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第1章

第15話 『大切なモノの温もり』

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『ローランド。貴方の瞳の力のことは、ワタシ以外に決して誰にも話してはいけないよ。話していいのは制御できるようになってから。絶対に信頼出来る、絶対に自分を裏切らない大切な人にだけ言いなさい』
『母様……っ、いったいのこの力はなんなのですか……? こので視た景色は、人は、感情は……っ、あまりにも綺麗で、歪んでいるっ……! もう誰もみたくないっ。こわいっ、こわいよぉ……っ!』


 ―――オレ様は幼き日の夢を見ていた。突如身に宿った、強大な力に振り回されたオレ様の瞳をじっと見つめながら語り掛けるようにする母様との会話を。

 母様とオレ様がいたのは王宮の整然としたオレ様の私室。しかし辺りを見渡す限り、そこはもはや既に、王子の部屋と呼ぶにはあまりにも酷い惨状だった。

 ベッドの周囲にあった天幕は刃物で切り裂かれた様にボロボロになった布切れに、棚にある花がけられた壺上の花瓶は丸い形のナニか・・・・・・・が綺麗に通ったかのように中心を穿っていた。所々剥げた赤い絨毯には、割れた窓ガラスの破片が大量に散らばっている。
 さらにはメイド服を着た長身の女や年老いた大臣の二人が気を失って倒れていた。


 泣きじゃくりながら顔を、異彩な光を放つ瞳を両手で覆い押さえるオレ様。力が暴走してしまい、纏まりのない説明を行なうオレ様の身体を、ぐちゃぐちゃになった心までもを母様は包み込むように抱きしめた。


『大丈夫。大丈夫よローランド。私の力で余分な精霊の力は沈静化させたから、数年は暴走しない。瞳の色も大丈夫。……魔力の質を視る限り、貴方のその瞳には『精霊』やその上位の存在である『精霊神』の力が宿っている。その膨大な力を制御する為には、つらい思いもたくさん経験するでしょう。けれど、どんな未来もおそれないで。困難にすくまないで。きっとその力は、貴方が精霊に選ばれた証』
『精霊に、選ばれた……?』


 そう言った母様は、翠玉色すいぎょくいろの瞳に変化したオレ様の左目を泣きそうな顔で見つめる。幼き日のオレ様は、自分の事でいっぱいだった。

 故に、母様のその表情の意味が解らない。







『ローランド・ラ・イクシオン。人族でありながら、悠久の時を生きる私たち精霊に愛された『聖痕適正者クェーサー』よ。貴方は『精霊眼エレメンタル・アイ』という人知を超越した力を得た代価として、近い将来貴方の最も大切なものに不幸が訪れるでしょう。そう遠くない未来―――『魔神』復活による世界の存続を賭けた大きな戦いが再び起こります。それまでに強くなって下さい、愛しきヒトの子よ。希望の光―――!』







 森で意識を手放している間に『真実の瞳』を与えたオレ様へ、ティターリアが言い放ったその言葉、『予言』を思い出したのはそれから間もなくだった。


 ―――そうして、オレ様の母親であるエレノア・クリスティアはこの世を去った。


 直前にオレ様の頬を優しく撫でた冷たい手の感触は、生涯忘れないだろう。









「チッ……最悪だ」


 ベッドで寝ていたオレ様は目が覚めると身体をゆっくりと起こした。寝間着にしていた黒いシャツが大量の汗で身体に張り付く感覚に違和感を覚えるが、それに構う事なくオレ様の左目を覆う。幼い当時の鮮明な記憶が蘇る。暑いわけでもないのに汗が噴き出て、酷く寒気がする。
 この感覚を経験したのは一度や二度ではない。

 ………………………。

 トントン、と静寂を破ったのはオレ様のこの部屋をノックする軽快な音。


「失礼します。ローランド様、朝で………っ、如何いかがいたしました?」
「―――夢を見たんだ」


 僅かな緊張を張り付けながら急いで近寄ってきたシノアに、簡潔に一言だけ伝える。その言葉を聞いただけで理解したのだろう、彼女は唇をぎゅっと引き結ぶと目を伏せた。
 無表情だがオレ様には分かる。まるで過去の自分への呵責に耐えるように、震えていた。


 ……貴様のせいではないと伝えても、それはなんの慰めにもならないだろうな。話を逸らすか。


「ハイドの元で今回の案件に関する情報を訊いたせいか分からんが、あの時を鮮明に思い出してしまった。……『精霊サマサマ』、か。ハッ、まさか『黄昏薬』の製法に精霊が材料として・・・・・使われていたとはな」
「………………………」



 あのときハイドが語った事の顛末はこうだ。

 日常の水面下で密かに流通していた『黄昏薬』の発生元は、『王国都市オータル』に存在する様々な症状に効く薬草やそれを薬用に調合して販売する店、つまりは製薬店の一つだった。

 話は単純。他同業者との競合に負けて赤字経営が続いた結果、店主へ「良い話がある」と黄昏草の独自入手ルートを知っていた一人の男性冒険者の甘言に唆されて手を出したそうだ。因みにその冒険者というのがシルヴィアの知人が情報を吐かせた男らしい。

 店主は始めはいけないと分かっていても従業員や家族を養わなければいけないという迷った末での苦渋の決断だったらしいが、その後以前まっとうに商売していた時よりも儲けることが出来て見事ドハマり。
 今ではその家族や一部の従業員も使用しているらしい。

