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第1章

第1話 『翠眼の記憶』

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 暖かく、心地良い。まるで全てを包み込む陽光が優しく見守っているかのような感覚をオレ様は享受していた。ゆっくりと瞼を開けると、こちらを見ながら慈愛の籠った表情で頭を撫でている一人の女性。桃色の長髪、金の瞳を持つ彼女は膝を崩しながら座っている。

 どうやらいつの間にか膝枕をされていたようだ。


「………貴様か」
『はい、こうして貴方と言葉を交わすのはヒトの時間で数えるならば約一か月ぶりですね。また貴方に会う事が出来てとても嬉しいですよ』
「そうか」


 耳朶を優しく振るわせる美声と眼差しに懐かしい安堵を覚える。しばらくこの微睡まどろみに身を任せていたいが、彼女がこの場にオレ様を呼び寄せたということは何か話さなければいけない用件があるからなのだろう。
 身を起こそうと身体に力を入れるが、彼女の細長い一指し指により遮られる。鼻の頂点に置かれた、その指の先で笑みを浮かべる彼女に非難めいた視線を送ると言葉を紡ぐ。
 

『ふふふっ、まだ横になっていて下さい。ヒトの時間は淡く一瞬ですが、その輝きは何よりも愛おしく尊い。特にローランド、貴方という輝きをしばらくわたくしに堪能させて下さいませ』
「………良いだろう。撫でる事を許可する、ティターリア」
『はい!』


 ぱぁっと満面の笑みを咲かせると嬉しそうに彼女はオレ様の金髪に触れた。そして柔らかく撫で付ける。

 はぁ、と思わず溜息を吐いてしまうがこれは毎回恒例のようなモノだ。もし毎回こんな子供染みた事をしているとメルトやドロシーから揶揄われることが必須なので決して、決して話していないが、彼女の側にいる事で安心して落ち着いているオレ様もオレ様だろう。

 うむ、香りも良いし、とても癒される。オレ様はゆっくりと瞳を閉じた。


 ―――精霊神ティターリア。彼女は精霊界を統べる神にであり全ての精霊の頂点に立つ存在だ。その容姿は透明さが際立つ人形のように美しく………いや、もはや言葉で形容するのは彼女自身が持つ美しさに対する冒涜とも言えるだろう。まぁ彼女を一言で表現するならば、母性の塊のような女性である。

 彼女の格好は緑のラインが入った純白のドレスで着飾っており、スカート部分の何重もの折り重なったレース生地が華のように広がっている。
 因みにドレスには所々淡く色づけされた青いバラの花部分だったり身体に巻き付くようにつたが装飾されているが、その正体は魔力で出来たアクセサリーなので彼女にとっては気分で自在に変えられるモノらしい。

 幼少期のある事情にて彼女と知り合ったわけだが、その頃から現在までティターリアの容姿は一切変化が無い。そしてそれは恐らく、これからも永遠に続く事なのだろう。


『―――夢を、見ていたのです』
「ほう、精霊ともあろう者が夢を見るのか。初耳だ。さぞ愉快な内容だったのだろうな」
あの娘・・・が導き、貴方と出会った運命の日の事を』
「………それは、反吐が出る内容だな」


 思わずその時の光景や言葉、幼い身に余る感情を思い出してしまい顔が歪んでしまった………チッ、片目が疼く。
 左目を手で押さえようとした瞬間、その行動を察知していたティターリアは優しくオレ様の目を覆い隠すようにして手を置く。そこには慈しみが込められているような気がした。
 

『ローランドのこの瞳は、精霊による残滓の結晶。そして私が手を加えたとしてもあの娘の意志に変わりありません。それはつまり、今も貴方の中で生き続けていると言い換えても良いでしょう』
「む、それは慰めているのだろうか?」
『………えぇ。貴方には、とても大きな負担を掛けてしまっていますので』


 ………………………ハッ。勘違いするなよ。


「―――ティターリア、精霊神である貴様が負い目を感じる必要などない。これはオレ様が選択しオレ様自身の手で掴み続けてきた結果に過ぎないからな。………アイツ・・・もそれを受け入れた」
『その暗闇の先にどうしようもなく救われない未来が待ち受けていたとしても、ですか?』
「関係あるか。例え幾多の困難な選択や試練が迫ろうとも、悠々と高笑いしながら踏み抜いてやるわ。だから貴様はこれからも気にせずオレ様だけを見ていればいい。物語が紡がれる、その瞬間をな」
『………ふふ、本当に飽きませんね。精霊神の前とも思えぬその傲慢な発言、気分を害すどころか、どこか心地良いと思ってしまう私がいます。貴方が純然な魂の輝きを持つ者だからなのでしょうね』
「ふん、オレ様の魅力がまた一つ増えてしまったか」


 ほう、そのような細事はあまり興味はなかったが上位種の神である彼女にオレ様の誇りある魂が認められるのは悪い気分ではない。しかしティターリアよ、世間一般的に先程の発言は下手をすると被虐嗜好を好む者として認知されかねんぞ。
 ………まぁ精霊界から出る事が出来ないのならば問題ないだろうが。

 夢の中で話せるのがオレ様だけで良かったな。



 さて、



「もう十分満喫しただろう。オレ様は満喫した。さっさと本題に入れ」
『あらら。もう、ローランドったらせっかちなんですから。まだまだ甘えて寝転がっていても構いませんのに』
「それは何事にも代えがたい大変魅力的な提案なのだが、ティターリアがオレ様をここへ呼んだのは何かあったからなのだろう。こうして長引かせようとしているのがその証拠だ」
『お見通しですか』
「おかげさまでな」


 今度こそ身を起こそうと力を入れるが彼女による抵抗は何もない。立った後にちらりとティターリアを見ると、笑みを浮かべながら満足したような表情をしている。

 ………やめろ、その見透かした目を。付き合いが長いとはいえ、オレ様としたことが羞恥が勝るではないか。貴様の笑みはくすぐったい。

 自分でもわかるほど渋い顔をしてしまうが、致し方なし。そのまま自然に視線を逸らすと庭園へと足を向けた。

 今までオレ様達がいたのは庭園から然程離れておらず、木々に囲まれた緑色の絨毯カーペット
 草木や花の爽やかな香りが漂うのは嫌いではなかったが、目の先の日陰となる屋根の下にテーブルや椅子が設置されている庭園へ足を運ぶと淡く甘い香りがした。

 それに構わず椅子に座る。


「相変わらずの香りだな。落ち着く」
『幼い頃からローランドがリラックス出来るような香りを再現してますから』


 オレ様の後ろにいた筈のティターリアがいつの間にか向かい合うように・・・・・・・・席についていた・・・・・・・。………が、これもいつものことなので特に気にすることなく湯気の立っているティーカップの紅茶を喉に流し入れる。

 彼女も優雅にオレ様と同じ動作を行なった。


 オレ様のこの『瞳』を介して、現実ではない限り姿を顕現させることが可能なティターリア。彼女は自由に動けず、この用意した舞台ゆめは彼女にとって一瞬の出来事に過ぎない。

 ―――泡沫うたかたの夢はじきにめる。故にオレ様は、彼女の言葉を聞き届けるのだ。

 ティターリアの言葉を待つ。


『………同胞の声が、しないのです』
「同胞………というと精霊か。上級はともかく下級、中級の騒がしいアイツらが?」
『はい。普段は精霊界で暮らしているので、始めは地上へ遊びに行っているのかと思ったのですが………その声も、意志も、存在も徐々に数が減っているのです。お恥ずかしい話、その違和感に気が付いたのは最近です』


 精霊界で暮らす全ての精霊の存在を把握出来るティターリアが、か………。まぁ事情を知っている俺からしてみれば仕方のない事だろうがな。

 ………その事情が気になるのか貴様ら。いずれ彼女が話す時まで待っていろ、おすわりだ。 


『上級精霊や"古き時代の精霊エルダー"は無事だったのですが、まだ幼い子供たちの行方が分からないのはいくらなんでも不自然です。私が考えられるのは―――』
「何者かの手により、連れ去られた可能性が濃厚、ということか」
『はい、その通りです』


 精霊というのは気紛きまぐれな存在だ。彼女ティターリアとは違い地上にも遊びに行けるし、適性がある人間に関しては『契約』して使役する事も可能。
 そういった適性がある者を『精霊使いエレメンタラー』と呼んでいる。

 オレ様の世界で一部には精霊至上主義の地域があると聞くが真偽は分からん。オレ様の立場は一応王位継承第十位の王子、任務以外国の外に行くということはまず無いのだが見聞を広める為に行ってみたいという気持ちはある。………まぁその話は良いか。

 話を戻すぞ。

 精霊は普通の人間や亜人が視ることは出来ない。オレ様のように選ばれた者でなければな。
 だが精霊という存在が何故この世界に認知されているのか、それは適性がある者が精霊と契約を行なうとその精霊が他の者にも見えるようになるからである。

 だが故に、普通の者が見れない稀有な存在である精霊を利用しようとする下種も現れる。幸い王国では多種族が入り混じっているからそういう思惑を持っている存在はいない筈だが、必ずしもそれが絶対とは限らない。

 もし王国で精霊にかかわらずそのような魔物畜生にも劣る真似を仕出かす輩がいるのならば―――許す訳にはいかねぇ。


「………貴様の言いたい事は理解したティターリア。その仔細を突き止め、解決に導けば良いのだな?」
『貴方に苦労ばかり―――』
「はっ、それ以上言葉にするな」
『………え?』
「オレ様と貴様のえにしは途切れないし、何よりオレ様が貴様の願いを無下にするなど有り得ない。貴様は精霊神でオレ様は王子、癪だが生まれ持った立場はどうにもならん。ならば貴様に要求するのはただ一つ、堂々とオレ様に命じれば良いのだ。―――『行方知れずとなった精霊を助けなさい』、とな」
『―――っ、………!』


 貴様は精霊神だ。全ての精霊の主柱となる存在だ。精霊たちの希望たる貴様が、王族とはいえど人間を対等に見るのは疲れるだろう。オレ様だったら疲れる。
 尚更付き合いが長いのなら………あとは分かるよな?


『ふ、ふふふふっ………! そうでしたね、ローランドはそういう人間でした。では改めて―――現在精霊界では精霊が消失しています。その原因を解明し、精霊を、愛する子供たちを助けなさい。ローランド』
「了解した。精霊神ティターリアよ」


 ふむ、先程までの肩肘張った様子が嘘のように霧散しているではないか。オレ様は唇を曲げて返答すると席を立つ。
 さて、そろそろ時間だ。


『しかし………貴方のように傲慢さを真似ましたが私のキャラではありませんね』


 締まらねぇな………まだまだだよ。
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