよう。
既に地下にある弱弱しい魔力は視えているのだが、アイツがオレ様に襲い掛かってきた以上、急いだ方が良さそうだ。しかし場所の行き方が分からん。
チッ、仕方ない。店主である男に直接聞くよりも、ほんの僅かに力を使ってみた方が早いな。だから―――さっさと教えろ、貴様。
「―――『権能解放』」
『………ッ! その力は……っ!―――』
「邪魔はさせませんよ。貴方のお相手は私です」
『チッ……! 邪魔だ……ッ!』
オレ様が持つ『真実の瞳』の権能の発動を察知したのか、言葉を憎々しげに吐き出すと同時にまたもオレ様に襲い掛かろうとする。
しかしメルトの射抜くような視線と死角の無い構えによる牽制で、外套の人物はどう攻め込んだら良いのか決めあぐねているようだ。
良し、その調子だメルト。アイツがオレ様の邪魔をしない様に貴様が壁になっていろ。さて、いくか。
そうしてオレ様は、目の前でただ座っているこいつを見下しながら『瞳』を向ける。そうして思考や深層領域を覗いた。
―――しっぱい、しっぱい、しっぱい。この御方が目の前に来てくれたと云えども、私はもうおしまいだ。『ようし、頑張って店を大きくしていくぞ!』あー、あぁ、喉が、気分が、心が渇く。湧き出る泉の如く全身の渇きを潤してくれるアレが、黄昏薬が欲しい。もやもやする。何故ばれた? 『薬草の高騰……ライバル店の競争……これでは店は波に埋もれてしまう。家族も従業員も養えない……っ』あいつだ。私が助けてやった冒険者だ。折角助けてやったというのにアイツが魔の道へ私を唆したんだ。だから私は悪くない。そうだ、きっとそうだ。『金、金だ……ハハッ……こんな僅かな量で莫大な金が手に入るのかっ!!』あの薬に手を出したのも、気持ち良くなったのも、やめられなかったのも、妻や娘に暴力を振るったのも、嫌がる二人や従業員に無理矢理使用して依存・共犯者にさせたのも、この御方の指示で黄昏薬を買うフリをしてこちらを調査の真似事をしているあの少女を監禁したのも。『フゥーッ、フゥーッ……アハ………アハハハハっ、ヒヒヒッ!』もとはぜーんぶアイツと、黄昏薬のせいだ。イライラする。そうに違いない。あー、そういえば地下室に監禁した少女はどうなったか。追加で薬を注入したが特に変化はなかったなー。まぁもう少しで気持ち良くなる段階だろうけどぉ。『―――貴方には実験台になって貰います』あはぁ、もし後遺症が残っても死んだとしても私のせいじゃ―――。
「ふざけんじゃねぇ!!」
「かはっ……!?」
オレ様はカウンター越しからこのクズの胸倉を掴むと、一気に壁際まで投げ飛ばす。
背中からぶつかり、肺から全ての息を吐き出しながら無様に転がるがオレ様にはそんなの関係ない。
どうやら気絶したようだ。
………クソが、クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがッッッ!!!!
ふざけるなよ。あの鳥女は、ドロシーはオレ様のモノだぞ!? 勝手に貴様如き路傍の石程度の価値も無いゴミクズが、オレ様の大切な女に手ぇ出してんじゃねぇ!!
