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第1章
第12話 『深淵の情報屋』
しおりを挟む「は、なによそれ!? 身体接触による魔力吸収!? しかも女性限定!?」
「あぁ、貴様が扉越しで訊いた声は魔力吸収による副作用的な物だ。決して貴様の想像しているものではない」
「このえっち! 女の敵! 破廉恥王子!」
「話を聞いていなかったのかこの駄女鳥が」
「え、いきなり頭を掴んでなに……あ、もしかして撫でて………! い、いたっ、イダダダダッッ!! ちょ、まって……まってローランドぉ! これダメなヤツ、頭が潰れちゃうヤツだからぁっ!!」
ドロシーの頭部に片手を置いた途端、何を勘違いしたのか表情が明るくなった。が、オレ様は少しだけ魔力を使い力を込める。
貴様の翼を模した髪を慌てたようにパタパタさせんな。
チッ、せっかくオレ様が魔力吸収や自身の体質の事を懇切丁寧に説明してやったのに好き勝手言いやがって……なんだその図に乗った態度は?
「反省は?」
「しますしますはんせいしますぅ……っ! い、一時的に優位に立てると思って調子に乗りましたぁっ! ごめんなさいローランド様ぁ~~!」
「……ふん、いいだろう。オレ様の蒼穹より広い寛大な心で許してやる」
握力を強化した手で頭を握りしめた瞬間、涙目でそう無様にオレ様に訴えかけるドロシー。力を入れ過ぎてしまったのか、ドロシーの小顔全体が紅潮している。
……ほう、オレ様の嗜虐欲を刺激する表情じゃねぇか。だが貴様如きが高貴なオレ様を弄ぼうとするでないわ。
唇を曲げながら指に入れていた力を緩める。ドロシーはオレ様から少しだけ距離をとると、歩みを休めずに自らの頭に両手を添える。
「アンタ、み、ミシミシって私の華奢な頭蓋骨が悲鳴を上げていたわよ!? 危うく新しい扉が開かれようとしていて、頭にまだアンタの掌の感触が………あ、これはこれでいいかも、えへへ………!」
「何を言っているんだ貴様?」
最後に何を言っているのかよく聞こえなかったが、”新しい扉”という意味深な言葉は聞こえたぞ。……おい、敢えて言わないが決して、絶対にメルトのようにはなるんじゃねぇぞ? あいつはオレ様の予想を遥かに超えてもう既にド変態だからな。
ドロシーは取り繕うようにしてオレ様へ手をブンブンと振ると言葉を続けた。
「ハッ、な、なんでもないわっ! そ、それはともかく……その」
「なんだ、言いたい事があるならはっきりと言え」
「その! ……メ、メイド喫茶の女性とは他に何もないのよね!? ただ魔力吸収をするだけの関係なのよね!?」
「………まぁ、今のところはそうだな」
「何よその顔とその間はぁ!? ……ふんっ、まぁ良いわ―――ローランド!」
「ん、どうした?」
「言っとくけど私、絶対に負けないから。覚悟しなさいよ!」
「―――ふっ」
先程よりも唇を大きく曲げてオレ様は笑みを零す。隣にいるドロシーの瞳を見るが、その眼差しは純粋な煌めきが揺らめいている。
何を言い出すのかと思えば……思わず脱力して吹いてしまったではないか。本当に、貴様はオレ様好みの可愛い生き物だなぁ。やはりオレ様は恵まれている。
しかし、貴様はオレ様に覚悟するように言ったつもりだろうがそれは違うぞ。本当に覚悟をするのは貴様の方だからな、ドロシー。なんせ相手はオレ様と積み重ねて来た思い出も経験も、さらにはオレ様への想いが一手や二手以上、貴様よりも上を行く。
ドロシーの言葉から推測するにオレ様を独り占めしたいのか、それとも一番になりたいのかそのどちらかなのだろうが、残念ながら現状では難しいだろうな。
……あぁ、勘違いするなよ。オレ様は欲深く、更には情愛深い王子だからな。たった一人だけに特別な愛情を注ぐ事など不可能に近いが、数多くの魅力的な女どもの愛を受け入れる懐は大陸の外にあるという広大な海の溝よりも深いぞ?
だが、もし……そうだな、これからのドロシーに期待してしまっているのも確か。果たしてこのオレ様を振り向かせることが出来るのか、地位を勝ち取るか。それはこいつの努力次第、だろうか。
……何様だと? オレ様が王子だから決まっているだろうが馬鹿者め。
―――あぁ、実に愉快だ。楽しみがまた増えた。
しばらく歩き続けると、オレ様達は入り組んだ通路が重なる住宅街に入っていく。そこら中に一般的な簡素な木造や煉瓦建ての家が立ち並ぶが、人っ気はまるでない。
ここら一帯が陽の光が入らない日陰となっており、陰鬱な気配が漂う。まぁ仕方がない。あの店を営んでいる気味の悪い男が敢えてこのような場所を好んで生業としているのだからな。
現在住処へ向かっているオレ様などはもう慣れたが、隣にいるドロシーなんかはオレ様の服の袖を握り締めながら辺りを見回しながら追従している。
ふっ、そうびくびくと微笑ましい反応をするな。震える雛鳥か。
「ね、ねぇ……本当にここであってるの? 明らかに店を構える佇まいには不向きな場所だけど……ヒィッ!!」
「鳥同士気が合うだろうに、たかだかカラスの鳴き声にビビり過ぎだ。小さな状況でも踊らされ過ぎると碌な判断が出来なくなるぞ」
「わ、わかってるけどここは不気味なの……ってぇ! この私をカラスなんかと一緒にしないでよっ!」
一際大きく響いたカラスの鳴き声にビクッとしながら、オレ様の逞しい腕に抱き着く怯えた様子のドロシー。
……自分が鳥に揶揄されたことに関しては否定しないのか。ふむ、あとメルトの言う通り堅いな。
「ふん。最初の質問だがここで合っているぞ。これから会いに行く奴は暗くて目立たない場所を好むからな。実際にあいつは職業柄……性格……いや性癖か? まぁある意味、秘匿性が高いモノも扱う店だから逆に目立つと彼奴も困るのだ」
「いったいどんなお店なの……?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
正直オレ様は会話するのも面倒だからあまり関わりたくないのだが、なにぶん彼奴の所持する情報網はとてつもなく広い。その範囲はイクシオン王国だけに止まらず、各国が直面している問題や政治・社会、人物、最新の話題などといった世界情勢を把握していると言っても過言ではないのだ。
気付く奴はもう気付いているだろう? オレ様たちが何処へ行こうとしているのか、な。
遠目に建物が見えてきたところで、ドロシーが恐る恐るといった風にオレ様に訊いてきた。
「ところで、身体の方は大丈夫なの? 他人の魔力を吸収なんてしたら、普通は身体に馴染まないでしょ? 私も詳しくは訊いてないけど、アンタのその『瞳』って……」
「『真実の瞳』、だな」
「メルトからは、自分ではなくローランドが話す時まで静かに待つべきって訊いていたから今まで訊かなかったけど、『精霊』に関係している事なんでしょ?」
あぁ、そういえばこの瞳についてドロシーには何も説明していなかったな。精々こいつを助け出す時にメルトがオレ様の口上を話したのを聞いたくらいか、アイツが簡単に説明したかくらいだろう。
……うむ、確かに丁度良い機会だ。
だがタイミングが大分遅く、そして悪かったな、ドロシー。
「その通り。だが残念だドロシー、オレ様のこの眼の権能について話したい気持ちはやまやまなのだが―――もう着いてしまった」
「……えっ、も、目的のお店って……ここ!?」
ドロシーが素っ頓狂な声を上げるのは仕方がない。オレ様とドロシーの前方にある建物自体は立派なのだが、全体的に古いのだ。木造建築で出来たそれは天候や外的気温、砂埃といった経年劣化でほとんどの外装が風化し、組み上げられた木の表面が剥げている。
あくまでも店という風体だが、こんな薄暗い住宅街の中では需要が望めないだろうな。これでは人が寄り付かないのは必定だ。
眼前にある店の風貌に対し訝しげ見つめた後、上にあるデカデカとした看板に視線を向けたドロシーは、そこに描かれてある癖のある文字をたどたどしく読み上げた。
曲がりなりにも店だと判断出来るのはこの看板の効果が大きい。
「えーっとなになに……『深淵の情報屋』? ―――情報屋!?」
「行くぞ」
「あっ……! ちょっと待ちなさいよぉ!」
オレ様は慌てて追従するドロシーの言葉に構う事なく歩みを進めた。
……さて、今回の案件の情報、彼奴は手に入れているか?
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