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第1章
第9話 『不穏な噂』
しおりを挟む時間通りにシャワーや着替えを済ませたシルヴィアは、先程までの行為ですっかり冷めきった紅茶を再び淹れ直してからテーブルを挟んだオレ様の対面へと座った。
「もう、せっかく貴方の為に用意したケーキと紅茶を食べてからさせてあげようと思ったのに。ここ二週間ちょっと来てなかったけど………そんなに魔力を使ったの? あむ」
「クソ親父からの依頼はここ最近無かったが、夢で精霊神と会話したからな。『真実の瞳』を媒介にしているとはいえ、アイツが用意した疑似空間に招かれたんだ。入場料だよ。………うむ、確かに美味いな」
アイツには色々世話になっているからな。………ん、どうした? 何故目を細めながら訝しげな様子でオレ様の顔を覗き込む?
「なーんか、あっちでイイ事があったみたいな顔してるじゃない。まぁそうよね精霊神様ですもんねー。私は見た事ないけど、目の前にいる女を差し置いて思い出す程、さぞかし私なんかよりスタイルが良くて、胸も大きくて、包容力があって、ローランド好みの絶世の美女なんじゃありませんこと?」
「妬いているのか?」
「知りませーん」
まぁ正解なのだが。
そう言ってそっぽを向くシルヴィア。………はぁ、素直じゃないな。どう見ても妬いてるじゃねぇか。オレ様がお前の目の前で何を考えていてもオレ様の自由だというのに。まったく、シルヴィアのオレ様への独占欲は困った物だ。
………しかし、それを分かっていてティターリアの事を思い出したのも事実。さて、どうすればシルヴィアの機嫌が直るか………。
「あーん」
「ん、なんだ?」
「貴方のチョコレートケーキ、全部私にあーんして食べさせてくれたら許してあげる」
「食べかけだぞ?」
「それが良いのっ」
「………良いだろう」
「やったっ♪」
不貞腐れた表情から満面の笑みへ一変するシルヴィア。
チッ、普段であればオレ様が絶対にしない事を要求する辺り、強かで計算高い女だ。………今回だけ特別だからな。ありがたく感謝しながら咀嚼しろよ。
オレ様が何も言わずとも肩が触れ合う程の隣まで自然に移動してきたシルヴィア。
ほら、口を開け。
「あ~むっ、うぅ~ん! やっぱり行列店の人気No.1の味はさいっこうねっ!」
「はっ、オレ様が食べさせてやってるのに感想が店側の称賛だけか」
「はぁ? 貴方と一緒じゃなきゃこんなに美味しく感じないわよ。今はとっても幸せ。ん、次」
………………………そ、うか。ならば、良い。まるで雛鳥へ餌をやる親鳥の気持ちだが、まぁ、こういった嗜好も存外悪くはないな。
そうしてしばらく時が過ぎる。オレ様のケーキ一個を本当に美味しそうに胃の中に収めたシルヴィアは満足げだ。
「ありがとう」と見惚れる笑みで言葉をオレ様に投げかけると口元をナプキンで綺麗に拭い、再び移動。対面のソファに腰掛けるとオレ様の瞳を改めてじっと見つめた。シルヴィアの紫紺の双眸が微かに揺れる。呼吸が、深い。
―――ふむ、話しておきたい内容があるという顔だな。
「話せ、シルヴィア」
「……最近『王国都市』で流れてる少しだけキナ臭い噂を耳にしたの。あ、私の知ってる顔見知りが実際に根掘り葉掘り情報源から聞いた話だからある程度信憑性は高いと思う。貴方には伝えていた方が良いと思って」
「噂か。して、その内容は?」
「―――『黄昏薬』の売買」
「……ほう。我が王国でまだ使用する愚か者がいるのか」
なるほど、確かに不透明な噂だとしても我が国の王子としては見過ごせない問題であるな。
……チッ、どこの馬鹿だ。
「気分を高揚させる効力があり中毒性が高く、末期症状で幻覚・幻聴・言語障害・精神崩壊などといった副作用が起こる事から王国では栽培・輸入禁止になった違法薬物ではないか。原料となる『黄昏草』群生地は王国総出で燃やし尽くし、検問で他国からの持ち込みも厳しく取り締まっている筈だが………何故だ?」
「どうやってこの王国まで持ち込めたのかはさっぱりわからないわ。でも、たぶん問題はこれだけじゃない」
「というと?」
シルヴィアは一拍置いて深く深呼吸した。そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そいつは酒に酔った勢いで『黄昏薬』を使用している事の他に、気になる事を言ってたそうよ―――曰く、『精霊サマサマだ』って」
「………………………」
「ローランド、これはあくまで私の勘よ。勘なのだけれど………この噂、欲に眩んだ売人が違法薬物を持ち込んだり王国内で精製したっていう、ただ単純な話ではない様な気がするの。………私の中に流れている血が、半分だけど『精霊』の寵愛を賜れしエルフ族の血が、そう囁いている」
「………そうか」
シルヴィアがそう言うならばそうなのだろう。なにせ、こいつの中に流れている血は少しだけ特別だからな。
心なしかオレ様も片目が疼く。
「わかった、オレ様もその件について調査してみよう。薬物の出処や王国への浸透具合、精霊との関連性を含めてな」
「『黒影の騎士団』として………よね。今回は噂の提供だけだったけど、組織の一員として率先してこれからも情報を集めた方が良いかしら?」
「あぁ。だが優先順位が高く、緊急時の場合のみオレ様に報告しろ。それ以外は通常通りで良い。シルヴィアには、この店とあいつらを一任しているからな」
「了解したわ。………ふふっ」
む、急に微笑んでどうしたんだ? お前が類い稀なる美貌を持っていたとしても、いきなり笑うと頭がおかしくなったかのように見えるぞ。この部屋にオレ様だけで良かったな。
オレ様がそんな表情をしている事に気が付いたのか、笑みを浮かべつつシルヴィアは話し始めた。
「ごめんなさい。貴方と初めて出会った時の事や、この事業を立ち上げたときの事を思い出しちゃってつい」
「余計な事は思い出さんで良い。………それに、この店を立ち上げる事をシルヴィアに提案し経営をお前に任せた動機も、オレ様にとって都合が良い優秀な駒が欲しかったからに過ぎん。結局は、オレ様が生き残りたいが為の自己満足だ」
「そう………でもローランド、これだけは忘れないで。―――『貴方は独りじゃない』。たとえ貴方が言う最悪の未来へ突き進んだとしても、私たちがいる事を思い出して」
オレ様を真っ直ぐに射抜くシルヴィアの視線が、くすぐったい。………あぁ、あぁ。分かっているさ。お前もそれを承知で、覚悟の上でオレ様に付いて来てくれているのだからな。
本当に、お前という奴は。
「シルヴィア、オレ様はこの件が片付くまでここへは来ない」
「えぇ。忙しくなるだろうから、寂しいけれど仕方がないわね」
「だから、一度しか言わないから良く聞け」
「?」
―――これは将来への布石だ。『黒影の騎士団』という組織を作ったのも、王国中にオレ様の事業を展開しているのも、全ては『魔神』復活に関する情報を収集し、世界破滅の未来を回避する為。
「愛しているぞ、シルヴィア」
「………………………ふぇ?」
「ではな」
チッ………一度だけだと言っただろうが。光栄に思え。これからも、いざというときに扱き使ってやるから楽しみにしていろ。
オレ様はそのまま立ち上がり、部屋を出て行った。
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