後で地獄を見せてから必ずぶっ殺してやる。覚悟しろよ。
「オレ様はクソ王子とも言われた事があるが―――貴様はイヌ畜生以下にも劣るクズだな……!!」
地下室への入り口は、既にオレ様の瞳の権能であのクズの深層領域を覗いたときに分かったので問題ない。
とにかくオレ様は急いで店の奥にある調合室へと向かう。その部屋のテーブルには薬草や謎の液体といった調合薬の素材、乳鉢・乳棒や薬包紙、試験管、重量計といった調合器具がずらりと置いてあったが、無視する。
オレ様は薬草や調合薬に関する物が描かれている本が大量に置いてある奥の壁際の本棚の前に立つと、数冊の本を抜き床に投げ捨てた。
すると、鈍い音を立てながら自動的に本棚全体が横にずれる。隠し扉的なギミックだが、やがてその奥に現れたのは金属製の頑丈そうな鍵付きの扉。
たかが壁の癖にオレ様の歩みを遮るんじゃねぇ。
「……チッ、面倒だな。―――邪魔だ、消えろ」
そうオレ様が簡潔に言葉を吐き捨てると左の碧眼が僅かに発光。目の前に立ち塞がっていた扉全体が消失。跡形も無く消え去った。
奥に続く階段を下りると、上の調合室よりも狭いがこの地下室へと繋がっていた。視界が真っ暗で何も見えないので、オレ様は事前に持参していた魔道具で周囲を照らす。
そして近づく度に仄かに香る、『黄昏草』特有の酸味のある独特な匂い。
存在を証明するかのように机には大量の『黄昏草』と『精霊の雫』、それらを調合したであろう『黄昏薬』が所狭しと並んでいた。
ここにドロシーがいないとなると……あの奥にある扉の向こうか。魔力の反応も、確かにその先だ。
さらにその奥にもう一つあったのは木製の扉。ドアノブに手を掛けると一気にこじ開けた。
そこでオレ様の視界に映ったのは―――、
「あぁーー、……フゥ、ハァ……ハァ、あーあぁあああぁー……」
「ドロ、シー……」
ぐったりとした様子で途切れ途切れに声をあげながら、鎖に繋がれていたドロシーだった。
0
お気に入りに追加
269
あなたにおすすめの小説
異世界とは他の星系ですか
ゆみすけ
ファンタジー
ニートである、名前はまあいいか。 仕事をしていたが、首になった。 足が不自由になりセールスができなくなり自ら退職した。 未練はない。 働いていたときは、とりあえず給料はもらえた。 だから会社に不満はない。 すこし蓄えがあった。 それで食いつないでいる。 体が不自由なヒトの気持ちがすこしわかった。 アパートも引っ越した。 家賃が安いところをさがした。 贅沢はいえない。 今までの生活からダウンするのはつらかった。 一度覚えた贅沢は、なかなか制限できないものだ。 しかし、無い袖は触れない。 今日、昼なに食べようか、朝は無い、近所の安いスーパーでオニギリの安いやつでも、コンビニは高いから、スーパーのほうが安いから。 金が余分に無い、1日500円までだ。 足を引きずり歩く、すこしなら歩けるから。 声がする、 え、なに誰、聞えたのではなく、響いたから当然とまどった。 「聞えましたか、やっと聞えましたね。言葉理解できますか。」 だれ、頭に直接聞える声はだれだ。と思考した。 「まあ、だれでもいいでしょう。のちほど会ってからでも、とりあえずアポだけでもと思いまして。」 どうしたら会えるんだ。と思考した。 「あなたの時間に合わせます、だれもいないところで。」 なら近くの川の土手で夜7時ころなら誰もいないから。 「わかりました、では今夜7時ころ、そこの川の土手で。」と頭に響いて、その声はやんだ。
追放シーフの成り上がり
白銀六花
ファンタジー
王都のギルドでSS級まで上り詰めた冒険者パーティー【オリオン】の一員として日々活躍するディーノ。
前衛のシーフとしてモンスターを翻弄し、回避しながらダメージを蓄積させていき、最後はパーティー全員でトドメを刺す。
これがディーノの所属するオリオンの戦い方だ。
ところが、SS級モンスター相手に命がけで戦うディーノに対し、ほぼ無傷で戦闘を終えるパーティーメンバー。
ディーノのスキル【ギフト】によってパーティーメンバーのステータスを上昇させ、パーティー内でも誰よりも戦闘に貢献していたはずなのに……
「お前、俺達の実力についてこれなくなってるんじゃねぇの?」とパーティーを追放される。
ディーノを追放し、新たな仲間とパーティーを再結成した元仲間達。
新生パーティー【ブレイブ】でクエストに出るも、以前とは違い命がけの戦闘を繰り広げ、クエストには失敗を繰り返す。
理由もわからず怒りに震え、新入りを役立たずと怒鳴りちらす元仲間達。
そしてソロの冒険者として活動し始めるとディーノは、自分のスキルを見直す事となり、S級冒険者として活躍していく事となる。
ディーノもまさか、パーティーに所属していた事で弱くなっていたなどと気付く事もなかったのだ。
それと同じく、自分がパーティーに所属していた事で仲間を弱いままにしてしまった事にも気付いてしまう。
自由気ままなソロ冒険者生活を楽しむディーノ。
そこに元仲間が会いに来て「戻って来い」?
戻る気などさらさら無いディーノはあっさりと断り、一人自由な生活を……と、思えば何故かブレイブの新人が頼って来た。
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
ここは貴方の国ではありませんよ
水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。
厄介ごとが多いですね。
裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。
※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる