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第1章

第19話 『オレ様はクソ王子だが、貴様はクズだな』

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 周囲の音がずれたと認識する程の『無』がこの空間を支配する。されど、その無音に秘められた熾烈さは隠し切れず。
 颶風ぐふうの如く素早さで黒いナニカはオレ様に肉迫する。


『――――――ッ!!』
「ご無事ですか、―――我が主・・・?」
「あぁ、貴様が対処すると信じていたからな。褒めて遣わす」


 オレ様の綺麗な首筋に、鈍色に煌めく湾曲した刃・・・・・が襲い掛かるが、メルトが滑り込ませた『破魔の剣』により遮られる。その場に刃同士が打ち鳴らした衝撃が一瞬だけ遅れて伝わるが、当人らにとっては大したものではないだろう。

 襲い掛かってきた黒いナニカはすぐさま跳び退き、一定の距離をとる。

 メルトは真剣な表情で、オレ様を襲った全身を黒い外套がいとうで纏った人物を射抜く。
 武器である等身大の大鎌を構えるその姿にはまるで隙が見当たらない。外見的特徴は黒い外套、大鎌を持つ手に巻かれた白い包帯が見える程度で、それ以外は読み取る事が難しい。
 メルトが持つ藍色の瞳には殺意が迸っていた。


 ……チッ、メルトの奴。もはやアイツへの殺意を隠す気は全くねぇな。オレ様に対する貴様の忠誠心は立派だが、もう少し周囲への気配りもちゃんとしてやれ。
 無様に涙や鼻水やらで汚ねぇ表情かお晒してへたり込んでいる奴らがいるのだからな。


「貴様は何者だ? コイツの協力者か?」
『……………』
「ふん、オレ様の質問に答える気はないという事か。―――メルト、逃がすなよ」
「はい、元からそのつもりです。あるじはドロシーをお願いします」
「分かっている」


 先程打ち響いた金属音が気になったのか、奥の調合室にいた他の従業員がぞろぞろとこちらを窺っていた。オレ様はへたり込んでいる従業員含め、客へ逃げるように促すと奴らは蜘蛛の子を散らすように悲鳴を上げて出て行った。
 シノアによってクソ親父にこの店の情報は渡してある。あとはあっちで勝手に調べるだろうから、『黄昏薬』を使っている一部の従業員がもし逃亡したとしても問題は無い。

 残ったのはオレ様とメルト、そして黒い外套の人物と虚ろな表情をしながら項垂れた様子の店主のみ。

 オレ様の慧眼ではこの店の中で他にドロシーの実力を超える特にめぼしい者はいなかった……やはりコイツだな。

 まぁ良い。オレ様はドロシーの居場所を早々に突き止めるとしよう。
既に地下にある弱弱しい魔力は視えているのだが、アイツがオレ様に襲い掛かってきた以上、急いだ方が良さそうだ。しかし場所の行き方が分からん。

 チッ、仕方ない。店主である男に直接聞くよりも、ほんの僅かに力を使ってみた方が早いな。だから―――さっさと教えろ、貴様。


「―――『権能解放オープン』」
『………ッ! その力は……っ!―――』
「邪魔はさせませんよ。貴方のお相手は私です」
『チッ……! 邪魔だ……ッ!』


 オレ様が持つ『真実の瞳トゥルーシーカー・アイ』の権能の発動を察知したのか、言葉を憎々しげに吐き出すと同時にまたもオレ様に襲い掛かろうとする。
 しかしメルトの射抜くような視線と死角の無い構えによる牽制で、外套の人物はどう攻め込んだら良いのか決めあぐねているようだ。