 大体の買い手はその冒険者が仲介した荒くれ者や違法組織の人間、さらには一部の貴族までも手を出していたとの事。販売経路は店側の人間のみが理解出来る隠語、つまりは『符丁』を互いに照らし合わせて売買するそうだ。

 ここまでは通常の犯罪の話なのだが、問題は次だ。

 『黄昏薬』やその素材の元となる黄昏草は王国内で栽培・輸入禁止になった違法薬物。だからこそ調合場所は地下で行なっていたのだろうが、ハイドが言うには黄昏草の側にはそこではおおよそ通常の調合薬では使われない素材がすぐ近くに置かれていたらしい。


 ―――『精霊の雫』。つまりは精霊が生命活動を終えた際に産み落とす色の付いた宝石のような普通では入手困難な石だ。あるいは精霊の亡骸なきがらと捉えても良い。
 何故そんなものがそこに置いてあったのかをハイドに訊いてみたが、彼奴でも不明らしい。

 ………と、まぁこんな具合だ。


 その冒険者の言葉、黄昏草のすぐ近くに置かれていた調合に使う必要のない用途不明な『精霊の雫』。それらを繋げるのならば十中八九『黄昏薬』の調合に使用したに違いない。『精霊の雫』には魔力を一時的にだが上昇させるなどの効果があるからな。合わされば最悪だろう。
 他にも、思い当たる言葉がある。



『………同胞の声が、しないのです』



 ティターリアが話していた、行方知れずとなっていた初級・中級のまだ幼い精霊ども。彼女が愛してやまない大切にしている存在を殺害し、もしそれがあそこにあった大量の『黄昏薬』の素材として使用されていたとしたら。


「オレ様は、決して許すことが出来ない………っ!」
「ローランド様………」



 精霊が普通の人間には視認出来ない事から、この件と精霊が行方不明になった件は別物と考えても良いだろう。

 一番の問題は、誰がどのように自由気ままな精霊の拿捕手段を得て、誰が入手困難な『精霊の雫』を大量に手引きしたかだ。それを知る事が出来れば、ティターリアが話す精霊が行方不明になった件の真実を突き止められる筈だ。

 夢で精霊どもがいなくなった事を話したティターリアの悲しげな表情が、あのときの母様と同じような表情をした顔が、脳裏にこべり付く。


 ―――もう二度と、あんな顔をさせてたまるものか。失って、たまるものか………っ!


 オレ様はそう思いながらこぶしを握るが、震えが止まらない。


「―――大丈夫、大丈夫ですよ」
「っ、………!」


 そう柔らかく言葉を紡ぎながらオレ様の震える手を優しく包み込んできたのは、シノアの小さな両手。幼い頃から、母様が死んでからもずっと、いつもオレ様の側にいて支えてくれた大切な存在。

 オレ様がシノアを見ると、彼女は優しげに見守るように微笑んでいた。
 これ以上、言葉は要らないとでも言うように。その綺麗な茶色の瞳にはオレ様への情愛や信頼の色が十分に澄み渡っていた。

 しばらくオレ様の手を柔らかく、けれども離さないようにしっかりと握っていたシノア。オレ様は彼女へ声を掛ける。


「もう十分だ、シノア」
「―――はい」
「やはり貴様は、オレ様にとってかけがえのないモノらしい。………ありがとう」


 そう伝えると、基本無表情なシノアだがこのオレ様が思わず息を呑むような笑みを浮かべていた。
 やがて、その綺麗な唇を開く。


「―――はいっ、ずっと側におります。だってシノアは、ローランド様だけの大切なメイドモノですからっ」


 ―――オレ様には、守らなければいけない大切なモノがたくさんある。







 早朝、そんなシノアとのやり取りがあった訳だが、現在は朝食を食べ終えて午前中のひとときを満喫していた。シノアには王城へと遣いを出してクソ親父に諸々の事情や決行日を伝えに行って貰っている。本番は明日、ならば前日には優雅に過ごし英気を養わなければな。
 ……あぁ、そういえば言っていなかった。

 情報屋を出た際にオレ様はドロシーに明日の昼にその違法薬物店へ乗り込むことを伝えている。『符丁』の合言葉も分かった事だし、現場を掴んだ瞬間に一気に畳みかけるという寸法だ。あ? スタイリッシュはどこにいった? 優雅さがない? ……はっ、バカか。高貴なオレ様は既に滲み出ているから問題ないんだよ。そう、我が友が話していた”マイナスイオン”のようにな。

 一度薬物に染まった奴はそう簡単に抜け出せねぇ。既に身体にびっしりと染み込んでいるんだ。なら、そいつらを捕縛した上でオレ様とドロシーで肉体的痛みを覚えさせねぇとなぁ。


 と、シノアが淹れた紅茶を優雅に啜りながらオレ様が考えていると、入り口から鈴の音と扉を開ける音が聞こえた。

 ………この静かな足音は、メルトか。響く音から察するに何か焦っているな?

 やがて姿を現したのはオレ様の感覚通り長髪を乱したメルトだった。ふん、やはりオレ様の感覚は冴えているな。
 さて、このままオレ様の想像通り・・・・なら。


「オレ様の邸宅の中を走るな。だがそんなに急いでどうかしたか、メルト? まるで籠の中にいた馬鹿鳥・・・が恩を忘れて逃げてしまったような表情をして」
「―――申し訳ありませんローランド様。ドロシーが、昨日の夜から騎士団寮に戻っていないのです」


 ………はっ。やはり貴様は本当にオレ様好みの分かりやすい女だ。ただ―――じゃじゃ馬が過ぎるがな?



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