 良し、その調子だメルト。アイツがオレ様の邪魔をしない様に貴様が壁になっていろ。さて、いくか。

 そうしてオレ様は、目の前でただ座っているこいつビスケを見下しながら『瞳』を向ける。そうして思考や深層領域を覗いた・・・




 ―――しっぱい、しっぱい、しっぱい。この御方・・・・が目の前に来てくれたと云えども、私はもうおしまいだ。『ようし、頑張って店を大きくしていくぞ!』あー、あぁ、喉が、気分が、心が渇く。湧き出る泉の如く全身の渇きを潤してくれるアレが、黄昏薬が欲しい。もやもやする。何故ばれた? 『薬草の高騰……ライバル店の競争……これでは店は波に埋もれてしまう。家族も従業員も養えない……っ』あいつだ。私が助けてやった冒険者だ。折角助けてやったというのにアイツが魔の道へ私を唆したんだ。だから私は悪くない・・・・・・・・・。そうだ、きっとそうだ。『金、金だ……ハハッ……こんな僅かな量で莫大な金が手に入るのかっ!!』あの薬に手を出したのも、気持ち良くなったのも、やめられなかったのも、妻や娘に暴力を振るったのも、嫌がる二人や従業員に無理矢理使用して依存・共犯者にさせたのも、この御方・・・・の指示で黄昏薬を買うフリをしてこちらを調査の真似事をしているあの少女を監禁したのも。『フゥーッ、フゥーッ……アハ………アハハハハっ、ヒヒヒッ!』もとはぜーんぶアイツと、黄昏薬のせいだ。イライラする。そうに違いない。あー、そういえば地下室に監禁した少女はどうなったか。追加で薬を注入した・・・・・・・・・が特に変化はなかったなー。まぁもう少しで気持ち良くなる段階だろうけどぉ。『―――貴方には実験台になって貰います』あはぁ、もし後遺症が残っても死んだとしても私のせいじゃ―――。



「ふざけんじゃねぇ!!」
「かはっ……!?」


 オレ様はカウンター越しからこのクズ・・胸倉むなぐらを掴むと、一気に壁際まで投げ飛ばす。
 背中からぶつかり、肺から全ての息を吐き出しながら無様に転がるがオレ様にはそんなの関係ない。
 どうやら気絶したようだ。

 ………クソが、クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがッッッ!!!!

 ふざけるなよ。あの鳥女は、ドロシーはオレ様のモノだぞ!? 勝手に貴様如き路傍ろぼういし程度の価値も無いゴミクズが、オレ様の大切な女に手ぇ出してんじゃねぇ!!

 後で地獄を見せてから必ずぶっ殺してやる。覚悟しろよ。


「オレ様はクソ王子とも言われた事があるが―――貴様はイヌ畜生以下にも劣るクズだな……!!」






 地下室への入り口は、既にオレ様の瞳の権能であのクズの深層領域を覗いたときに分かったので問題ない。

 とにかくオレ様は急いで店の奥にある調合室へと向かう。その部屋のテーブルには薬草や謎の液体といった調合薬の素材、乳鉢・乳棒や薬包紙、試験管、重量計といった調合器具がずらりと置いてあったが、無視する。

 オレ様は薬草や調合薬に関する物が描かれている本が大量に置いてある奥の壁際の本棚・・の前に立つと、数冊の本を抜き床に投げ捨てた。
 すると、鈍い音を立てながら自動的に本棚全体が横にずれる。隠し扉的なギミックだが、やがてその奥に現れたのは金属製の頑丈そうな鍵付きの扉。

 たかが壁の癖にオレ様の歩みを遮るんじゃねぇ。


「……チッ、面倒だな。―――邪魔だ、消えろ」


 そうオレ様が簡潔に言葉を吐き捨てると左の碧眼が僅かに発光。目の前に立ち塞がっていた扉全体が消失・・。跡形も無く消え去った。

 奥に続く階段を下りると、上の調合室よりも狭いがこの地下室へと繋がっていた。視界が真っ暗で何も見えないので、オレ様は事前に持参していた魔道具で周囲を照らす。
 そして近づく度に仄かに香る、『黄昏草』特有の酸味のある独特な匂い。
 存在を証明するかのように机には大量の『黄昏草』と『精霊の雫』、それらを調合したであろう『黄昏薬』が所狭しと並んでいた。

 ここにドロシーがいないとなると……あの奥にある扉の向こうか。魔力の反応も、確かにその先だ。


 さらにその奥にもう一つあったのは木製の扉。ドアノブに手を掛けると一気にこじ開けた。

 そこでオレ様の視界に映ったのは―――、


「あぁーー、……フゥ、ハァ……ハァ、あーあぁあああぁー……」
「ドロ、シー……」


 ぐったりとした様子で途切れ途切れに声をあげながら、鎖に繋がれていたドロシーだった。



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